第30話 何が隠されてるってんだ…この多摩区に



ゴォォォォォン…



 『 清掃 完了 だワン! 』


 爆発音の後、カワイイAI・シバタローの電子音声が洞穴内に響く。

枡形山近辺、向ヶ丘2型の『城』にほど近い小型デブルス核の駆除が終わった。

デブルスの病巣が消え去り、洞穴内は対デブルス洗剤と清掃力によって洗われ、

清浄な空気で満たされていた。白い光の粒子がキラキラと舞っている。

 

「今日のノルマ終了っと……ェるか」

「そーだね…」


 二人の特務清掃員は作業結果を確認しつつ地上への道のりを歩く。

作業は完璧な仕上がりを見せていたが、浄と鐵也はほぼ無言だった。

 


 ***



 清掃兵器投入のニュースの翌日。

その日は朝から薄水色の空がデブルス雲の合間から顔を覗かせていた。


 浄と鐵也はいつものようにデブルス清掃を終え、秋村家に戻った。

郁実と長十郎をはじめ、多摩区の住民たちの姿はどこにも見えなかった。

十時から区役所のオンライン会議室で政府・清掃庁からの説明会があるのだ。

しかし区民達は落ち着かず、早朝から区役所に集まっていた。

白鳥響司は清掃庁に『清掃兵器使用中止』を直談判すべく単身出向いている。


 川崎市多摩区への清掃兵器使用を決定。

すべてが順調に運んでいた多摩区清掃計画が、そのニュース速報ひとつで覆った。


 ──『清掃兵器』

それについて多くを知る者は少ない。ただ、デブルス核を破壊し汚染された

環境を浄化する代わりに建造物・動植物のすべてをリセットする『何か』であり、

国際法に基づいて厳重に管理される危険物であることは、一般人にも知られている。

 

 清掃庁へは特務清掃員三人で出向いた方が圧をかけられるのでは?

浄と鐵也はそう提案したが、響司は後輩たちの申し出をやんわりと却下した。

 

『清掃兵器使用は、確実にこの件の黒幕の差し金だろう。

おそらく門前払いされるだろうから、何人で行っても無駄だよ。

交渉のテーブルに着けるかどうかすら怪しいと思ってくれて構わない。

……それに』


 『庶民の出でキャリアの浅い君たちが上から睨まれたら、

今後の仕事に差し障る。

その点、ベテランである私なら忖度される側だ。

実家という後ろ盾もあるしね』



 響司さん、なんて頼もしい先輩なんだ……。

ただの酒飲み貴族じゃなかったんだな……。

浄と鐵也は尊敬の念と、かなり失礼な感想を抱きつつ、

清掃庁に出向く響司を見送ったのだった。


  

***


 

 浄は食堂二階の窓辺に座り、薄青い空を見上げていた。

ギターを抱えてはいるものの弾く気にはなれないようだ。

 鐵也は居間で文庫本を読んでいた。

しかしページをめくっている様子はない。


 しばらくすると、秋村家の玄関先に

防塵仕様を施された黒い高級車が停まった。

黒田執事が恭しく開ける後部ドアより響司が降り立つ。

 いつものように仕立てのよいスーツに身を包む響司だが、

その顔に微笑みはない。

彼は憮然とした表情で食堂に入り、椅子に腰かけると

二階から降りて来た浄に不機嫌さを隠さぬ声で言った。


「……珈琲をいれてくれないか」


 浄は厨房で湯を沸かし、インスタントコーヒーを三人分いれた。

響司と同じテーブルの向かいに浄が座り、少し遅れて来た鐵也は隣のテーブルについた。おそらく彼の好みには合わないだろう、

ひたすら苦いだけの安コーヒーを無言で口にする響司。

 浄と鐵也もそれにならい、黙ってコーヒーを飲んだ。

少しの沈黙のあと、ようやく響司が口を開く。


「……秋村家のお二人は?」

「説明会で区役所に行ってます」

「そうか…」


 響司は細い銀フレームの眼鏡を外しテーブルに置くと、指で眉間を押さえた。

そして細く息を吐き、重々しく告げる。

 

「結論から言うと、清掃兵器中止の申し出は失敗に終わった。

清掃庁長官と面談することも叶わないどころか、

ほぼ門前払いに近い扱いを受けたよ」

 

 それを聞いた浄と鐵也は言葉を失った。

そんな可能性があると事前に聞いてはいても、信じられなかった。

生ける国宝・S級特務清掃員に許される対応ではない。

 ダンッ!

響司は空になったマグカップの底をテーブルに叩きつけた。


 「クソったれ!!」

 

S級清掃員にあるまじき暴言と共に、冷厳な美貌が激しい怒りで染まる。


「この私が要求しても説明ひとつない……!

覚悟はしていたが、腹が立つものだね……

ぞんざいな扱いを受けるというのは!」


 先方の対応は、S級清掃員である響司のプライドを

滅多にないほど傷つけるものであったらしい。

彼の態度からなんとなく察しはついたものの、浄も鐵也も不愉快な気分になった。

同じ特務清掃員を粗末に扱われて愉快なはずがない。

特に鐵也は険しい顔をさらに険しくして憤りをあらわにした。


「これだからよ……。

だから俺ァ都内のエアコン効いたオフィスで

座り仕事してるような奴らが大ッ嫌いなんだ。

汗水流して働いてる現場作業員をなんだと思ってやがる!」


 ミシッ!

鐵也の掌の中で、マグカップの把手がいやな音を立てた。

鐵也と響司に比べれば少しだけ平静に近い浄は、鐵也をなだめ響司を労った。


「響司さん、お疲れ様でした。……大変でしたね。

鐵ちゃんも落ち着いて。

そんなに強く握ったらコップ壊れちゃうよ」

「……お酒、飲んでいいかな?」

「えぇ?!ダメダメ!!」


 やおらSKに片腕を突っ込み出す響司を、浄は慌てて止めた。

それを見た鐵也も幾分落ち着きを取り戻す。

 

「やめた方が。まだ午前中スよ」

「鐵ちゃんの言う通りですよ。ムカついてる時に飲むと悪酔いしますし」

「そうだね…そのとおりだ」


 SKから半ば引き摺り出そうとしていた一升瓶を、響司はおとなしく仕舞った。

アホなやり取りをする間に、三人はいくらか精神的な落ち着きを取り戻した。

『独りではない』という事実を心強いと思うのは、こんな時だ。

 ややあって、鐵也が重く呟く。


「清掃庁が敵に回ったってことか……」

「でも、それにしては妙だな」


 浄の応えに鐵也は問い返した。

 

「何が」

「清掃庁が最初からその気なら、

そもそも俺がショーちんの着工申出書を引き継ぐことも、

鐵ちゃんと響司さんを作業に加えることも妨害できたと思うよ」

「確かに。…ってこたァ、一枚岩じゃねェのか。清掃庁も」

「抱き込まれたのは上層部だけで、日頃俺たちと関わってるレベルの人たちは

何も知らないんじゃないかな」 


浄の推測に響司は頷いた。


「そのとおり。それに…清掃庁上層部を操れるだけの権力を持つ者は、

政界でも限られている。

しかも私の後ろ盾が旧財閥・白河家と知って怯まないとなると…

黒幕は自ら名乗り出たようなものだね」


 ──近々、閣僚の何人かと清掃庁の頭がすげ代わるだろうね。

響司はとんでもない事をさらりとに言ってのけた。

 

「そんな大物、清掃庁公安に検挙できますかねェ……」

「彼らはプロだ。そこは上手くやるだろうし、我々が心配するところではないよ」

「しかし身バレのリスクを冒してまで、

なんで黒幕は清掃兵器を使おうと思ったんでしょう?」

「おそらく……黒幕にとって最悪のシナリオとは、

我々が向ヶ丘2型の駆除に成功し、地底に眠る何事かを暴き、

それを公にされることなのだろう」


 「何が隠されてるってんだ?この多摩区に……」



「『清掃庁登戸研究所』について、じゃないかな」



浄は呟いた。





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