第29話 ケッコンすんの?



 三人の清掃員達が多摩区にやってきて

今日でちょうどひと月。

区民の誰ともなく「飲み会をしよう」という声が上がった。


 早朝の清掃作業を終え、食堂で今後の作業計画を話し合う

浄・鐵也・響司の元に、郁実がやってきてそれを告げた。

 

「みんなでお料理やお酒を持ち寄って、ちょっとした飲み会しようって話なの。

三人を招待したいんだけど…どうかな。来てくれる?」

「もちろん、喜んで」

「三人とも参加しまーす!」

「おい何勝手に…!」

「わかった!みんなに伝えてくるね!」


郁実は弾むような足取りで食堂に戻っていった。鐵也は渋い顔をする。


「…そんな暇があったら作業進めてェんだけどよ…」

「分かってないな鐵ちゃん。これも仕事の一環だぜ」

「あァ?なんでだよ」

「俺らは『助ける側』だから鈍感になりがちだけどさ…

一方的に助けられるだけって、心がしんどいんだよ。真面目な人は特に」

「…そんなもんかね」


──てっちゃんのオーエンしたくて。

そういえば、デブルス孤児たちもそんな事を言っていたと鐵也は思い出した。

 

「そう。『清掃員と依頼人は常に対等であるべし』

…清掃大学で習ったはずだよ。これは互いの誇りと尊厳の問題なんだ。

遠慮なくご馳走になろうじゃないか……ところで」

「なんです?」

「お酒はあるだけ飲んでいいんだよね?」


 三人がこの秋村家で作業や生活を共にするようになってひと月ちょっと。

その間に互いについて知ったことは色々あるが、

そのひとつが響司の酒豪ぶりだった。

飲むふりをして、どこかに手品で隠しているのではないか?

そう怪しむ他ないレベルの酒量をすいすいと飲み干し、しかも響司が二日酔いはおろか、酔っ払った姿すら誰一人として見たことがないのだ…。


「…そ、それは、どうスかね…」

「響司さんはちょっと遠慮してくれた方が…」

「冗談だよ。私の飲むお酒は、自腹で用意するから」


 浄と鐵也は響司のその一言で、ホッと胸をなでおろした。

当然である。そうでなければ多摩区民の大半が響司の酒代で破産してしまう。

 

***


 そして夕方。

空気が蒼く染まり家の灯りが目立ち始める時刻に

秋村家の真向いの空き地で飲み会は始まった。

 多摩区に空き地はいくらでもある。残りは打ち捨てられた廃墟だ。

町内会があった頃の名残りの品だろうか。誰かが提灯をずらりと吊り下げ

電気を入れると、より一層賑やかな雰囲気となった。


 料理や酒の手配は女性陣が取り仕切った。じっとしているのが苦手な浄や鐵也は

「何か手伝う?」と口を挟んだが、その度に「結構よ」とつまみ出された。

 

 響司は長十郎を介して知り合った地元の老人たちと歓談していた。

持ち前の社交スキルで、巧みに情報を引き出してゆく。

これもS級清掃員としての重要な仕事のひとつなのだ。


「清掃庁の研究所?明治大学の跡地にあったアレかい?」

「ご存じですか?20年ほど前の話ですが」

「火事で燃えちゃってねぇ。研究所の職員さんらが何人か亡くなったとか」

「そうそ、で…そのまま閉じちゃったのよね。研究所」


老人たちの表情が少しずつ神妙な色を帯びてゆく。


「まあでも、その辺りからだよなぁ…多摩区がおかしくなっちまったのはさ」

「向ヶ丘2型だってその前はおとなしいモンだった…今みたいな悪さすんのは

半年に一回か二回がせいぜい。それがどんどん増えて、今じゃ毎日だ」

「『なんか変な研究してたんじゃない?』なんて噂してたよな…ここだけの話」

「そうですか…」


 響司は静かに頷いた。すべての証言が清掃庁データベースの記録と合致する。

老人たちの会話は、響司のカワイイAI・ガルーダが余さず録音していた。

そんな響司に、老人の一人が話し掛ける。


「ところで白鳥さん…あんた結構イケるクチなんだって?」


 ドンッとテーブルに叩きつけられたそれは神奈川県が誇る銘酒

『松みどり』の一升瓶だ。


「受けて立ちましょう…。ここで逃げては白鳥家の名が廃ります」

 

 響司は伊達メガネの細い銀色のフレームを、白い指でついと持ち上げた。

賢明なる読者諸君に説明せねばなるまい。

この仕草は、彼にとっての『宣戦布告』を意味するのだ…!

 


***

 


「こんばんはー!」 「てっちゃーん!」「あそびにきたよ!」

「お前ら…?!なんで」

 

 その一方で幼い声が響き、4人の子供が鐵也に群がっていた。

川崎区のデブルス孤児達だ。


 孤児たちの後ろに控えた白鳥家の老執事・黒田が丁寧な礼を見せる。

4人は白鳥家の支援する施設にいると、鐵也は響司から聞いたことを思い出した。


 「僭越ながらわたくしめが。響司様から皆様のお話は伺っておりましたもので」

「そうだったんスか…」


 現在、世田谷区の児童養護施設で暮らしているという4人のデブルス孤児。

髪も体も衣服も、全てがこざっぱりと清潔に整っていた。

全員ツヤツヤと血色よく、川崎区にいた頃とは見違えるほどだ。


「おい…施設の人は?お前らだけでこんな時間に出歩いていいのか?」

「いいんだよ!だいじょーぶ!」「へーきへーきぃ!」

「シセツのセンセーたちから、ちゃんとキョカもらってるし!」

「皆様のおっしゃる通りでございます。お帰りもこの黒田が

責任をもってお送り致しますので」

「はァ…色々すいません。ありがとうございます」


鐵也は黒田執事に頭を下げ、孤児達にも同じように頭を下げさせた。


「…で、どうだ?今の暮らしはよ」

「まあまあかな!」「ごはんおいしい!」「オモチャも絵本もたくさんある!」

「はやくねろとか、フロはいれとか、ちょっとうるさいけどさ~」


  孤児たちに菓子やジュースを与えながら話を聞く鐵也の表情は、

彼にしては滅多にないくらい穏やかだった。


***



「浄さん、食べてる?ビール飲む?」 

「うん。ありがと」

 

 郁実の気遣いに、浄は微笑みを返した。

ずらりと吊るされた提灯の灯りが目立ち始めた。もうすぐ完全に日が暮れる。

涼しい風がそよそよと吹く。

それは数年に一日か二日、有るか無いかの理想的な夕暮れだった。

 

 郁実は隣に座る浄をそっと見上げた。

彼は『水』の特務清掃員であると鐵也から聞いた。

夕暮れ時の青い薄闇の中で見る浄は、郁実の目にはどこか人間離れして見えた。

まるで海底に棲む美しい魔物のような…。

 とてもではないが、自分のように凡庸な女と釣り合うような男ではない。

郁実は改めてそう思った。

 

「そんなに見つめられたら照れちゃうな」

「あ、ごめん」

 

 浄はやはりいつもの調子でへらりと笑った。照れている様子は全然ない。

そして彼にしてはめずらしく、しみじみと静かな声で呟く。


「みんな、楽しそうだね」

「うん…」

「もう少しで、こんな毎日が当たり前になるよ」

「…なんか、信じられないなぁ…」

 

浄の言葉に、郁実は率直な気持ちで返した。


「郁実ちゃん」

「なに?」

「この仕事が終わったら…何年、何十年先でも構わない。

もし、ショーちんへの気持ちを整理できたら」

「……」

「その時が来たら、俺を選んで」


 浄の真摯な声と表情に、郁実は返す言葉に詰まった。

浄はいつも真心を尽くしてくれる。

自分もその気持ちに、出来る限り誠実に応えたいと思っている。けれど。

浄の想いに応えても、応えなくても、

それはどちらも自分の本心と離れている気がした。

翔吉のことが今でも好きだ。他の男と比べるまでもなかったはずだ。

だが、今は。


「浄さん……あたし」


 そんなしっとりとした男女の空気を、容赦なくかき乱す者達がいた。

4人のデブルス孤児達だ!


「おいイケメン!!ギターひけよ!」

「オマエながしのギターひきなんだろぉ?」

「おねえちゃん、こいつとつきあってんの?」

「ケッコンすんの?」

「は、はぁ?何言ってんの!このマセガキども!」


 浄と郁実に飛びついてウザ絡みする子供たちを、

駆けつけた鐵也が慌てて引き剥がす。

 

「ちょっと目を離した隙にお前らは!!…すいません。邪魔しちまって」

鐵也は孤児たちに郁実に向かって頭を下げさせる。


「お父さん、困りますねぇ~!ちゃんとお子さん達を見ててくれなきゃ~」

「誰がお父さんだ!!」


意地悪い笑顔で茶化す浄に、鐵也は律儀にブチ切れた。

 

「ねえギター!き~き~た~い~!」「おねがいします~!」

 

 なおもせがむ子供達に、浄は苦笑して右手を差し出す。

ヒュンと飛来したマメ公が、その手にアコースティックギターを握らせた。

浄は慣れた様子でギターを構え、ぱちりとキレイにウィンクする。

 

「いいぜ。リクエストあるかい?」

「やったー!!まってました」

「ケイキのいいやつたのむぜ!」

「えっなになに?浄さんがギター弾くの?」

「いいねえ~プロの演奏なんかそう聞けないぜ」


  賑やかな声と音色に引き付けられ、

ちらばって飲み食いしていた大人達もわらわらと集まって来た。

浄の硬く長い指がギターの弦を押さえ、爪弾くと

賑やかな音色が溢れ出した。ギャラリー達からわっと歓声が上がる。

陽気な前奏が終わり、さあ歌に入ろうというその時だった。



 「おい!た、た、大変だぁぁ!!」


 

血相を変えた長十郎が、転がるように空き地に駆け込んできた。

 

「みんなぁ!おい!!えれぇことだぞ!おい!」

 

浄はギターを止め、長十郎に問いかけた。


「どうしたの?秋村さん」

「おじいちゃん。まさかもう酔っぱらってるの?」

「ちがわぁ!とにかくみんな食堂来てくれ!テレビだよテレビ!」


 長十郎の尋常ではない狼狽ぶりにただならぬ気配を感じ、

区民たち、そして三人の特務清掃員は秋村家食堂のテレビの前に集まった。

ありふれたバラエティ番組の上部に繰り返し表示される白い字幕…。

それを目にして一人残らず愕然とした。


 

 

【ニュース速報】清掃庁、川崎市多摩区に新型清掃兵器を使用すると発表




 

 

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