第6話 掃え給い、清め給え!!
浄が食堂の玄関から出ると、悪徳清掃会社の面々がズラリと勢ぞろいしていた。
主任を筆頭に、昨日やらかした乱闘の傷跡が痛々しい者が何名か見える。
その中央に咥えタバコでふんぞり返る、ひときわ図体のデカい初老の男。
悪徳清掃会社『ナマダ清掃(株)』の社長・
こんなに名前負けしている人間もそうそういまい。
「よぉ。待ってたぜ、ナマダさん」
「ゆうべウチの主任たちと遊んでくれた流れ者ってなぁテメーか。
「生憎、そうは行かない事情があってな」
マメ公がカメラアイから電子契約書を空中に投影する。
スイッとスクロールした最後のページには秋村家と清掃庁の電子押印があった。
「てめえもデブルス清掃員か…」
「ああ。俺は今日付けで秋村農園さんに正式に雇われた。
敷地内及びその周辺のデブルス清掃を全部引き受ける」
生田社長は鼻で笑った。浄はどこ吹く風で話を続ける。
「この貧乏梨園に清掃員を雇う金があるかよ」
「清掃会社のくせにデブルス清掃法を知らねえのか?
報酬は双方の合意があれば金銭に限る必要はない…常識だぜ」
マメ公が電子契約書をスクロールする。光る画面に映し出される文面はこうだ。
『報酬:秋村梨園で行われる梨狩りを永年無料とする(成功報酬)』
「だからこの人らはあんたらとは契約しない。帰ってくれ」」
きっぱりと言い放つ浄の言葉を聞くなり、ナマダ社長は吸い殻を吐き捨てた。
「ガキの使いじゃねえんだ。ハイそーですかって帰る訳に行くかよ」
「だろうな。正しくは『アンタらの雇い主が黙ってない』…そうだろ?」
その一言にさっと顔色を変え、生田社長は後ろに控える子分どもに怒鳴った。
「…おい!出せ!」
「は、はい!」
トラックの荷台からおぞましい化け物が解き放たれる。
小型のデブルス
デブルス獣…それは宇宙病原菌デブルスが地球上の生物に擬態したものであり、
人間並びにすべての動植物の天敵。その誕生メカニズムは明らかになっていないが、
二級清掃員の技術では駆除が不可能とされる厄介な存在なのだ。
イソギンチャクとアメフラシを合体させたような、実に気色悪い外見をしている。
「ひっ」
「で、デブルス獣…!!」
郁実と長十郎が恐怖に慄く。浄が心配なあまり、表に出て来たのだ。
「おとなしくウチと契約しときゃ、チンケな梨園の寿命も何日か延びたろうによ」
ナマダ社長がドブ水の詰まった筒のようなものをデブルス獣に突き刺す。
大型犬ほどだったデブルス獣が、載せて来たトラックよりも大きく肥大する。
筒の中身は高濃度デブルス汚染水。栄養満点の餌で成長促進剤といったところだ。
ギュアオアアアアアアアアアア!!!!
おぞましい鳴き声を上げ、デブルス獣が梨園に襲い掛かる!
「やめてぇ!!」
郁実の悲鳴が響く。
そこでデブルス獣の動きが止まった。
「な、なんだ…?」
梨園と化け物の間に、黄色い台形の光が浮かんでいる。
『立入禁止』『ご迷惑おかけします』
黄色い台形の光は数十に分裂し、その間を繋ぐようにバリアが張り巡らされる。
「対デブルス清掃バリアだと…?!」
「秋村さん、郁実ちゃん。俺が良いと言うまでバリアの外に出ないでくれ」
「浄さん…」
「大丈夫大丈夫」
不安げな二人に、浄は軽く手を振ってみせた。
正式名・作業表示板…またの名を対デブルス清掃バリアは
黄色く光る鎖となってデブルス獣と浄を完全に包囲する。
ベベベッ!!
イソギンチャクめいた頭部の中央からドス黒い毒液が大量に吐き出されるも、
それはデブルス清掃バリアに阻まれ、梨園には一滴も届かなかった。
「チッ!しゃらくせえ…デブ公!そんなもんブチ破っちまえ!」
「させる訳ねえだろ」
浄は左手首に目の位置に掲げた。
そこには小さな球体の連なるブレスレットが嵌められていた。
ブレスレット全体が未知の煌めきを放ち、中央のひと回り大きな球体が
ひときわ強く光った。
「そいつは…」
ナマダ社長ならびに主任、そして社員の何人か…少しでもデブルス清掃業をかじった者がそれを知らない訳がなかった。ただ、実物を見たのは初めてのようだが。
「詐欺師どもが…よりにもよって清掃会社を騙ったうえに、
この荒れ果てた土地を見捨てず頑張ってる人達を食い物にしやがって!
許せねえんだよ!清掃員としてな!!」
浄の義憤に満ちた声に、心に共鳴するように
ブレスレットの中央石内部の機構が青く光り、激しく唸りを上げた。
「まさか…てめえはァ!!」
上擦った社長の声に同調するように荒れ狂うデブルス獣。
おぞましい咆哮を響かせ、浄に襲い掛かる。
パンッ!!パンッ!!
合わされた掌の間で破裂音にも似た乾いた音が鋭く二度鳴り響く。
神道における
それは半径10数メートルの空気を波紋のごとく震わせ、
再びデブルス獣の動きを止めた。
ヒュンと軽く風を切りマメ公が旋回する。
丸いカメラアイを青く光らせ電子音声が無機質に告げる。
『 動作コード認識 音声コード 』
「『
両手を合わせ、直立する浄の全身から、水流に似た青白く発光する
エネルギーの渦が天に向かって迸る。
郁実の目に映る浄の横顔は、へらりと調子のいいギター弾きのそれではなかった。
厳しく引き締まった表情に鋭く光るアイスブルーの眼。隙なく端然とした動作。
その姿は神前で祈りを捧げる神職者に似ていた。
『 音声コード認識 バイタル値正常 精神統一レベル <高> 』
ゴォォォォォッ…!!
悪徳清掃会社、郁実、長十郎…その場に居合わせた誰もが、暴風のごとく荒れ狂う
エネルギーに吹き飛ばされぬよう地面にへばりつくのに必死だった。
これでも清掃バリアに守られているのだが。
『 作業装甲 装着申請 承認 』
カワイイAIの電子音声を遠くに聞きながら、
郁実は…おそらく長十郎も、その場にいるすべての者が
浄の全身を包む青く発光する水柱の表面に、ひとつのエンブレムが光るのを見た。
円形の中に交差する二つの清掃用具を象った意匠。
日本政府によって設立された宇宙病原体デブルス駆除清掃機関
『
『 装着 完了 』
電子音声と共に巨大な水柱がひときわ強く噴き上がり、消えた。
キッシャアアアアアアアアア!!!!
おぞましい鳴き声と共に、デブルス獣は頭部とおぼしき部分から
黒い体液を撒き散らし、のけぞった。
その場にいる誰かに驚異的な動体視力があれば、
何が起きたか分かっただろうが、あいにく生身の人間には無理だ。
水柱に天高く掲げられた黒い人影が、そこから急転直下の飛び蹴りを
デブルス獣の頭に喰らわせたのだ!
ズシャアッ!!
大地を歪ませ、重い音と共に降り立ったのは一人の『異形』だった。
それは屈めた身体をスッと伸ばし、両脚でまっすぐに地を踏みしめた。
全身を覆う厳つい装飾を纏ったレーシング・スーツ…
もしくは極めて細身の宇宙服と形容するのが近いだろうか。
漆黒を基調とし、全身に張り巡らされた様々な機構と
パネルラインが青く妖しく光り、呼吸するように明滅している。
腹部と左右の肩甲骨辺りで小型の換気扇に似た換気ユニットが低く唸りを上げ、
首の後ろから背に垂れる光の粒子の帯をマフラーめいてたなびかせた。
それは装甲の内部から溢れ出す『
頭部を覆う武将の兜…あるいは蜘蛛の顔にも見える頭部装甲に、
大小6つのカメラアイが光る。
ザアアアアアアアアアッ!!
上空に噴き上がった水柱が、今や豪雨となって激しく地上に降り注いでいた。
清掃力の雨は散弾のようにデブルス獣の全身を
再び
『 清掃 開始 !! 』
マメ公がカメラアイを光らせ宣言する。
豪雨が止み、清掃バリアの表示に『清掃中』が加わる。
異形の男が手にした長い柄の武器…
その先端の部分が意志を持つように
針のように細く刺々しい光が密集するそれは、
いわゆるモップと呼ばれる日常清掃用具によく似ていた。
異形はそれを長剣のごとく勢いよく振り回し、振り下ろす。
その一撃ごとにデブルス獣の表皮を容赦なく削り、抉り、斬り裂いた。
凄まじい速度でデブルス獣の毒液攻撃を回避し、激しい攻撃を繰り出す特務清掃員にマメ公はそれに匹敵する俊敏さで付き従い、清掃作業をサポートする。
カワイイAIは特務清掃員の魂の半身だ。地獄の底まで伴走する。
「体表堅いな…洗剤抜きじゃキツいか」
『 洗剤射出ユニット展開 』
「アルカリ性!!」
『 了解 アルカリ性 』
特スイ装甲の背部から長く鋭い6本の管が放射線状に伸びる。
蜘蛛の脚に酷似した禍々しいそれが「洗剤射出ユニット」である。
その先端から対デブルス用液体洗剤が、一斉にウォーターガンめいて
直撃を受けたデブルス獣は悪臭と煙を撒き散らし、おぞましい咆哮を響かせる。
アルカリ性デブルス用洗剤にはデブルス獣の体組織を構成するタンパク質を
溶かし焦がし、著しく強度を下げる効果があるのだ。
脆くなった体表に間髪入れずに電磁モップによる打撃が殺到する!
見よ!自衛隊の自動小銃すら効かなかったデブルス獣の体表が
やすやすと削り取られてゆくではないか!
「あの野郎が…清掃庁の特務清掃員…」
「社長、正しくは
「うるせえ!なんだてめぇマニアか!」
繰り返し言うが、悪質清掃会社の面々が特務清掃員を目にする初めての機会だった。ほぼ都市伝説と噂されるほどの希少な存在だ。無理はない。
長十郎、そして郁実も目を見開き、ただ異形の姿を凝視した。
しかし二人の表情は悪質清掃会社の驚きとは違う色合いを見せていた。
黒と青に光る異形の装甲を纏った男…清掃庁特務清掃員・皆神浄は
手持ちの武器の形をモップから掃除機・高圧洗浄機などに酷似した形に自在に変じ、
一撃ごとに着実にデブルス獣を追い詰めて行った。
物理的なアタッチメント交換を必要とせず、ナノテクノロジーにより
瞬時に武器を変換装着できるのだ。なんたるハイテクノロジー!!
しかしこれは日本が世界に誇る対デブルス清掃技術の、ほんの顔見せに過ぎない。
ゴバッ!!
ドス黒い溶岩が爆ぜるようにして、デブルス獣の体の中央に穴が開いた。
その中に毒々しく明滅する赤紫の隕石…デブルス核だ。
40年前、いわゆる『星雨の災厄』によって地球に降り注いだ
約2億個の隕石のひとつ。
いわば、あらゆるデブルス禍の元凶にしてデブルス獣の心臓。
核を破壊されたデブルス獣は例外なく爆発四散するのだ!!
しかしその隕石は核兵器の破壊力をもってすら傷ひとつ付けられない。
どうする?!
「マメ公!仕上げ洗剤用意!」
『 了解 対デブルス甲種洗浄剤 使用申請 承認 』
『 強酸性 必殺洗浄 』
浄は自身の清掃力によって作り出した水柱を地面から高く吹き上げた。
それに乗って上空で舞うように一回転し、飛び蹴りの体勢を取る。
その姿に、郁実は今ここにいない男の白い作業装甲姿を重ねた。
(ショーちん…!)
「50倍希釈ッ!!ハイドロ・デストロイヤあああああああああ!!」
叫んでいるのは彼が使用している対デブルス用洗浄剤の商品名である。
その名称を声に出す事で、洗浄剤の効力が格段に跳ね上がるのだ。
原理はまったく不明だが、一説によると言霊の力だろうと言われている。
その洗浄力は特務清掃員固有の清掃力の相乗効果により、
一般清掃員が使った場合の実に100倍にも及ぶ。
日本の国力の限りを尽くして開発された対デブルス洗浄剤。
そして清掃力という聖なる未知の力が絡み合い、
ドリルめいた螺旋となって特務清掃員の全身を包む!!
彼は強烈に発光する青白い矢と化し、
忌々しいデブルス隕石を穿ち、
粉々に蹴り砕いた!
再び、嵐めいたエネルギーと大気の渦が吹き荒れる。
デブルス核破壊時に生まれる正体不明のエネルギー波だ。
長十郎は郁美をその身の下にかばい、守った。
悪質清掃員どもの何人かはどこぞに吹き飛ばされた。
社長・主任はとっくにトラックを走らせ逃げていた。
いつの時代も悪党は逃げ足が早い。
どれだけの時間をそうしていたのか…
乾いた風がサラリと肌に触れる。
その場に残った長十郎と郁実は、恐る恐る目を開けた。…眩しい。
そこには未知の光景が広がっていた。
どす黒くねばついていたデブルスが白く光る粒子に変わり、
それは曇天にぽかりと口を空けた大穴に、次々と吸い込まれて行く。
「えっ…何この空気…?」
「すげぇ…なんだこれ。喉が全然痛くねえぞ…!」
デブルス粉塵を含まない清々しい空気に、二人はただ驚愕した。
「60…いや80倍希釈でも充分だったか…サービスし過ぎたなぁ」
浄はのんびりと独り
そして四つのカメラアイが光る顔を振り向かせ、二人の雇用主に声を掛けた。
「秋村さん、郁実ちゃん。もういいよ、お疲れさん」
清掃バリアの黄色い縦長の台形がどこかへ飛び去ってゆく。
ヘドロのように上空に渦巻く雲が、呼吸の邪魔をする忌々しいデブルス粉塵が、
川崎市多摩区・秋村梨園の一帯だけは嘘のように消し飛んでいた。
黒い蜘蛛に似た異形の装甲を纏う男…特務清掃員。
白く輝きながら舞う光の粒。
そして懐かしく美しい青い空が、燃えるような鮮やかさで郁実の眼に焼き付いた。
そうだ。郁実が幼かった頃の多摩区では、こんな青空が毎日見られた。
一日の限られた時間であっても。
「終わったぜ」
シュッと軽い音を立て、特スイ装甲の顔面が開いた。
二人の方向に振り向くと、浄はいつもの調子でへらっと笑った。
『 清掃 完了 !!』
マメ公の電子音声が高らかに響く。
首都圏最悪のデブルス禍にさらされた
神奈川県川崎市多摩区…
実に1年半ぶりの青空だった。
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