白幸の娘

鏡よ鏡、鏡さん……。

 あるところに、三坂白幸みさか しらゆきという、それはそれは美しい母親がおりました。


 白幸は二人の娘を育てる傍ら、多くの患者を持つお医者様でした。


 白幸の娘、姉の幸菜ゆきなと妹の幸華ゆきかは、母に瓜二つの、大層美しい娘達でした。


 姉の幸菜は、母の背中を追って、医療の道を志しています。


 妹の幸華は少し違って、美容の道へ進むつもりでした。


 幸華は毎日、部屋の大きな鏡に向かって問いかけます。


「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」


 鏡は答えます。


「それはあなた様のお母様、白幸様です」


 ──何度聞いても同じ……お母様は狡いな。 二人も子供がいてもあの美貌……ふん、さすが私たちのお母様だわ。


 幸華は悔しいながらも、胸中では、才色兼備の母を誇りに思っていました。


 そうして、いつも通り幸華は、特製の入浴剤を溶かしたお風呂に浸かります。


 そんな幸華は、学校で、たくさんの友達と楽しく勉学や部活動に励んでいました。


 けれども幸華には、皆がどこか人形のように思えて、仕方ありません。


 思えば奇妙な話です。


 幸華は、毎日、保健室の先生と一時間お話しをしなければなりませんでした。その保健室の窓は、少ししか開きません。


 さらに、幸華は若者なら必須の、スマホを携帯していませんでした。


 先生とお話しする間だけ、スマホを扱えるのです。


 ある日の事。


 いつものように幸華が鏡に問いかけます。


「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」


 すると、鏡は応えました。


「それは貴女です、幸華様」


「何ですって!?」


 その背後でノックの音がしました。


「幸華? 開けるわよ?」


「ママ! 鏡が!!」


 ドアを開けるなり幸華は叫びました。


「どうしたのよ? ほら、お薬の時間よ。」


 そう。白幸は、鏡に向かって独り言を呟く娘を、自分の勤める病院に入院させていたのです。


 幸華は、見た目の美しさに固執する余り心を病み、長く閉鎖病棟に閉じ込められていたのでした。


 ところで、薬を持ってきたのは、本当に白幸なのでしょうか?


 どうして、心を壊した幸華は、その人を母だと認識できたのでしょう?


 母と声が似た看護師──三坂幸菜かもしれないというのに。


 〈了〉


※本作は、エブリスタに投稿した『白幸の娘』を修正したものです。

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