復讐代行

巴氷花

記録2040

コイツを殺してくれ。コイツのせいで。

よく聞く言葉だ。この仕事をしていると、嫌でも耳にする。

まあ、この仕事を選んだ自分のせいなのだが。

俺はまた、依頼を受ける。

今日も他人の復讐の代行をする。

今日の依頼は元嫁とその現恋人の処理だ。

俗に言う寝取られというやつだ。

俺は依頼人の性事情やプライベートに興味は全くないのだが、依頼人はどうしても話したいらしい。

悲しいこと、苦しいことを共有してもいいことなどないのに。

俺はいつも文句は言わずに聞くことに専念する。

そうしないと殺しに意味を見出せないからだ。

他人の復讐の手伝い、もしくは代行。

それは要は他人の気を晴らすための、そして気持ちよくなるための行為への共犯になることだ。

それへの理解が足りてないとそれをする意義と意味がわからなくなる。

そのために俺は依頼人にどういう結末を望むのかを質問する。

依頼人は何もかもを奪いたいと言っていた。

そんなことしても何も返ってこないのに。

しかし、それが望みなのだから応じるしかない。

とりあえず俺はターゲットの銀行の口座をハッキングして、不正を意図的に作り、口座を使えなくした。

スマホにもウイルスを送りこみ、同様に使えなくした。あとは住所や職場をなくすだけ。

そういえば聞いていないことがあった。

「最終的にどうするんですか?どんな殺し方にします?」

そう聞くと、依頼人は特に答えなかった。

だから、住所と仕事場を失わせた後に橋の下や裏路地などの目立たないところで死なせることにした。

仕事を終えた。今日は殺しの腕は上がらなかった。

こんな日々ばかりだ。最近は。

昔は日々成長できていると実感できたのに、あの感覚はどこに消えてしまったのだろう。

俺はもう成長しきってしまったのだろうか?

殺しの手段は既に大量にある。

戦闘訓練もある程度した。

あとは実践をするだけだ。

なのに、なぜ自分はその行動をしない?

恐れているのか?

運動もしていないような権力のために生きるジジイどもにおくれをとるほどの自分は既にいない。

殺し損ねる可能性はない。

たぶん、恐れているのは違う部分だ。

今の俺には自身の復讐を果たした時のビジョンがない。

復讐は自分が過去と向き合い、そして自身の心に折り合いをつける行為だ。

俺はそれを代行してきた。

代行してきたのに、俺自身はただ虚しいだけ。

本当に自分が自分のためにする復讐を気持ちよく感じられるのか?

その疑問が浮かんでしまって、それが本当だったとしたらと考えると、心が欠けそうになる。

ピロン。

音が聞こえた。新たに依頼が来たのだろう。

開くと、そこには普段とは違う文面が広がっていた。

「今日はそっちか。」

俺はお遊びで作った方のサイトから送られてきたのを確認する。

そこには自身が殺したいと思っていた男の名前が載っていた。

喜びと共に、漠然とした恐れを肥らせ、俺は場所を変えた。



目が覚めると、わたしは真っ白い見知らぬ天井の下にいるのがわかった。

どうしてここにいるのかわからない。

寝た記憶も、ここに来た記憶もないのだ。

別に、SF映画でよくありそうな、ここで急に生み出されたから記憶がないというわけではない。

確かにわたしの中には今まで生きてきた記憶と思いがある。

だからこそ、わからなかった。ここにいる理由が。

わたしは辺りを見渡す。なにかの器具が置かれていて、それにわたしは繋がっていた。

わたしは病気というわけではない。この前、健康的だねと先生に言われたから。

わたしは人を呼ぼうとしたが、どうやって呼んだらいいのかわからず、ただ天井を眺めていた。

そうしていたら、急に扉を開く音がして、先生が来たのだろうとおもってそちらを向いた。

しかし、そこに立っていたのは白い髪に毛先は黒色で目は開けず、閉じたままのよくわからない男性だった。

「あの、あなたは誰ですか?……先生というわけではないですよね?」

「まあ、そうだね。僕は先生というわけではないよ。どちらかというと警察とかそっち系かな。」

男性はそう言いながら、わたしに近づいてくる。

警察のようなものって言ってたから、おそらく探偵とかなのだろう。

けれど、わたしには罪を犯した経験なんてない。

どうしてわたしに会いに来たんだろう。

「単刀直入に聞くね。事件当時のことを詳細に話してくれるかい?」

事件?何の話だろう。わたしには記憶がない。

何もない暗闇に取り残されたように、わたしには何を言っているのかわからなかった。

「……君のお母さんの話はしない方がいいかい?」

「何を言ってるんですか?ママは今頃、ご飯を作ってますよ。」

「そう。なら、今日はご飯抜きだね。」

言葉の意味がわからない。ママがまるでいないみたいなこと言って。

その言葉の意味がわからないけど、知りたくて。

わたしは記憶をかき集める。砂から砂金を探すような作業を繰り返す。

それでもわからない。もやがかかって、暗くなって、まぶたが自然と閉じてしまうような。

「すみません。思い出せないです。」

「そっか。なら、君にある最後の記憶を言い当ててあげよう。それはーーー」

探偵じみたことを言い始めたと思ったら、今度は何をするんだろう。

そういう手品みたいなのは間に合っているのに。

「ーーー母親の顔だ。」

その言葉は本来、なんてことのないものだ。

なのに、その言葉はわたしの心に突き刺さる。

どうして?

突き刺さったところから中身が見えだし始め、記憶の再生がはじまる。


わたしたちはお買い物の帰りだった。普段、わたしたちのために一生懸命に頑張ってるママのために、手伝いたくて買い物についていった。

「花蓮がいて助かったよ。」

わたしが持ったバッグの中身はお菓子や飲み物だけだったけど、その言葉が嬉しくて。

「ふふん。わたしももう十歳だよ。すぐに大人になって、ママとパパの助けになるからさ!ちゃんと見ててよ。」

「うん。楽しみに待ってるね。」

わたしは普段通る道をスキップして進む。

ママの役に立てたって。

ママに認めてもらえたって。

そう思って、嬉しくて。つい。

「危ない!」

「ーーーーーーーーーえ?」

なにかが当たって、わたしの見ていた世界が急変した。

いつも通りの道はもうなくなっていた。

どこ?ここ。

赤くて、暗くて、熱くて、あたたかくて、身動きがとれなくて、どんどん冷たくなっていって、視界はどんどんぼやけて、ピントがあわなくて、

けれども寂しくはなくて。

「大丈夫?花蓮ちゃん。」

そのママの顔を鮮明に思い出してしまった。

あとのことは、覚えていない。


「うぅあ、ああぁぁああぁぁあぁぁぁああぁぁぁ。」

不思議とそんな言葉とともに涙が出ていた。その言葉は獣のそれで、聞いているのも、吐いているのも辛かった。

「思い出したんだね。よかった。それじゃ、教えてくれるかい?」

そう男は淡々と言った。

そんなことどうでもよかった。

わたしは、わたしは、ママをなくした。

その事実が到底耐えられるものじゃなくて、今すぐに消えてしまいたいと思えるほどに辛かった。

「これじゃあ、日を改めた方が良さそうだね。」

「………」

「それじゃあ。」

「………待ってください。」

男は立ち止まってくれた。

「母を殺したのは誰ですか?」

「それを調査しにきたんだけど、無駄足だったみたい。まあ、わかったら伝えるよ。」

「………」

今、自分が何をすべきかわからない。

殺した人を怒ったらいいのか、憎んだらいいのか。この使えない探偵を睨んだらいいのか。

殺意の抱き方なんて、今まで習ったことも、見たことも、聞いたこともなかったけれど、今ならわかる。

頭の中を今まで感じたこともないようなドス黒いものにかき混ぜられるような。

目の前の全てを台無しにしてやりたい。全て壊してしまいたい。

そう、世界を恨むような。そんな感情。

それがわたしを包み込む。


大した怪我がなくてよかったね、などという言葉が飛んできてわたしは怒りを覚えた。

母が死んで、わたしだけが助かっても意味がないのに。

看護師は皆わたしを励まそうとしてくれたが、わざとらしすぎて、これなら結末が見え見えの演劇を見ている方がマシだった。

わたしが手伝いたかった母はいない。

わたしの夢を否定されたような感じがずっとして、気分が悪い。

存在理由を奪われた。夢を奪われた。理想を奪われた。大切な人を奪われた。

なのに、のうのうと奪った人が生きていると思うと、ハラワタが煮えくり返りそうになる。

自分がどうなっても構わない。裁きを与えないと。


「花蓮が無事でよかった。」

そう、父に抱かれたときにはもう何も感じなかった。

嬉しさも悲しさもなくて。そんな自分はもう人間じゃないのかもしれない。

「お父さん、これからお母さんの無念を晴らせるように頑張るから。少し待ってて欲しい。法に裁いてもらえるようにしてもらうから。」

その日の夜の会話でそれが叶わないのはすぐにわかった。

父の言葉で印象的だったのはなぜ?という問いかけと、やはり金か、という言葉。

電話相手が誰かは知らないけれど、これから何も起きないことはすぐにわかった。

欠けた日常を過ごす。そんな予感。

母の無念を晴らせない。いや、私のモヤモヤが晴れることはない。

公の裁きによる復讐は私たちには果たせない。

私だけでの復讐もできない。

いや、そもそも私は何も、名前さえ知らない。

恨もうにも恨めない。呪いたくても呪えない。この怒りのぶつける先がわからない。

そんな状況で何を為せるのだろう。

私は諦めて、ハマらないピースを眺め、パズルの空白を覗き込んで、そのまま。



何日経ったんだろう。家のカレンダーは止まったまま。私には今日が何曜日の何日なのかもわからない。

朝におはようございますの声が聞こえたから行かないとって思ってた。

今日は珍しく、学校に行った。みんなの対応は私を気遣ってくれていたのだろうが、そんなの偽善でつまらないものだった。

前まで同じだと思ってた人たちがみんなみるみる怪物に変わっていって、それが辛くて、悲しくて、気持ち悪くて。

だから早退した。

帰っても気持ち悪いのは止まらないのに。

家に帰った。リビングには灯りなどついていない。その中でただ、テレビだけが光を放つ。

酒の匂いが充満し、溺れて楽になってる男がいる。

私はそれを見ることしかできなかった。

父はいつも、何かを呟いている。

今日も呟いている。

聞き取れない言葉の中に、聞き取れる言葉を織り混ぜる。

それはまるで外国語のリスニングのようだった。

私は飲み物だけ飲んで、自分の部屋に行こうとした。

その時、確かに聞こえた。

「……峯岸め」

初めて聞く名前ではなかった。どこかで聞いた名前。今朝、もしくは一昨日、わからないけど、最近絶対聞いた。

私は自分の部屋にすぐに上がって、学校から支給されたタブレットでその名前を調べた。

「………あった。」

名前は峯岸宗介。

国のお偉いさんだった。私はまだ、学校でこの役職についてやってないから、そう言うしかない。

こいつが私の母を殺した人物。

けど、私には殺せる手段がない。

父を歪ませて、母を殺して。私から何もかも奪って。

許さない。いつか絶対に、殺してやる。

けど、どうやってもそんな手段思いつかなかった。

私は次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も学校に行った。

何か答えが欲しくて。けど、望む答えは返ってこなかった。

偽善者どもは私には関わらない。

だから、放課後は図書室で人体についての本などを読んでいた。

人体の本を読み終えたので、次は科学の本に手を置いた。

その時だった。

廊下からこんな声が聞こえた。

「ねえ。知ってる?しにがみ様の噂。」

「なにそれなにそれ?最近の流行りなの?」

「うん。あるサイトにアクセスして、名前を書くとしにがみ様が消してくれるんだって。」

馬鹿馬鹿しかった。けど、それんなオカルトに縋るしか、私はもう生きていけない。

いくら弱点を覚えても、使えなきゃ意味がないし。

だから、しにがみ様を試すことにした。

夜にそのサイトを開く。

「ここに名前を書けばいいのね。」

私はサイトの中央に書かれた文章を読み、何も書かれていない長方形の部分にヤツの名前を入れる。

そしてエンターを押した。

けど、何も反応がない。

やはりしにがみ様なんていないのだ。けど、怒りはおさまらなかったから、何度も何度も送りつけた。

何度も何度も。

意味などないと思いながらも。何度も何度も。


気づけば、私は見知らぬ村にいた。

夜のはずなのに、真っ赤な太陽が村を照らし、大地はまるで血が飛び散って染まったようだった。

いつの間に眠ってしまったのだろうか?

だって、夢に決まっている。私は今、大地の上に裸足で立っているのだから。

「ようこそ。歓迎しますよ。」

後ろから声がして振り返ると黒髪の少年がいた。中学生くらいに見える。左耳には赤い宝石の耳飾りをつけていた。

「俺は黎君白乃くろぎみはくの。あなたの復讐を代行する者だ。」

死神と言っていたからどんな骸骨だろうと思っていたが、普通の人が出てきてなんか残念だった。

こんなのがオカルトの正体だとするとガッカリするしかなかった。

けれど、彼は超能力者ならまだ期待してもいいのかな?

「あなたなら、あの男を殺せるの?」

少年はこくりと頷く。曖昧なものではなく、確信を持っていた。

重要なことを聞き忘れたが、そんなのはもう必要ないだろう。

縋らせてもらえれば何でもよかった。よりかかれれば何でもよかったのだ。

「なら、あいつを殺して。」

「君の依頼は受けるつもりだけど、対価に何を支払うの?」

「なんだって払う。もう私には何もないから。」

「そう。……なら、どんなふうな殺し方がいい?」

「なんだっていい。死ねば。あなたの好きなやり方でも構わない。」

「……わかった。では、二日後の十一時頃、テレビを見てくれ。」

そう少年は言って消えた。

気がついたら私は、自分の部屋にいた。

夢のような出来事だったが、私の足にはまだあの地面の感触が残っていた。

足を見ると、少し土で汚れていた。

噂というのは案外馬鹿にできないらしい。



俺は準備に取り掛かった。峯岸は俺がずっと殺したかった人物の一人だ。

いつもよりも力がこもってしまう。

国家の機密データベースをハッキングして、情報を集めようとしたが、失敗した。

すでにデータが消されているらしい。まあ、それなら修復するだけだ。

少し時間はかかったが、修復には成功した。

あとはこれらを裏付ける情報を集めて、はい完成。

今までやってきたことが、自分の力になっているのを実感できた。

結界式に閉じ込めて、公開処刑してやろう。

ふふ。楽しみだ。

結界式を使うのはあまり気が進まない。

結界式を見る度に、あの日の惨劇を思い出してしまうからだ。

故郷の黎君村。それが焼かれ、村のみんなが殺されて、自分だけが生き残った。

思い出す度に、心が抉られる。

しかし、それすら乗り越えてみせよう。復讐をするんだ。そのくらいのメンタルでいた方が、いいに決まってる。



少年、確か黎君だっけ。その人が言っていた日になった。

私はテレビを見る。

そこには峯岸が映っていた。

何かの演説?のようなものをしていた。

まさかここで殺すのだろうか?

『我々はこんな脅しに屈してはならない!』

テレビの上のテロップに脅迫の書かれた文書が届いたと書かれていた。

こんな子供騙しな方法だったのかと残念に思っていた。

あんなに演出に凝っていたのに。空間を変えていたのに。

こんな悪戯だったなら私にもできそうだった。

コケにされて、なんて私は無様なんだろう。

ピロンとタブレットから音がなる。

見てみると、こんなメッセージが書かれていた。

大丈夫。すぐに君のモヤモヤを晴らしてあげる、と。

『こんな悪戯に我々が屈するようなことがあれば、我が国家であるシャングリラの体制が疑われかねない。我々はこの国の矛であり、盾なのであるから、国民の皆を守るためにもこのような脅しには負けません。』

『峯岸様、新たな脅迫文です。こちらのタブレットをご覧ください。』

そう言って秘書っぽい男が峯岸にタブレットを見せる。

その秘書と目があった。画面越しとはいえはっきりと。男は笑っていた。

私は知ってる。この男を。

気がつくと、テレビ画面から峯岸と秘書が消えていた。

混乱する記者会見場をテレビは映す。しかし、すぐに砂嵐。

そこから画面に映ったのはあの日見た村だった。



「峯岸宗介さん。これから裁判を受けてもらえる?」

「何を言っている?この私が裁判?私は裁かれるようなことなどしていない。」

焦ってる。焦ってる。

こんなやつが覚悟もせずに、命令だけをする。

さぞかし、いい立場なんだろうな。

「いえいえ。してるだろ?」

秘書のフリをしていた俺は峯岸の右手の人差し指を折った。

中年の聞くに耐えない悲鳴が響き渡る。

あと九本残ってる。次はどの指にしようかな。

「誰だ、貴様?!」

ああ、悲鳴あげるのやめてたんだ。

「………さあ?ところで、裁判を受ける気になった?」

「……わかった。受けよう。」

「いい答えだ。」

もうちょっと骨を折って楽しみたかったが、こう言われたのなら仕方がない。

俺は独自に集めたデータを提示する。提示する手段としては、立体映像のようなものを使った。

電気によって作れるものは何でも再現できるから、手段は何でもよかった。

最近見た映画でかっこいいと思ったから使った。ただそれだけ。

ああ、あともう一つ電子モニターを出した。

そっちのモニターは波をうっているものだ。種明かしが楽しみだ。

「では、まずは宗教の問題だ。誰が何を信じるかは個人の自由だけどさ、あんたのそれは信心からくるものではない。例えば、六年前の五月四日ある宗教団体との会合でいつどこで事件を起こすかを決め、事前にある程度防いだという功績を自作自演で作り出した。まだまだあるよな。五年前の七月七日、信者を利用して、競争相手を殺害した。」

「そんなの知らない。」

「都合が悪いことは全て忘れられるのか。そんな人が国のトップにいるって問題ありの国家だな。ああ、まだありますよ。例えば、あんたが引き起こした自動車事故の隠蔽とか。他のがいいですか?賄賂で前までの地位まで上り詰めたこととか。親の七光ってところですか?相変わらず腐ってますね。」

「…………そんなの知らないと言っているだろ!」

「そうですか。本当に知らないのなら、君のこの心拍数の代わりようは何ですか?」

「………何のことだ?」

ふふ。今頃気がついたのか。もう一つのモニターは心拍数を表している。

普段なら触れてないといけないけど、俺の心象世界に入ったんだ。ここから逃れられるわけがないだろ。

「………こんなの、こんなのまやかしだ!嘘に決まってるだろう!」

「ああ、この反応。これは明らかに嘘をついている感じだな。ああ、表情もどんどん変わっていってるね。焦ってるのかな?」

みるみる表情が変わっている。青くなって、しぼんだ風船みたいになってる。面白いな。

「………最後に、この風景に見覚えはないか?」

「風景?こんな田舎の風景知らない。」

「そう。」

覚えてすらいないのか。人を侮辱しやがって。

なら、殺すしかないな。

「裁判なら、弁護人が必要だろ。誰かいないのか?ほら、不公平!卑怯者のすることだ!」

「どの口が……まあ、いい。弁護人が欲しいって言ってたな。そんなのないよ。だって、ここはどこでもない。ただの心象風景。結界式と言い換えてもいい。そんなところに国の定義なんてものはないし、権力は通じない。強いて言うなら、俺が法であり、秩序だ。」

「兵は何をしてる。早く、私を助けろ!」

「だから、無駄だって言ってるだろ。」

そもそも、俺の結界式は一般的な世界に展開するタイプではなく、電子世界に展開するものだ。

その本質を理解するなり、同じ能力でもない限り入って来れない。

それに、この国の兵士に能力者はいない。あらかじめ軍のデータをハッキングして、調べはついている。

「じゃあ、裁判はこれで終わり。有罪でかまわないだろ?オーディエンスの皆さん。」

もちろん、これは全国に放送している。

今頃、ネットはこれの話題で持ちきりだな。

さて殺すなら、どんな手段にしよう。そうだ、電気椅子での死に方を再現しよう。

前に見たテレビの特集、あれは面白かった。

「じゃあ、殺すね。」

俺は超能力で右手に電気を集中させる。

「電気?まさか、お前……」

それが最後の言葉だった。

高圧電流を持続的に肉体へ流し、内臓をドロドロにし、肉は焼け、恐怖と痛みで顔を歪ませる。

思ったより、気持ちよくはなかったけど、引っかかっていた何がとれた気がした。

まあ、他にも復讐相手はいるんだ。これだけで最高に気分がよくなるなんてことはないだろうから、そこは気にしすぎちゃいけないな。

とはいえ、やはり前に進むためにこれは必要なことだった。

「ああ、これにて終わりです。役に立たない兵の皆さんと記者の方々は俺のことを追うのを新しいコンテンツとして、楽しんでください。」

俺は笑顔で放送を終えた。



放送が終わった。憎らしい人が死んで、嬉しいはずなのに、今自分がどんな表情をしているのかわからない。

私の依頼で人が死んだ。

私が殺したようなもの。それを喜んでいいのかな?

私はある意味あの峯岸って男と同類で、自分も醜くなってしまった。

そして私に残った最後の感情は消えてしまった。赤黒く燃えてたあの情熱。あれがなくなると、まるで燃料がなくなったみたいになってしまいそう。いや、どちらかというと、燃え尽きた灰の方が正しいのかな。

けど、もういいや。

父も多分もう帰って来れない。

私の世界は修復しない。

復讐を終えたからって、代行してもらったからって私は先に進む気もない。

欠けた世界は寂しくて生きていけない。

だから……

「ばいばい」

そう言葉にし、私はキッチンでナイフをとり、自分の手首にあてる。

あと少しで切れる。

はずだった。私の手を誰かの手が掴んで、無理やり止める。

「まだ対価をもらってなかったね。」

黎君さんが私の腕を掴んでいる。

どうやってここまで来たんだろう?しかも、そんなに時間は経ってないのに。

「これから私が死ぬんだから、口封じは簡単だったでしょ?なんで止めたの?」

「君が死ぬ必要はない。口封じ自体、そんなことよりも簡単に安全にできる。」

少年は私に右手の人差し指を向ける。

それを私の頭にあてた。

「君の大切なものをこれから奪う。それが対価だ。」

「命とかでしょ。どうせ。とるならとりなよ。もう疲れたし。」

「君らが生まれ変わって、幸せになれるように祈っているよ。」

そこで私の意識は途絶えた。



「ねえ、パパ。ママはいつ帰ってくるの?」

「わからないんだ。海外に単身赴任中だからね。けど、花蓮のことを愛しているよ。」

「……そっか。なら、わたしはもう何もいらない。」

「いいのかい?せっかくの誕生日だっていうのに。」

「愛があるのなら何だっていいの。」

わたしのママは海外で人を助けてるんだって。

そんなママが誇らしくて。憧れて。尊敬できて。

そして、そんなママから愛情をもらえてるわたしは幸せ者だな。

わたしはもう、悪夢にうなされなくていいんだ。



最低だな、俺は。

あくまであれは依頼だった。それなのに俺の私情を挟みすぎた。

俺に任せると言ってくれたとはいえ、流石に俺のしたことは許されないだろう。

仕事人としては失格だな。

それに、俺のエゴで死にたいと言う人を無理矢理生かした。

大切だった記憶すら踏み躙ったんだ。

こんなことで彼女たちが救われることはないってわかってはいる。

けど、対価は何でも支払うって言ってくれたんだから。俺のエゴくらい受け入れて欲しい。

それくらい、許して欲しい。

そう思うことで自分の罪悪感を誤魔化した。

仕事柄、あんな感じで死のうとする人たちを見てきた。

そんな結末はあんまりだと思ってた。

それに、まだ彼女は子供だった。復讐なんか忘れて、生きていて欲しい。

自分の姿を重ねたなんてことは多分ない。ありえたかもしれない自分だとも思わない。

けれど、依頼人に幸せな人生を送って欲しいといつも思ってる。

………我ながら、どの立場で言ってるんだって感じに思えるけどな。

峯岸を殺したんだ。もう後戻りはできないし、する気もない。黎君村を焼いた実行部隊も含め、全ての人間を殺してやる。

待ってろクズども。この国ごとぶっ壊してやるよ。

今まで他人の幸せを踏み躙ってまで手に入れ、積み上げてきたものを台無しにしてやる。

だから、もう代行はおしまい。

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復讐代行 巴氷花 @tomoe2726

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