第2話  歴史部と神北春秋

 日は戻って昨日の放課後。

『何で俺が』

 菊池衛きくちまもるは顧問の伊原から職員室に呼び出されて、

「そろそろ部報創りの時期だぞ、何を書くのか決まったら報告に来い。全く新年度になってから行動が遅いぞ……」

 と、小言を聞かされ、不満を抱えながら渡り廊下を歩いて部室へ向かっていた。 

『おや?誰だろうあいつ』

 衛の眼に見慣れない生徒が携帯電話で通話している姿が映る。

 なんとなくだが、第二体育館の入口で通話している姿に違和感を感じた。

 神北高校では携帯電話の使用自体は、授業中を除いては自由であるし、ネイビーのジャケットにグレーのスラックス、首にはレジメンタルタイと衛と同じ制服を着ているので神北高校の生徒には間違いない。

 衛が違和感を感じたのは部室棟は校舎敷地の北側奥にあり、普段は顔見知りの文化係の部員と柔道着を着た柔道部員の他にはいかにもトレーニーといったジャージやTシャツを着た生徒しかこの場所には来ないからだ。

 それには加えてこの場所は時おり二階の柔道場から気合の入った柔道部員の掛声が聞こえている。

 携帯電話が柔道部員の掛け声を拾い通話しづらいし、放課後は西日が刺してディスプレイの文字も見えにくい。

『まあいいか、新入生にしては老けている気がするけど』

 衛もそれ以上は気にもとめずに歴史部の部室に向かった。

 衛は部室棟の一番奥にある歴史部の部室前に立つと深呼吸ともため息ともしれない呼吸をしてから部室のドアノブを回した。

 部室内に居るのは2年生で部長である豊田楓とよだかえで

「衛、虎ちゃんからは何の用だった?」

 窓際の部長席ドアの方に振り合えると背中まで伸びた髪が揺れる。声は眠たげだ。

「そろそろ神北春秋かみきたしゅうんじゅうを創れって、お小言を頂きましたよ、部長」

「あぁやっぱり、分かってるって細かいなあ」

 楓はやれやれといった感じで話すが、本来は虎ちゃんこと顧問の伊原虎雄いはらとらおは部長を指名して職員室に呼び出していたのだが……。

 要は衛に丸投げしたのだ。

 神北春秋とは隔月かくげつで発表して校内や市役所等に掲示する歴史部の部報のことだ。

 伊原もこれさえ発表していれば他の活動は部員の自主性に任せている。

 というのも過去の歴史部員がこの神北春秋を老人福祉施設に配布して寄付を募るという、金脈を開拓したのだ。

 案外と老眼の高齢者に配慮した書籍は少なかったようで文字サイズを大きめに印刷した神北春秋は高齢者層に好評だった。

 以来、歴史部は寄付金で部費が潤沢になり定期的に取材という名目で旅行に出かける事が出来る。しかも神北春秋を市役所に掲示すれば市長の目にも留まるので活動実績としても申し分ないのだ。

「ん……」

 楓は伸びをすると、部長席に座り直す。部長席と言ってもパイプ椅子だが、春にはポカポカと暖かくお気に入りの場所、一度座ると動きたくない。

 楓は制服のジャケットは脱いでネイビーの学校指定のVネックのニットにグレンチェックのスカート、衛と同じ指定のレジメンタルタイの出で立ちだ。

 大柄な衛に対して小柄な楓はジャケットよりニットの方が良く似合う。

 楓は読んでいた文庫本に栞を挟むと、表紙を指差して衛に見せる。

「よし、これで取材旅行を計画して、神北春秋完成させるわよ」

 楓は部長権限で衛に指示をだした。

 


 

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