タンスちょきん
みどり、よう
第1話
「そうだなあ。お祖母ちゃん、だいぶボケちゃってね」
「そうかあ。なんだか悪いな。おまえばっかりに世話させてしまって」
「いいんだよ、親父。お袋も大変だろうし兄貴もなかなか帰ってこれないだろうから」
祖母は、祖父が十年前に死んでしまったときから独りで借家に住んでいたが、数年前、心臓発作を起こした。すぐに認知症も患った。
幼い頃から厳しい祖母だった。布団の上で飛び跳ねていると「布団に乗るな!」と、「三枚のおふだ」に出てくる山姥のような顔をして怒ったものだ。可愛がってもらった記憶はない。兄貴は初孫だったから、祖父母は何かと兄貴に甘かった。
兄貴は祖母が完全にボケてしまうと地方転勤になったことを理由に会いにこない。暇な僕が祖母の介護をするようになったのだが、家族からすれば仲が悪かった僕と祖母の〝和解〟と微笑ましく思っているんだろう。性格が合わないので和解も何もないのに。嫌いなものは嫌い。お互い様。
僕が必死に介護をするのは祖母が本当にボケる前に、盛んに呟いていたことが気になっているから。祖母も自覚があったんだろう、自分がボケるということに。気がかりなことがあって、どうすることもできず日々呟き、ついにボケてしまった。
「タンスちょきん、タンスちょきん」
その呟きは僕しか聞いていない。本当なら僕には聞かせたくなかったに違いない。自分だけが祖母の介護をしていることは、かえって好都合。祖母が遺書を残しているという話は聞いたことがない。祖母が死んだら、あの奥の部屋にあるタンスを真っ先に調べてみるつもりだ。
介護士さんは「優しいお孫さんね」と褒めてくれる。ボケていなかったとしても、祖母は僕に礼など言わないだろう。それもそのはずだ。祖母を殺すつもりでいる。
僕は職を失い再就職できないことでイライラが募りギャンブルにはまって、借金を作ってしまっている。利子さえ返せない状況だ。自分の貯金は底をつきかけている。祖母のタンスちょきんがどれくらいかわからないが、気がかりになるくらいだから相当のものなんだろう。
祖母は呆気なく死んだ。心臓発作を再び起こした。僕はナースコールを押さなかった。実に簡単だ。
「お祖母ちゃん、盛んにお化粧したいって言ってたんだ。だから最期くらい自分の化粧道具でね」
親父とお袋に向かって最後まで優しい孫を演じつつ、祖母の借家へ一人で向かった。
久しぶりに入ったが、がらんとしている。電気代は滞納していたようで電気はつかない。仕方ないから雨戸を開けて光を入れた。
古いタンスはやはり奥の部屋にある。よく子供の頃、落書きしようとして祖母に怒鳴られたものだ。どの段にお金を隠しているんだろう。全部の段だったらすごい。
一番下の段から探すことにした。取っ手に手をかけたとき、何か物音がし一瞬手を止める。何だろう。どうやらタンスから音がする。どこかで聞いたことがあるような音だ。
耳を澄ませる。気のせいかもしれない。ゆっくりとタンスを開けた。冬物の衣類が入っている。祖父の臙脂色のセーターもある。懐かしい。
結構奥行のあるタンスだ。奥の方が光った気がする。ひょっとしたら宝石類かもしれない。
それを取り出そうと両腕を伸ばし、顔を突っ込んだ。首に鋭い痛みを覚えた。声を出そうとしても出せない。意識が朦朧とするなか、さっきの音が耳の奥に木霊している。
きょきん、きょきん、きょきん……
タンスちょきん みどり、よう @midoriyo
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