第2話 蒸機の心臓、巫女の覚醒

ラシャーンは、目の前に迫る機械獣に対し、身を引き締めた。アイリが歌うその瞬間、彼女の力が限界を迎えているのを感じ取っていた。彼女の歌声は、もはや風のようにかすかで、蒸気の中に消えかけている。


「くそっ…!」


ラシャーンは蒸機槍をしっかりと握りしめ、機械獣に向かって突撃した。鋭い爪が彼を捉えようと迫ってくるが、ラシャーンはひらりとかわしながら反撃のタイミングを見計らっていた。しかし、機械獣は一瞬の隙も与えず、鋼鉄の体でラシャーンに押し寄せてきた。


その時、アイリが再び歌い始めた。


「ラシャーン、下がって!」


アイリの声がラシャーンの耳に届く。だが、彼はそのまま突撃を続ける。機械獣の巨大な脚が迫り、土を蹴立てる音が耳をつんざく。しかし、その瞬間、アイリの歌が突如として変化した。


静かな風のようだった歌声が、次第に力強く、澄んだ響きを帯びていった。その歌声には、まるで大地を震わせるような力が込められている。


ラシャーンが振り向くと、アイリの目が光を帯び、周囲の空気が渦を巻き始めていた。彼女の歌はただの「共鳴」ではなかった。今、彼女の歌は「命」を呼び覚まし、世界の法則を揺るがすほどの力を持っている。


「アイリ、何を…?」


ラシャーンは目を見開いた。彼女の歌が進化している。その歌声に込められた力が、まるで古代の神々のような重みを帯びて、機械獣の体に触れると、蒸気が一瞬で凍りつくような光景が広がった。


機械獣が、突如として動きを止める。その赤い目が曇り、そして一瞬の間、無音の世界が広がった。


「アイリ、やったのか…?」


ラシャーンは息を呑みながら彼女を見つめる。しかし、アイリの表情はどこか疲れ切ったものになっていた。彼女の歌は、単なる「機械を操る力」ではない。今、彼女は自らの命を削りながら、その力を行使しているのだ。


アイリは深く息をつき、倒れそうになるが、ラシャーンがすぐに支えた。


「アイリ、大丈夫か?」


「大丈夫…じゃ、ないかも。だけど、これで、あの機械獣は動けない」


アイリは小さな笑みを浮かべて言ったが、その顔色は青白く、疲労の色が隠せない。


ラシャーンはその表情に胸が締めつけられた。アイリは自分の力を行使するたびに、命を削っている。それを、彼女は何も言わずに受け入れている。


「そんな無茶を…!」


ラシャーンは怒りを込めて言ったが、アイリは静かに首を振った。


「これが私の使命…これしか、できないから」


その言葉に、ラシャーンは言葉を失った。彼女の使命感がどれほど重いものか、彼は理解していた。それでも、アイリが自身の命を削るようにして戦い続けることを、彼は見過ごせなかった。


その時、機械獣が突然、動き出した。だが、今度はその動きが鈍く、制御が効かないようだった。アイリの歌声の力で、その内部の蒸気機構が一時的に停止したのだろう。しかし、それでも機械獣は完全に止まることなく、ラシャーンに向かって突進してきた。


「くそっ!」


ラシャーンは再び蒸機槍を構え、戦闘態勢を取った。アイリの力は確かに強大だが、長時間の使用には限界がある。それでも、彼女が最後まで力を使い切らない限り、戦わなければならない。


その瞬間、アイリが再び歌い始めた。だが、今度の歌はこれまでのような力強さを持っていなかった。それでも、ラシャーンはその歌がどれだけ大切なものかを理解していた。


「アイリ…!」


ラシャーンは蒸機槍を振りかざし、機械獣に向かって突進した。アイリの歌が消えかける中、彼は彼女のために、最後まで戦うことを決意した。


だが、アイリの歌の中に微かな光が見えた。それは、彼女が歌の力を発動させるために捧げた「命の証」であり、ラシャーンがその力を受け取る瞬間が訪れた。

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