【毎日15時投稿】蒸機の祈り ―草原に歌う巫女と心臓の騎士―
湊 マチ
第1話 機械の心臓、巫女の歌
ラシャーンは、荒れ果てた草原を見つめながら、蒸機の音を耳にした。遠くから聞こえてくるその音は、彼の心を締めつけるような力を持っていた。それは彼が過去に背を向けたはずの、あの「機械信仰」の象徴。今や草原を駆ける機械獣や、蒸気で動く兵器たちは、彼が生きる意味を問うように、あまりにも近くにあった。
「信じてはならない」
ラシャーンは自分に言い聞かせるように、もう一度呟いた。その言葉は彼の心の中で何度も響いていた。彼がかつて愛したもの、尊敬していたもの、そして信じていたもの。それらすべてが、蒸機による強制的な支配の中で壊れていった。
その時、背後で何かが動いた。
「ラシャーン、大丈夫か?」
振り向くと、アイリが心配そうにこちらを見ていた。彼女の目は青く、澄んでいるが、どこか悲しげだった。彼女は巫女として、歌で機械を動かし、命を吹き込む能力を持っていた。しかし、それが彼女に与える重荷がどれほどのものか、ラシャーンは理解していた。
「心配ない。ただ、昔のことを考えていただけだ」
ラシャーンは肩をすくめ、軽く笑ってみせた。だが、アイリの目は鋭く、彼の心の奥底まで見透かすような力を持っている。彼はその視線を避けるように、再び前方に視線を向けた。
「信じることは、怖いことだ」ラシャーンは小声で呟いた。「信じて裏切られたあの日のことを思い出すからな」
アイリは黙ってその言葉を受け止めた。そして、少しだけ歩み寄り、静かに口を開いた。
「でも、信じることができれば、少なくとも何かを守れる」
彼女の声は静かで優しく、だがどこか強さを感じさせる。アイリはこれまでにも何度も、その歌声で命を救ってきた。彼女の力は、機械の中にある「命」を感じ取る力。そして、それを「共鳴」の歌で呼び覚ます能力だ。しかし、彼女のその歌もまた、大きな代償を伴っていた。
ラシャーンはその言葉に反論できなかった。アイリが歌う「共鳴の歌」がどれほど彼女にとって重荷であるか、彼は知っていた。それでも、彼女は歌い続ける。それは彼女の「使命」であり、信じることを恐れない彼女の強さでもあった。
その時、空気が震え、遠くで轟音が響いた。ラシャーンとアイリが見上げると、雲の合間から巨大な蒸気兵器が姿を現した。巨大な機械獣、それは今まさに草原を征服しようとし、進行している。
「来るぞ!」
ラシャーンはその瞬間、反射的に蒸機槍を手に取り、アイリの前に立ちはだかった。機械獣は、巨大な鉄の脚で地面を蹴り、猛スピードで迫ってくる。その目は赤く光り、まるで獲物を狙う猛獣のようだった。
「アイリ、下がれ!」ラシャーンは叫んだ。「あれは俺の仕事だ」
だがアイリは足を止めなかった。彼女は静かに、蒸気の吹き出す音と共にその場に立ち、口を開いた。
「私が歌うわ」
その言葉と共に、アイリは歌い始めた。その歌声は、ただの歌ではなかった。共鳴の歌。草原の風が、蒸気の音が、そして機械獣の動きが、全て一つになって彼女の歌に引き寄せられていく。
ラシャーンはその光景を見守った。アイリの歌声が空間に広がり、巨大な機械獣が一瞬、動きを止めた。だが、その後、機械獣の目が再び赤く光り、さらに迫ってきた。
「くっ…!」
ラシャーンは冷静に、機械獣の動きに合わせて蒸機槍を構える。だが、アイリの歌が徐々に弱くなっていくのが分かった。それは彼女の力が限界を迎えている証拠だった。
「アイリ!」
ラシャーンは叫びながら、機械獣に突撃していった。しかし、その瞬間、アイリの歌声が一瞬だけ力強く響いた。それはまるで彼女が最後の力を振り絞ったかのようだった。
だが、その力はすぐに衰え、機械獣は再び猛スピードで迫ってきた。
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