第7話 外の世界へ

「僕は……ヴァルシアを助けたい。何とか、この攻撃を止めて……!」


 必死にイメージを描く。大きな盾を、生み出すような感覚。固い盾でゴーレムの拳を受け止められたら――そんな思いを強く、強く念じる。すると手のひらから溢れた光が一気に形を成し、眩いフラッシュを放つように広がった。


「む……なんだ?」


 ヴァルシアが驚きの声を上げると同時に、ゴーレムの拳が振り下ろされる。僕は怖くて仕方ないが、踏みとどまり、光の塊をゴーレムの腕とヴァルシアの間に割り込ませるように放り込んだ。瞬間、バチンという衝撃音とともに、光のバリアらしきものが弾けるように出現し、ゴーレムの動きをわずかに止めてくれた。


「こ……これは?」

「リオ、そのまま維持しろ!」


 ヴァルシアが突きを放つ。彼女は素早くゴーレムの懐に潜り込み、思い切り槍を振りかぶる。刃先にうっすらと炎の魔法が加えられ、鋭い熱を孕んだ一撃がゴーレムの胸部へと突き立てられた。


 ゴリリ、と嫌な金属音が響くが、力の入り具合は完璧らしい。ゴーレムの胸部に刻まれた魔力コアのあたりがバチバチと火花を散らし、次第に魔力が弾けていく。だがゴーレムの動きはまだ鈍っていない。


 ゴーレムがカチコチと音を立てながら、猛スピードで腕を振り上げる。ヴァルシアはそれを見逃さず、さっと身を沈めてから槍を横に払うように振るった。しかし、ミスリルの分厚い装甲はビクともしない。むしろゴーレムの腕が機械音を軋ませて動き、ヴァルシアの槍と激突した刹那、火花が散って視界が一瞬揺らぐ。


「さすがはゴーレム……やはり硬いな」


 彼女は冷静にゴーレムの反撃を受け流そうと踏ん張る。けれど重量感のある金属拳は強烈で、ヴァルシアの足元が滑りかける。ゴーレムの胸元、僅かにコアが露出している箇所が見えたが、近づく隙がない。

 そこへ、リオの放った光のバリアがゴーレムの攻撃を一瞬制止させる。わずかな隙を見極めたヴァルシアはその機を逃さず、ひときわ大きく槍を振りかぶり、炎の奔流を纏わせて正面から突き込んだ。


「はああっ……!」


 ヴァルシアが槍を捻り込むと、ゴーレムは悲鳴のような金属音を響かせて沈黙に転じる。巨体がガシャンと崩れ落ち、ミスリル合金の欠片があちこちに飛び散った。あれだけの脅威を誇ったガーディアンが、今やただの壊れたガラクタ同然に見える。


「こ、これで……やったんですか?」

「ふん、もう動くことはあるまい。リオ、見事だったぞ。そなたのその力、なかなかの可能性を秘めているようだな」


 ヴァルシアが笑みを浮かべる。僕は肩で息をしながら、その笑顔にこちらまで頬が緩みそうになる。確かに僕の力はごく一瞬だったし、強烈な効果時間も短かった。でも、その一瞬がゴーレムを止め、彼女に反撃の機会を与えたのだ。何もできないと思っていた僕でも、戦いに貢献できた。この事実が心に温かい灯をともしてくれる。


「僕……本当に、役に立てた……のかな」

「やれやれ、神妙な顔をするでない。まだ始まったばかりだ。とはいえ、そなたの成長が楽しみになったぞ」

「成長……はい、僕、もっと頑張ります!」


 息を整えながら辺りを見渡していると、崩れた天井から光が射し込んでいる部分が見えた。ふと、フロアの奥を見るとそこには古い階段らしき構造があり、さらに上へと続いているようだ。


「ほら、あそこだ。あれが地上へ抜ける道かもしれん」

「ここを抜けて、遺跡から外に出られそうってことですね。よかった……」


 僕はぐったりしながらも、ゴーレムの残骸を回避するように歩き、階段を確かめる。もちろんこのまま安全という保証はないけれど、出口への手がかりを発見できたというだけで心が躍る。ヴァルシアも緊張感を緩めたのか、すこし息が上がった様子で槍を手放した。


「ふん……まだまだ力を取り戻すには程遠いな。体が鈍っているせいで、さすがに疲れたぞ」

「それだけ動いてれば仕方ないですよ。僕だって、もう限界寸前ですし……」

「とはいえ、ここで立ち止まっても何も始まらん。行くぞ、リオ。この先で少し休める場所を探すとしよう」

「はい……」


 ふと見れば、ヴァルシアが口元を軽くほころばせている。偉そうに見えて、彼女も余裕がないんだなと思うと、不思議な親近感を覚える。


 上へ続く階段はあまり長くはなさそうだが、ところどころ崩落している部分があって、迂回が必要な場所もあるらしい。ヴァルシアが探査魔法で簡単に調べた後、「先に行くぞ」と僕の手を引いた。なんだか胸がじんわりと温かい。痛みもあるけど、このまま倒れこまずに頑張れそうだ。


「外に出たら、どうします?」

「さぁな……最近の地理には疎いゆえに我にはよう分からん。まぁ大陸中央に行けば情報があるかもしれないな」

「なるほど……まあ、僕は冒険者ギルドに所属しているんで、少しは何とかできると思います」

「ふむ、それなりに頼りになりそうだな」


 そんな会話を交わしながら、僕たちは少しずつ階段を上がる。


「よし……出口はもうすぐだな。この崩れかけた天井の向こうに光が見える」

「本当だ。あ、風がちょっとだけ通ってますね。やった、ようやく外の空気が吸えそう」


 興奮ぎみに階段を最後まで上ると、そこには小さな隙間の空いた石壁がある。崩落した岩の塊をなんとかずらしてみると、外の風がかすかに吹き込んでくる。遺跡の鉄臭さや黴臭さに慣れきっていたから、自然の空気に触れただけで爽快な気分だ。


 やがて、一歩二歩と進むと、ひんやりした風とともに外の空気が僕を包んでくれた。まだ雲の多い空だけれど、どこか生き生きとした光が差し込んでいる。谷底を抜け、崩落した遺跡の出口を越えて、ようやく外の世界へ出る。僕は深く息を吸い込み、思いっきり肺を満たした。


「……やっぱり外の空気はいいなあ」

「フフ、そなた、まるで犬か狼みたいに鼻をヒクヒクさせておるぞ」

「そんなに吸い込んでませんよ。それにしても、風が気持ちいい……」

「ふん、まあ悪い気はしないな。我も久方ぶりに大気を肌で感じられている気がする」


 ヴァルシアが軽く伸びをし、僕はどうにか荷物を背負い直す。ここまでくれば、ひとまず大きな障害は取り除かれたはずだ。封印を解き、ゴーレムを倒し、僕たちはいよいよ本当の旅へ足を踏み出せる。


「さてと、ヴァルシアさんは地理に詳しいわけじゃないんですよね?」

「かつては多少知っていたが、何百年も前の話だ。大陸の情勢など、まったく変わっておるだろう」

「じゃあ、やっぱり一度町か村を探して、地図や情報を仕入れるしかないですね」

「うむ、そうなるだろう。では行くとしよう」


 そうして僕は、ヴァルシアの凛とした横顔を横目に見ながら、一歩を踏み出す。ここからが本当の冒険の始まりだと、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

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