第六話 挽回のチャンスを

「おい、てめえ誰だ」


 時刻は夕方を過ぎる頃、俺は自警団のたむろする待機所に訪問していた。

 ここ、王都カルベールに住む人にとって、自警団とは身近な存在だ。ここカルニドは、他の国に比べて国力の多くを冒険者に依存している。そのため、騎士階級の軍人の多くは、戦争や地方開拓のみに使われ、街中の治安維持に欠ける軍力が不足しているのだ。 

 一応、冒険者は街中で騒ぎを起こすことを禁止されている。だが、冒険者といえども、決して皆が常識を持ち合わせているわけではない。

 いや、冒険者だからこそ、と言うべきだろうか。中には、罪を隠している冒険者や、その力を無差別に振るう冒険者もいる。そんなものどもから町人を守るために結束されたのが、カルニド自警団だ。


 彼らは冒険者とは違い、完全なる非合法組織。だが、決して、その力を民に振るうことはない。そんな彼らを、国と冒険者ギルドは黙認している。 


 話がそれた。俺は今、アリシアさんを迎えるため、自警団の運営する待機所の前で、一人の組員と話している。


「クレイド・オーガスト。ギルド職員だ。」

「ギルド職員だと、今日で二人目だな。なんだ、お前も匿って欲しいのか」

「逆だよ。今日ここに入った、アリシアという職員を引き取りに来たんだ」


 組員の男は怪訝な顔をした。いかにも、俺を怪しんでいる。


「アリシア、なんてやつはここにはいねえ。今日引き取ったのはママレードってやつだぜ」

「それはない。俺はグランドマスターから直接、ここにいると聞いたからな」

「悪いが信用できねえ。いくらなんでも、後ろ盾がビッグネームすぎるぜ。悪いが、今日ここには俺含めちょっとしかいねえんだ。明日、確認してやる。出直してこい」


 組員の男はそういってふんっと鼻を鳴らす。見た目からして、つい最近見習いから昇給したのだろう、かなり若い。にもかかわらず、度胸がある。咄嗟に、ここにはいないとカマをかけた。俺がなりすましであることを疑って。


「わかった。じゃあ、武器を全部渡す。だから、とりあえず幹部に会わせてくれないか?誰かしらいるだろう」


 自警団の待機所には、一カ所に必ず一人以上、幹部と呼ばれる組員がいる。


「テメェ、なんでそのことを知っている」

「別に、昔ちょっと関わりがあっただけだよ」


 武器のついたベルトを、組員の足元に投げる。組員の男は、それを拾って、中身を確認。そして、険しい目つきを少しだけ緩め、こう言った。


「……ついてこい」


 組員の男に背中を任せ、案内された先には、リビングで汚い鼻提灯を浮かべている中年男が寝そべっていた。

 それを見て、案内をしていた組員の男は呆れたように怒鳴った。


「アニキ、起きてください!」

「うぇ?」


 寝そべっていた中年男は間抜けな声をあげて、慌てて姿勢を直した。

 その中年男は、老婆のように猫背で、頬もこけて頬骨が飛び出るように目立っていた。しかし、その目には確かな熱がこもっている。


「お、おお、ジャン。なんか用か」

「この男がアニキに会わせろと」

「はあ」


 アニキと呼ばれた中年男、幹部であるはずの男は、こちらを訝しんでいる。

 しかし、ふとなぜか目を丸くして、信じられないものを見るように、何かを確認するように瞬きを何回もした。

 そして、ついに俺に聞いた。


「あんた、もしかしてクレイドさんかい?」

「そうだけど、知り合いだっけか」

「ええ、ほら3年前の過激派との抗争の時ですよ。あの時、おいらも参加していましてね、あもちろん味方でしたよ?いやあ、あん時は大変世話んなりましたわ。おい、ジャン、お茶出してくれ」


 幹部らしきその男が言うと、ジャンと言われた、案内役の男は不服そうにお茶を用意し始めた。

 それにしても、懐かしい話題だ。だいたい十年ほど前だろうか、自警団の中の、一部、と言うには多過ぎた。自警団のおよそ半数が、新たな法政に反対し、その力を反逆に使おうとした。

 その時、分離した過激派と、自警団が抗争し、その戦いは町中で行われた。


「へぇ、あの時の抗争に参加していたのか。じゃあ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 よかった、運がいい。俺はこれまで、たくさんの人から恨みを買ったが、その分、いろんな方面に恩をばら撒いている。

 今回は恩のある方面に当たったようだ。


「今日ここで匿ったアリシアってギルド職員を迎えに来たんだが」

「わかりました。じゃあ、つれてきますんで待っててください」

「了解」


 なんだかやけに機嫌のいい幹部の男を見送って、俺はすっかり蚊帳の外となった案内役の男と二人きりになった。


「あんた、いや、すごい人だったんすね。クレイドさん」

「「アンタ」でいいよ。別に、ただの公務員だ」

「お、おお、そうか。でも俺らは非合法の自警団だぜ?いいのか」

「今更だろ」

「確かになぁ、でもアニキが敬ってんだ、俺がそうしないわけにはいかない」

 

 「ご勝手に」そう言って、俺はいつの間にか出されていたお茶を啜った。

 暖かい、夜に飲むにはちょうどいい温度だ。


「なあ、あんたちょっと冷たいって言われないか?」

「敬えよ」


 なんだかんだ五分ほど待っていると、2階から寝巻きを着たアリシアさんが降りてきた。案内役の男、ジャンから聞いた話だと、ずっと怯えていて、つい先ほど眠れたばっかりらしい。彼女の目の下には、薄いクマができている。


「く、クレイドさん。おはようございます。もう、大丈夫なんですか」

「おかげさまで、ありがとう、アリシアさん」

「それはそれは、よかったです」


 アリシアさんは、えへっと緩やかに笑った。だが目を見るとわかる、まだ少し寝ぼけているらしい。当然だ、先ほど起きたばかりなのだから。

 それを察した案内役の男、ジャンが新しく紅茶を淹れた。


 椅子に座ったアリシアさんが、紅茶を啜る。少しだけ目が覚めたようで、寝ぼけた瞼が少し上がった。

 アリシアさんが一息つくのを待っていると、アリシアさんの方から話し出した。


「本当に、本日は申し訳ありませんでした。私なんかのせいで、クレイドさんが……」

「いや、気にすることないよ。ああいうのが俺の仕事だし」

「でも……」

「いいんだよ、本当に。むしろ謝りたいのはこっちだよ、申し訳ない、アリシアさん。今後、こんな目に遭わせることは絶対にないようにするよ」


 そう言って、深く頭を下げる。俺なりに、精一杯謝罪しているつもりだ。

 するとアリシアさんは慌てて頭を上げるようお願いした。顔を上げると、恥ずかしそうで、でもとても気まずそうなアリシアさんがいた。


「あの、言いづらいんですけど……その……」


 黙って、次の言葉が出るのを待っていた。

 アリシアさんが次の言葉を紡いだ時、彼女はすごく申し訳なさそうな顔をして、こう言った。


「その、しばらく、仕事を……」


 そこまで聞いて、俺は自分の意図が完全に伝わっていないことを察した。それどころか、彼女からしてみれば、「彼女が次も出勤しに来る」ことを前提に話しているように感じていただろう。

 それは、流石に自分の望むことではない。すかさず俺は口を挟んだ。


「仕事の件は、しばらく休んでもらっていいよ。グランドマスターからの許可を取ってあるから。期間も、アリシアさんが決めていい。好きなタイミングで復帰してもいいし、そのまま辞めてもらってもいい」

「え、いや、そこまでは……!」


 アリシアさんの表情から気まずさが消え、少し安心したようにほころんだ。

 次にアリシアさんは、ただ不思議そうに疑問を口にした。


「では、いったいどんな用件で来たんですか?」

「ちょっと、付き合ってもらいたくて」


 そういいた瞬間、まるで面くらったようにアリシアさんとその場に居合わせた幹部の男、ジャンが驚いた。

 次の瞬間、一斉に驚きの声を口にした。アリシアさんは顔を赤らめて、聞いた。


「え、えぇ、いったいどうしてですか?こんな日暮れに……」

「これから、ギールを倒しに行く。だから、その様子を見ていてほしい」


 そういうと、三者は再び驚いた。しかし、先ほどとは毛色が違う。

 アリシアさんはトラウマを刺激され、再び目を伏せ、震えている。

 それを見かねたジャンが、俺に向かった。


「おい、それは流石にないんじゃねえのか」

「やめろ、ジャン」

「アニキ、だってそんなのこくすぎんだろ!さっきまで自分を襲っていた男に、これからまた会いに行く!?それも、そいつにボコされた男と一緒にだと?」


 ジャンが俺を睨んで、真剣に怒鳴る。幹部の男の制止も無視して。


「なあ、おい、さっきも言ったがな。そこの嬢ちゃんはついさっきまでずうっと怯えてたんだぞ!?怯えて眠れなかったんだ。それをてめえは……!」

「いい加減にしろ、ジャン」

「でもよ、アニキ。こういうのを止めるのが、カルベール自警団じゃねえのかよ!」


 その問いに、幹部の男はただジャンの瞳を見ていた。

 息を荒くするジャンを見た幹部の男は、一度、深くため息をついて、俺に向き直った。


「……悪いな、クレイドさん。この嬢ちゃんを匿った身として、また危険な目に遭わせたくない。……ただ、本当に勝ち目があるのか、証明してほしい。証明できてなお、この嬢ちゃんが納得しなければ、諦めてくれ」

「具体的に、どうすればいい?」

「そうだな、おいジャン。他の奴らを全員起こしてこい」

「おう」


 そういう幹部の男には、確かに幹部の威厳があった。

 ジャンが急いで階段を駆け上がり、戻ってくる頃には、さらに数名の大男を連れてきた。

 それを確認した幹部の男は、再び俺の目を見て、こういった。


「これから、おいらたち全員からその紅茶を守ってください。おいらたちは全力で、その紅茶をこぼしに行きます。もちろん、手段を問わず」


 その言葉を聞いて、最も反応したのはジャンだった。ジャンの表情は本当に素直で、まるで「そんなことできるわけがない」と言っているようだった。

 俺は、アリシアさんの顔を一瞥する。不安げな顔だ。それが俺の責任。わざわざ連れて行く必要があるのか、再び自分に問う。

 やはり、必要だ。彼女のトラウマを、彼女の目の前で叩き潰す。そして、自分の恐れているものが、案外大したことないのだ、と思えたら、それが理想だ。


 そのためにも、俺はこの自警団たちに圧倒的な勝利を収めなければならない。


「条件を追加したい」

「……聞くだけ聞きましょう」

「まず、俺はこの椅子に座ったまま戦う。次に、俺は目を瞑ったまま戦うこと。最後に……」

「ちょ、ちょっと待てよ。いくらクレイドさんといえど、おいらたちを舐めすぎだぜ?そんなんで勝てるわけがねぇ」


 追加したい条件を聞いて、幹部の男は少し苛立っていた。それは、ジャンも他の組員たちもそうだった。

 しかし、それを無視して、俺は続ける。


「最後に、俺には埃一つつけさせない」


 そう言った瞬間、組員の一人が、血管を浮かばせて襲いかかる。


「上等だ!」


 襲いかかってくるのを確認した俺は、急いで目を瞑る。

 正直、この条件はかなり厳しい、流石に元Cランクと言っても、限界はある。

 だが、これくらいしなければ、トラウマを抱えたアリシアさんを同行させることなんてできないだろう。


 そして、無詠唱、索敵魔法。範囲をこの建物に絞って、常時組員たちの動きを把握する。余計な情報はいらない。

 組員たちは合計で十三人。最初に襲いかかってきた組員を無詠唱の風魔法で吹き飛ばす。

 次に前から襲い掛かる組員の腹を蹴り、痛みで硬直した組員を後ろに回ろうとする奴に蹴り飛ばす。命中。

 瞬く間に机を蹴り上げようとする組員に無詠唱の拘束魔法を発動する。拘束魔法の一つ、『磔刑魔法』地面から枯れ枝が伸びて、対象を磔にする。

 唖然としているジャンを風魔法で引き寄せ、そのまま磔刑魔法で拘束する。

 どうやら幹部の男は魔法が使えるらしく、小声で詠唱をしている。それを水魔法をぶっかけ中断させる。

 絶え間を与えずに降りかかる三人の組員。それぞれがどうやら武器を持っているらしい。部分強化で右腕を強化。右二人の武器を破壊し、瞬時に左拳を強化、左の武器を破壊する。そのうち、機転のいいやつがすぐに素手での攻撃に移ったが、そのまま右手で掴んで左の男にぶん投げる。その際、一瞬投げた男の足がティーカップに触れそうになってしまった。あぶねえ。

 残った組員は近くの椅子を思い切り蹴り飛ばして制圧。


 隙を見てティーカップを狙う男がいたため、風魔法で打ち上げる。数人の視線が上に行ったので、そいつらに風魔法。途中で、幹部の男の詠唱を再び中断させようと、水球を放つ。

 だが、放った水球は幹部の盾となった他の組員に当たる。これは少し危ないかもしれない。


 生き残った組員はまだまだいる。戦闘開始からまだ一分も経っていないが、なかなかに忙しい。

 机にあったティーカップをすかさず拾う。気配を消すのに自信があるであろう男が、それを取ろうとするが、相手が悪い。

 Cランクの斥候相手に隠密は悪手。そのままティーカップから人差し指を離して対象指定、拘束魔法を使う。隠密野郎は磔にした。


 やっと、先ほど打ち上げた男がテーブルに落下した。強化した足で踏みつけ気絶させる。

 最初に吹き飛ばした男が立ち上がって、近くにあるものを投げてきた。ありがたい、むしろ利用させてもらおう。

 投げてきたものは大皿やジョッキなど、大物の食器だ。すべて粉砕し、風魔法で周囲に纏い続ける。これで安易には近づけない。


 と、思っていたところ、幹部の男がしたり顔で声を上げた。


「おいおい、忘れちゃいねえかい」


 詠唱が終わったらしい。その両手には暴力的な螺旋風が球体となって、標的へと飛来するのを待っている。

 通常、魔法を使っている間、別の魔法を使うことはできない。やられたな、と少し笑ってみる。

 暴風の塊が飛来する。それは、容易に風とガラス片の結界を突破する。


 魔法を同時には使えない、そんな常識Cランクには通じない。

 多重発動マルチキャスト。俺は、幹部の男と同じ魔法を放って相殺する。部屋中を乱風が満たした。紅茶がこぼれないように細心の注意を払った。

 破壊された部屋の木片と石片が、風の結界に加わった。これで文字通り、台風の目となった。


 魔法の心得のあるらしい幹部の男は多重発動マルチキャストを見て動揺している。皮肉にも、魔法の心得のない組員の方が、判断は早かった。残る組員は一斉に襲いかかった。もちろん、同時に全員ではない。対処を分散させ、誤射を防ぐために連続的に攻撃する。

 全く、詠唱する隙がないせいで、初級魔法以上が使えないな。


 だからといって、負けるわけにはいかない。


 戦闘開始から、およそ十分後、俺は全ての組員を磔にした。

 最後に、洗浄魔法で服の埃を払う。少しずるいかもしれないが。


「っぷはあ、もう目を開けてもいいか?」

「……ああ」


 いつの間にか、呼吸を忘れていたようだ。それほどまでに、繊細で集中力の必要な戦いだった。


 目を開くと、予想通り、いや予想以上の大惨事が広がっていた。木椅子や机はそこらじゅうに散乱して、額縁や食器の破片が散らかった部屋を彩っている。

 今日の件が終わったら片付け手伝おうか、と静かに考えた。


 手で触れて、拘束魔法をひとりひとり解除していった。幹部の男の拘束を解いた時、その男は少しおそれを含んだ声で言った。


「想像以上だったぜ。クレイドさん」

「そうか、じゃあ、文句はないな」

「ああ、まさか無詠唱で使える魔法がこんなに多いとは、正直、同じ人間とは思えなかったよ……だが、同時にクレイドの旦那を病院送りにした奴が、本当に恐ろしい」

「……次は、大丈夫だ。策もある」


 そういうと、その幹部の男は少しだけ安心したようだ。だが、まだ不安は残っている様子。

 それはそうだろう、正直、俺だって怖い。今の状態でも、あいつの膂力には敵わないだろうし、あの速度を上回ることは絶対にできない。


 それでも行動を迷わないのは、過去の経験に裏付けられた自信があるから。これまで、俺は格下と戦うよりも、多く、遥か強敵と戦い、生存して、時には勝利してきた。


「アリシアさん、俺に挽回のチャンスをくれないか」


 アリシアさんの表情は晴れないまま。視線を右に左に動かしながら、決断を迷っているのか、それとも、俺が諦めるのを待っているのか。


 やがて、口を開いた。


「わ、私、あんなに怖かったことありません。魔物と戦う時も、盗賊と戦う時も、あんなに絶望を感じたことはありません。あ、あんな、あんな怪物と、また、戦うんですか……?」

「戦う」


 一切の迷いなく、キッパリと伝えた。恐怖に揺られて、崩壊寸前のように不安定だったアリシアさんの表情が、少しだけ締まった気がした。

 アリシアさんなりに、頑張って決意を出そうとしているんだ。


「ついてくるのは途中まででいい、あとは、ずっと遠くから見てくれるだけでいい。俺は、アリシアさんを安心させたいだけなんだ。

 この出来事を、トラウマのまま抱えて欲しくない」


 しばらく黙って、視線を伏せた。その表情は決して明るくないが、先ほどまでの不安定さはない。

 正しく、悩んでいるようだ。


 やがて、アリシアさんは覚悟を決めたような表情で告げた。

 その顔に、もはや不安定さはなく、迷いはもう、見当たらなかった。


「それでいいなら、行きます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る