美化委員

「で。わたしって何の子孫なの」

「ふふふ、それは秘密。さぷらぁーいず」


夕飯をつくる手を止めることなく、お母さんは答える。


「いや、サプライズじゃなくてさ。何の子孫かって話でみんな盛り上がってるのに、わたしだけ答えられなくて微妙な感じになっちゃってるんだよ!」


入学式が終わったあと、教室は「なんの妖怪か」の話でもちきりだった。

わたしも何度か聞かれたものの、「ひ、ひみつ~」とごまかしては苦笑いされてばかり。

なんていうか、さんざんな門出だ。


「いいじゃない、細かいことは」

「細かくないっ! てかいうか、妖怪の子孫だって話も最近初めて知って意味わかんないのに、妖怪の学校ってなんなの⁉ みんなふつうの人間にしか見えないし!」

「入学式だから、みんなちゃんとTPOをわきまえてるのよ」

「いや、TPOとかそういう話じゃ……え?」

 ん?

「も、もしかして、妖怪の姿にもなれるの……?」

「もちろん」

「それってわたしも?」

「そりゃね」

「えっと、えっと……冗談?」

「まさか」


 お母さんがよくやく手を止めてこちらを振り返ったかと思えば、いやににっこり笑顔でわたしを見つめてくる。

 それがなんだか、そうまさに、妖怪みたいで怖かった。



 結局そのあと、わたしのご先祖様については聞けずじまい。

 わたし、机におでこぶつけるドジで、自分が何の妖怪かもわからないアホだと思われて、クラスメイトには可愛くないと言われ……はあ、悲しくなってきた。やめよう、考えるの。

「ねえねえ、何部に入るかもう決めた?」

「うん、手芸部にしようと思ってる」

「いいね、わたしも体験入部に行ってみようかな」

「ほんと? それなら一緒に行こうよ」

「いいの?」

「もちろん!」


 いいな、友達と一緒に体験入部。

 今の会話には当然、わたしが発した言葉はひとつもない。

 入学式翌日の放課後になっても、妖怪の話題についていけないわたしは自動的に教室でひとりぼっちとなっていた。

 トホホ、世の中って残酷。


「コウくんは何の部活に入るの?」


 後ろの席から、女の子の声が聞こえてきた。

 コウくんというは、昨日の金髪ハンサムボーイだ。なんと、あろうことかわたしの後ろの席だったのだ。

 きっと昨日はわたしの間抜けな転倒をまじかで見ていたにちがいない。

 そういえば、どうして助けてくれようとしたんだろう?

 あの生意気な態度はわたしがせっかくの助けを無下にしてしまったからで、はじめはただ手を差し伸べてくれていただけだったのに……。


「僕は美化委員にする」

「? 部活は?」

「部活動強制って言っても、ようは何かしらに所属して活動していればいいってだけ。部活の名目じゃない組織はたくさんあって、例えば便利屋って名前で活動しているところもある」

「へぇ~、そうなんだ! 詳しいんだね、コウくん」

「パンフレットに書いてあったよ」

「あれ、そうだっけ?」

「そうだよ」


 ふーん。美化委員に入るんだ。じゃ、わたしは全く別の部活にしよっと。

 ていうか、この学校の部活ってそんなことになってたんだ。

 今日から体験入部できるみたいだし、わたしもどこかに行ってみようかな。

 わたしはのそのそとイスから立ち上がり、廊下の掲示板を見に行くことにした。

 掲示板には、部活の宣伝や業務連絡などが張り出されている。

 園芸部、柔道部、消防団、山菜大好きクラブ、印刷同好会……なんか変なのがいっぱいあるな。

 あ、美化委員ってこれか。なになに、『美化委員最高! 美化委員最高!』。

 ……えーーーっと、見なかったことにしよう……。


「あなた、美化委員に興味があるの?」

「へっ⁉」


 突然うしろから声をかけられ驚いて振り返ると、長くて綺麗な髪の毛の美女が立っていた。

 私と目が合うと、「ふふ」と笑ってくれる。

 美女の笑顔って、まぶしい……。


「可愛いわね」

「え⁉ い、いや、そんな……」


 び、び、美女に可愛いって言われた!

 あなたの方が何倍も可愛いです、と言いたかったが、なんとなくタイミングがつかめず、おろおろするだけになってしまった。


「可愛いあなただから教えてあげる。美化委員には入らない方がいいわよ」

「え、あ、はい」


 もとより入るつもりないですけど!

 でも、そんなにやばいのかな、美化委員って。


「そよれりね、2年生になったらぜひ、うちに来てほしいな」

「うち……?」

「そう。わたし、生徒会長なの。可愛いあなたにぜひ生徒会へ入ってもらいたいと思ったんだけど、1年生は参加できなくて……2年生にならないとダメなのよ。あっ、生徒会は美化委員以外となら兼部も認められてるから安心してね」

「はあ……」


 よくわからないけど、とにかく美化委員はやばそうだ。

うん、絶対入らないようにしよう。


「じゃあわたし、これから集まりがあるから。またね」

「あっ、はい、またっ!」


 生徒会長が手を振ってくれたので、わたしも小さく手を振り返した。

 名前、聞きそびれちゃったな。

 生徒会長なんだし、そのうちどこかで名前もわかるよね。


「きみいいぃ‼」

「きゃああぁ‼」


 突然、びっくりするくらい大きな声がわたしの耳元で響き、悲鳴を上げながらその場で尻もちをついてしまった。


「美化委員に興味があるって本当か⁉」


 大声の主である男もなぜかしゃがみ込んできて、また大きな声でそう叫んだ。


「あの白狐と話していたのを聞いたんだ。あいつは信用ならんぞ~。美化委員の方がよっぽど紳士で知的で温和で最高だ」


 君も美化委員に入ろう! と手を差し出してくるが、たぶんこれは尻もちをついたわたしへの気づかいなどではなく、勧誘の手だ。

 どこが紳士で知的で温和なんだっ!


「あの、わたし美化委員にだけは絶対……わっ!」


 視界がぐるんとまわる。


「行こう! 我が城へ!」


 どうやらこの人に担がれたようだ。


「ちょっ、酔う、酔う!」

「わははははっ‼」


 美化委員、最悪っ……‼



 連れてこられたのは、なにやら蔵のような物置小屋のような場所だった。

 男はというと、さすがにお前を担いだままドアは開けられないなぁ! とかなんとか言ってようやくわたしを下ろしてくれた。

 ここに来るまでの間、何人もの人に見られては、ご愁傷様……みたいな顔をされた。

 同情するなら助けてよおぉ!


「よし、オレはジュース買ってくる! お前なにがいい?」


はぁ⁉


「ここで待ってろってことですか⁉」

「鍵開いてるし、中入ってていいぞ」

「いや中とか外とかの話じゃなくてっ! 自分で連れて来ておいて放置ですかってことです‼」

「そりゃお前、せっかくのお客さんなのに飲み物なしは寂しいだろ~。で、なにがいい?」

「…………むぎ茶でお願いします」

「了解! じゃ、ゆっくりしててな~」


 そう言って男は走り去っていった。

 ふぅ。

 反論するのもめんどくさくなって会話を終わらせたけど、これは案外ジュースを買いに行ってもらうのは得策だったかもしれないな。

 ふふふふ、この隙に逃げればいいのだー!


「君も美化委員に入るの?」


 げっ、この声は……。


「こ、コウ、さん……」


 振り返ると、相変わらずハンサムなコウくんがいた。


「さん?」

「コウくん……?」

「べつにどっちでもいいけど。同級生なのにどうしてさん付けなのかと思っただけ」


 この人、本当にっ……‼

 てっきり呼び方が気に入らないんだと思ったから呼びなおしたのに、なんなの、なんなの!


「で、君も美化委員に入るの?」

「わたしは……」

「おーーい! ジュース買ってきたぞー!」

 なんとも絶妙で最悪なタイミングで、わたしをここに連れてきた張本人が帰ってきてしまった。

やけに早いなと思ったら、走ってきたのか少し肩をゆらして息をしている。


「ん? おっ。来てたのか、コウ。お前の分もちゃんと買ってきたぞ~、えらいだろ」

「なに買ってきたの?」

「ピーチソーダだ」

「アキラにしてはやるじゃん」

「だろ~⁉」


 え、知り合い?

 この人、アキラさんって言うんだ。

 いやもう関わらないからどうでもいいんだけど。ついでにコウくんとももう関わりたくないんだけど。


「そうだ、コウ。この子な~、美化委員に興味があるっていうテイで連れてきたんだ」


 テイ……?


「そうやって無理やり連れてくるから、すぐ逃げられるんじゃないの」

「いーや、甘いなコウは。こうでもしないと一人も集まらないんだ」

「あ、あの……」

「ん? どうした、新入部員!」


 わたしのか細い声に気づいてくれたアキラさんは、つぶらな瞳と白い歯を光らせて私を見つめる。なんか、全体的にまぶしい。あとわたしは決して新入部員ではない。


「テイってどういう意味ですか……? わたしが美化委員に興味がないってわかってて連れてきたってことですか?」

「そうだぞ。お前、美化委員って単語が出てくるとあからさまにイヤそうな顔してたからな!」


 わはははは! とアキラさんは豪快に笑う。

 そんな自信満々に言わなくても……わかっていたなら見逃してくれてもいいじゃないか。


「まっ、細かいことは中で話そう!」


 アキラさんがわたしとコウくんの背中をぐいぐい押して、扉へ誘導する。とことん強引だ。


「おい触るなっ、離せっ!」


 コウくんが汚いものを振りはらうような仕草でアキラさんを引きはがす。


「お前……さすがに傷ついたぞ」

「知らない。早く入るよ」


 コウくんは触られたところを手ではらいながらそう答えて、扉をあけて中へ入っていった。

 仲、良くはないのかな。


「あいつ潔癖なんだ。新入部員も気を付けないと噛まれるぞ~」


 そう言ってアキラさんはわたしの背中から手を離して、コウくんに続いて行った。

知ってたならどうして触ったんだ。何も考えずに勢いで触ってしまったんだろうけど。

でも、あれ?

コウくんって……。

 扉の前で突っ立っていると、「入っていいぞー」とアキラさんの声が聞こえてきた。

いっそのこと今ここで逃げてしまおうかと少し悩んだあと、話を聞くくらいならまあいいかと思いなおし、軽い気持ちでわたしは美化委員のアジトへと足を踏み入れてしまったのだった。

中に入ると、たくさんのダンボールと大きな機械のようなものが置いてあった。その手前の小さなスペースに、ソファふたつとテーブルが窮屈そうに並んでいる。

コウくんとアキラさんは、テーブルをはさむように置かれているふたつのソファにそれぞれが座って、わたしが座るのを待っていた。

つまり、わたしはコウくんかアキラさんどちらかの隣に座らなくてはいけない状況なのだ。

かんべんしてほしい。どっちの隣も絶対にいや。


「どうした、座っていいんだぞ。遠慮は無用だ」

「遠慮というか……」


 わたしは開いているふたつの席を交互に見て、「ハハ」となぜか乾いた笑いを口からこぼす。


「文句があるならはっきり言えば。僕には言ってきてたよね」


 コウくんが、足を組み腕も組み、えらそう態度でわたしを見てそう言った。

 わたしはびっくりして思わずコウくんの顔を見る。コウくんは真顔だったけど、わたしの思い込みなのか、どこか怒っているようにも見えた。


「あれ、知り合いなのか?」

「同じクラス」

「おぉ! 運命だなぁ~」

「ふたクラスしかないんだから二分の一でしょ」


 ………………。

 わたしはズカズカ大股で歩き、アキラさんの隣にズドンと勢いよく座る。

 コウくんは潔癖症なんだから、はじめからこうすればよかったんだ。


「むぎ茶ください」


 わたしはうつむいたままそう言った。


「ほい」


 アキラさんが麦茶を差し出してくれる。

 わたしはそれを受け取るやいなやガブ飲みして、一気飲みしようとしたけどできなくて、ごほっごほっとむせた。


「おいおい大丈夫か? そんなにのど乾いてたんだな」


 ちがいます、と訂正する余裕もなくむせまくる。


「しかしお前はもう美化委員の一員だからな、麦茶なんてこれからいくらでも買ってやるぞ!」


 だから何もかもちがいますって!


「のど乾いてたんじゃなくて、僕に怒ってるんでしょ」


 そう! わたしは怒って…………。

 おそるおそるゆっくり、顔を上げる。

 今度は絶対、思い込みじゃない。コウくんは眉間にシワを寄せて、完全にお怒りだった。


「本当に可愛くないね、君」


 目が合うと、コウくんはわたしにそう言った。

 わたしはまたうつむいて、麦茶の入ったペットボトルをぎゅっと握りなおす。


「お前……」


わたしがなにも言えずに黙っていると、アキラさんが驚いたような声を出して立ち上がった。


「お前何言ってんだ⁉ コウお前、すげえやべぇやつだぞ、今。オレお前が怖いよ。なに急に、女の子に可愛くないって、おまっ……やべえなぁ⁉」


 アキラさんはまた座りなおして、次はわたしに声をかけてくれる。


「ごめんな、あいつの言うことは気にしなくていいぞ」


 アキラさんがわたしをかばってくれて、なんとなく少し心に余裕がうまれた。

 自分は間違っていないんだという安心感と、コウくんに対してのちょっとした優越感だ。

 しかし、コウくんがまだ鋭い目つきでわたしを睨んでいるということが、顔を上げずともよくわかる。

 どうしてほとんど初対面のコウくんに、こんなわけもわからないまま怒られなくちゃいけないのかは全っ然わかんないけど、この場面、わたしがやれることはたったひとつ。


「あの、コウくん。気にさわったならごめんね、わたしも大人げなかった」


 わたしはそう言って顔を上げ、コウくんの目をなるべく見ないよう目を細めて笑う。

 オトナの対応ってやつ? わたしは許してあげるよ、コウく……。


「んぐっ」

「その顔、二度と僕の前でしないで」


 コウくんが身を乗り出して、わたしの頬を片手でつかむ。

 予想外のできごとに、目をまるくしてコウくんの顔を見つめることしかできない。

 コウくんはやっぱりまだ怒っていたけど、近くで見るとなにかもっと別の感情も混ざっているように見えた。


「いい加減にしろ‼」


 アキラさんが、今日一番の大声で叫ぶ。

 わたしはびっくりして持っていたむぎ茶を落とし、コウくんもゆっくりと手を離した。


「コウはあっち行け、頭冷やしてろ」


 コウくんにジュースを持たせて、しっしっと言って手をはらうアキラさん。

 コウくんはそれに黙って従い、扉を開けて出て行ってしまった。


「いやぁ~、やべぇやつだな、あいつ」


 アキラさんが、コウくんが座っていた方のソファに移動する。


「いえ……」


 わたしは落としてしまったむぎ茶を拾いながら答える。


「昨日はじめて話した時からああだったので……」

「えっ、まじで? ごめんなぁ」


 アキラさんは「てかオレものど乾いてきたぁ!」と、わたしのむぎ茶をチラ見してくる。


「……あげません」

「わははっ! もらわねぇってさすがに! あるから!」


 そう言ってダンボールの山へおもむき、ダンボールに囲まれた冷蔵庫から飲み物を取り出すアキラさん。そして「よいしょ~」とまたソファに戻ってくる。

 冷蔵庫なんてあったんだ。そんなところに置いて、壊れないのかな。


「美化委員に入るのイヤになったか?」


 プシュッと炭酸をあけた音がする。


「最初からイヤではあるので、変わらずというか……」


 今度はブッと吹き出す音。アキラさんの口から炭酸水がだらだら垂れてきていた。


「ははっ、そうだったな‼ 入れよ美化委員、楽しいぞ~」

「入らないですけど、あの」

「なんだ?」

「コウくんとはどんな関係なんですか?」

「あぁ、コウな。いとこだよ、いとこ」

「いとこ……」


 たしかいとこは、親のきょうだいの子供同士のことだ。

 きょうだいではないのだから当たり前だけど、全然似てない。

 そっか、いとこだったんだ。


「そうだ。お前は今日コウにいじめられて可哀想だからな、特別に良いことを教えてやろう!」


 いいこと……?

 なんだろう。ちょっとワクワク。


「あいつ、惚れっぽいんだ」

「ほれっぽい……?」

「そうだぞ~、ちょーーっと笑ってくれたとか、遊びに誘ってくれたとかで惚れるんだ。まあ、幼稚園のころの話だけどな。今はどうか知らん」


 その惚れっぽいコウくんに、わたしは超絶嫌われてるんだ……。ちょっと余計に悲しくなってきた。


「だからな、コウにまたいじめられたら好意的なフリしてみろ。効くかもしれねえぞ」

「えぇ……でも、惚れっぽいのって幼稚園のころの話ですよね」

「ものは試しだ」

「うーん……」

「ま、コウの話はいいや。お前、美化委員じゃないならどこに入るんだよ。あてがないなら美化委員でもいいだろ~」


 アキラさんがソファの背もたれにのしかかる。

 それを見て、わたしも少し姿勢をくずした。少し息苦しいと思っていたのだ。


「えっと……あ! 生徒会に誘われたので、美化委員はちょっと」

「お前いま、断る理由さがしただろ! 生徒会なんて興味ないんだろ本当は!」

「そ、そんなことないです。美化委員とはちがい、生徒会長はとてもやさしく勧誘してくれて心をうたれました」

「だーーっ! オレもやさしく勧誘してるだろ! つーかあの白狐はまじで信用ならないぞ! 美化委員に入らないとしても、あいつの手下になるのだけはやめておけ」

「あの、さっきも言ってましたけど、そのビャッコってなんですか?」

「白い狐でビャッコ。あいつの先祖は化けギツネ、そんで白い髪してっから白狐」

 白い狐で、ビャッコ……かっこいい……。


 頭の中で、生徒会長を思い出す。たしかに長い髪の毛は白色だったような気がする。


「信用ならないっていうのは……」

「いや特に何かあるわけじゃねえけど」

「えっ、偏見じゃないですか」

「なに~⁉ オレはサトリの子孫だ‼ 偏見じゃねえ!」


 アキラさんは、わたしを人差し指でさしてくる。

 あんまり人に向けない方がいいと思うけど。


「サトリ……ってなんですか?」

「サトリは心を読む妖怪だ。カッコいいだろ」


 ふーん、心を読む……って。


「ええーーっ‼ じゃ、じゃあ、わたしの心も……」


 あんなことやこんなことまで全部、お見通しだったってこと⁉


「残念ながらお前が想像してるよりもずっと読めないぞ。オレは、その人が今までどれだけ人を騙してきたのかがぼんやりわかるくらいだ」

「なんだ、あんまり使えないんですね」


 心配して損した。


「おいっ‼ お前意外と失礼だよなぁ⁉」


 アキラさんが立ち上がって、またわたしに向かって指をさす。

 失礼なのはどっちだ。


「クソ~‼ コウはもっとすごいんだぞ、あいつは人のウソを全部見抜く! 凄腕のサトリだ!」

「コウくんも心が読めるんですか⁉」

「おう! 言っただろ、オレらはいとこだって」


 そうか、いとこってことは、ご先祖様も同じなんだ。

 でも、アキラさんよりもコウくんの方が能力が高いと。

 ……ってことは、え⁉


「コウくんには心の声がつつぬけなんですか⁉」

「うーん、いや。コウがどれくらい心が読めてるのかはオレもあんまわかんねぇんだけどな。たぶん、今その人がどういう感情なのかくらいはわかるんじゃないか? 心が読めるっつっても、心の声が直接聞こえるわけではないんだ。お前らで言うところのカンってやつを強化した感じ?」


 なんかウソくさいなとか、本当はちがうこと思ってるんじゃないかな、とかいう曖昧な感覚を、コウくんの場合は確信できるし実際に合ってもいるということなんだろうか。

 一瞬、うらやましいかもと思ったが、人の見たくない部分というのは見ない方が得だ。生きづらそうだし、うらやましいどころかちょっと同情する。


「うおおっ、またコウの話で脱線した! どうでもいいんだよコウのことは!」

「はあ……」

「んーと、ちょっと待ってな、渡したいものがあるんだ」


 アキラさんはまたダンボールの山に入っていき、そしてなにかを持って戻ってきた。


「明日は草抜きするからよ、ここじゃなくて中庭集合な。これ、軍手と美化委員の腕章」


 さも当たり前のように渡してくるので、わたしはなにも考えずにとりあえず受け取ってしまった。

 が、即座に罠だと気づいて押し返す。


「いや美化委員に入るつもりないですって!」

「ウソだろ⁉ こんなに仲良くなったのにかっ‼」

「サトリの子孫ならウソじゃないことくらいわかるんじゃないですか!」

「だからオレはウソは見抜けねぇんだっつーの!」

「とにかくこれはいらな……きゃー‼」

「うおっ」


 ギャーギャー言いながら軍手と腕章を押し付け合っていると、力加減を間違えたのか、アキラさんが必要以上にこっちへ寄ってきて、ついにはふたりでソファに倒れこんでしまった。

 と、その時、ガラガラと扉を開ける音が聞こえた。

 扉の方を見ると、間の悪すぎるコウくんが目をまんまるにしてわたしたちを見ていた。


「おー、おかえりコウ。頭冷えたかー?」


 アキラさんがなにも気にせず立ち上がって、笑顔でコウくんに駆け寄る。

 しかし、わたしもコウくんも固まったまま動けない。


「おい、どうした? 腹壊したか? まさかお前、池の水でも飲んだのか⁉ あれはオレも一回飲んだが、次の日は腹痛で動けなかった……コウ、残念だがお前に明日はない」


 なんかひとりで勝手に話を発展させるアキラさんを無視して、コウくんがまんまるな目をそのままにわたしをじっと見つめてくる。

 そうだった、コウくんは人の心が読めるんだ……。

 わたしは気まずくなって、ぱっと目をそらす。目をそらしても、心は読まれるんだろうけど、なんとなく、反射で。

 するとコウくんはなにかを察したような顔をした。


「ごめん、邪魔した」


 ⁉


「ち、ちがうからーーーっ‼」

「お? なんの話だ?」


 最悪だ。絶対に、絶対に美化委員になんて入らない……っ!

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