妖怪中学校へようこそ!

花 太郎

妖怪中学校

「なに、どういうこと!?」


 お母さん特製ビーフシチューをすくったスプーンがわたしの手から落ちて、カランッと音を立てお皿の上へとダイブする。

「うわっ」

 跳ねたビーフシチューが頬に当たって熱い、てか、痛い。


「だから、あなたのご先祖様は妖怪なの。あなたも妖怪だから、ふつうの学校じゃなくて、妖怪専用の学校に行ってもらわないといけないの」


 お母さんがわたしの頬についたビーフシチューを丁寧にティッシュで拭う。


「…………面白くないよ、その冗談」

「面白いじゃない、本当なんだから」





 ひらひら桜が舞う季節。

 わたしは眉間にシワを寄せ腕組みをして、目の前に立ちはだかるサビれた洋館を睨みつける。


 今日は中学校の入学式。……それも、妖怪の。

 そしてこの洋館こそが、妖怪専用の中学校…私立ようかい中学校の校舎である。


 正門の右はじに桜の木が一本だけ植えてある。それだけでなんか、うすきみ悪い。


「あら、桜じゃない。よかったわねぇ」


隣にいたお母さんが嬉しそうに話しかけてくる。


「いや、べつに……この木、花咲いてないし」


そう。桜の木は桜の木でも、花はまだつぼみの状態がほとんどだった。


「お母さん、桜は花よりつぼみの方が好きなのよ~」

「ふふっ、なにそれ」


 わたしが声を出して笑っていると突然、ゴーン、ゴーンと重たい鐘の音が響きわたる。予鈴だ。


「やばっ。急がなきゃ!」


わたしはいつまでも桜をながめているお母さんの手を引いて、無駄に立派な校門をくぐった。


 山のてっぺんに校舎をかまえる、ここは私立ようかい中学校。

妖怪の血を引いたものだけが入学できる、妖怪専門の中学校だ。

 その昔、人間同士の戦いによって山の自然を失った妖怪たちの中には、もう山にはいられないと、人に化け人里に住みつき、人間との間に子孫を残すものもいた。そういった妖怪の血は世代を追うごとに薄くなっていき、今ではほとんど人間と変わらない姿で生活しているという。


「この学校は、そんな人間と妖怪の血が混ざった種族が、人間社会のことのみならず妖怪の文化にも触れられるよう設立された学校……というのは建前だ」


 ひととおり学校の説明を終えた先生が、手に持っていた資料を教壇に放り投げた。

 教室にいるみんなが、次に来る言葉をじっと待っているのがわかる。

 先生は黒くてボサボサの髪の毛をかき分け、くしゃくしゃと頭をかいた。先生は三毛猫のオスの子孫らしい。

三毛猫のオスって、妖怪なの?


「この校舎、本当は人間をむかえ撃つための山城だったらしいぜ。もう必要ないけど、気に入ってるから残しておきたいんだってよ。学校って言っときゃ人間に壊される心配はねぇからな」


 先生は、「ほんとはこの話しちゃいけねぇんだけどな~」と言ってあくびをしていた。

 すると、また、ゴーン、ゴーンと鐘が鳴る。


「お、待ちに待った入学式だぞお前らぁ」


 教室の全員が反応に困っていると、先生は気にした様子もなく「講堂に移動するぞ~」と続ける。

 それを合図に、ゾロゾロとみんなこぞって席を立ち始めた。

わたしもみんなに続いて立ち上がろうとした瞬間……ゴンッと鈍い音。


「ウッ」


おでこにじ~んと激痛が走る。

……ず、ずっこけた。

イスの足に自分の足をからめて遊んでいたため、立ち上がる時にひっかけて前のめりに転び、机におでこをぶつけてしまった。

いたい、いたすぎる。いや、ていうか、恥ずかしい……‼


「おい、大丈夫かぁ?」


 先生が声をかけてくれるも、恥ずかしくて「はいぃ」と息だけで返事をする。

 クラスのみんなが「え……」「たすける……?」などとコソコソ話しているのが耳に入ってきていた。

 今日は入学式で、みんな初対面で、わたしは転んでも明るく笑い飛ばせるタイプじゃないから、みんなもこの状況をどう扱っていいのかわらないのだろう。わたしもわからない。

 とにかく顔を上げられないでいるわたしの目の前に突然、影が差し込んだ。


「立てる?」


 顔を上げると、この世のものとは思えないほどハンサムな男の子が、わたしに手を差し伸べてくれていた。

 綺麗な金色の髪に、キラキラした切れ長の瞳。

その瞳がわたしの目とバッチリ合った。


「え、あ……だ、大丈夫です」


 わたしは気恥ずかしくて、男の子の手を借りずに立ち上がった。

 「へへ」と恥ずかしさを隠すように無理に笑って、軽く頭だけ下げておじぎをする。

 しかし、男の子はあからさまにおもしろくないというような顔をした。


「可愛くない」


 え?


「そういうの、可愛くないからやめた方がいいよ」


 男の子はさっきの優しい目を引っこめて、今はもう厳しい目つきで私を見ていた。

 えぇ……なんでわたし、怒られてるんだろう……。

そりゃ、せっかく助け舟をだしてくれたのに断ったりして、可愛いか可愛くないかで言えば可愛くないけどさ。


「おーい、もう出るぞー」


 先生が扉から顔を出して、わたしたちを呼んだ。

 気が付けば教室はわたしたち二人だけになっていた。他の子たちはもうみんな廊下にお行儀よく並んでいるようだ。

 男の子の方を見ると、すまし顔でさっそうと教室を出ようとしている。


「ま、待ってよ……」


 わたしは震える声で男の子を引きとめ、睨む。


「なに?」

「初対面の女の子に可愛くないとか言うの、やめた方がいいよ」

「……は?」

「そ、それだけっ!」


 わたしは言い終えてすぐに廊下へ急いだ。

 こんな真っ赤な顔、あんなやつに見られたくないし。

 なにより、なにより……こんなことで泣くなんて、絶対に知られたくなかった。

ほんのちょっとだけど! 一滴くらいしか泣いてないけどっ!

 心の中でそう反抗をして、わたしは真新しい制服の袖で力づよく涙をぬぐった。

 なんなんだ、あいつ!


 教室があった本館はレンガなどを使った洋風なつくりに対し、講堂は現代的な新しいつくりになっていた。

 本館とちがい講堂は空調が整っていて、本館よりもはるかにすごしやすい。

 講堂に着くまで、色んな子に「大丈夫?」「たんこぶできた?」「ウケるね」とかって話かけられた。思っていたよりもみんな優しくて、ほっとした。

そして、金髪ハンサムボーイとわたしとの会話はそもそもみんなには聞こえていなかったらしく、わたしが泣いてしまったことは誰にもけどられていないみたいだ。

 入場行進の途中で、お母さんが小さく手を振ってきているのが見えた。

 なんとなく気まずくて、気づかないフリしてうつむく。

 ……ふつうに恥ずかしいからやめてほしい。

 と思っていたら、リーゼント頭の男の子が嬉しそうに保護者席へ向かって手を振っているのが目に入った。

 え。り、リーゼント⁉

 見間違いかと思ってもう一度その男の子を見ると、黒い髪の毛をぐるぐる巻いてかたまりをつくり、それをゆらして歩いている男の子がたしかにいた。

 リーゼントといい、さっきの失礼すぎる金髪ハンサムボーイといい、この学校、なんか変な人ばっかりだ。人っていうか、半分妖怪なんだけど。

 まあその後は何事もなく順調に式が進み、残すは校長先生のありがたーいお話のみとなった。

生徒たちはそろそろ飽き始めていて、だらしない座り方はもちろん、手遊びやあくびなどやりたい放題だ。


「諸君」


 右から左へ首を動かし私たちの様子をうかがう校長先生。

 そしてコホンとひとつ咳払い。


「この学校は部活動強制です。以上」

「……?」


あまりにも短い校長先生のお話にあ然とする新入生をおいてけぼりにして、校長先生はあっという間にステージの上からいなくなっていた。

えーっと、部活動強制って言った?

……それだけ?


「以上をもちまして、私立ようかい中学校の入学式を閉会いたします」


 放心状態のわたしたちを尻目に、無機質なアナウンスだけが講堂に響いたのだった。


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