この世界ではふたつの人種が存在する。
動物の霊、妖怪、そして神を自分に纏い、異能力を使える『異憑』と呼ばれる者達と、反してなんの能力も持たない『無憑』と呼ばれる者達。
主人公、エルはそんな無憑の健気な少女でありながら、この異能の世界の常識に囚われて笑顔を失くしてしまった人物である。
そんな彼女にも心を許せる友人が複数人居た。
切っても切り離せない過去に偶に苦しめられながらも、そんな友人達と過ごす日々はかけがえもなく楽しい。
彼らと過ごしていればいつか、いつか笑顔を取り戻せるのではないかと、光に手を伸ばしかけた時、事件は起きる。
突然の決別、そして絶望。
明るい世界から反転、地獄のような暗い絶望に落とされたエルの元に、更なる絶望の一方が入る。
それは、大切に思っていた者達の訃報だった。
絶望に苛まれ、光を失くし、何もかも嫌になってしまったエルが選んだのは、自死。
たった二人、されど二人、エルの中で替えの効かない存在となっていた者の消滅は、エルの人生を終わらせるには充分たる理由だった。
意識が遠のいていく中、決別も死亡もしてなかった友人の声が反芻する。
しかし既に手を打っていたエルは、そのまま意識を手放し、そして──
──気づけば半年前の世界で目を覚ます。
そしてエルは一縷の光に手を伸ばすがごとく決意する。
暗澹たる泥中のような、絶望の中で──。
打たれ弱く、感情の起伏が浅い、それでいて友達思いで、力強い。そんな少女が紡ぐ、タイムリープ×人間ドラマ×ファンタジー作品です。
重厚で緻密、そして流れるような描写に引き込まれます。
フィクションの垣根を越えた『人間』を体現するキャラクターたちが織り成す感情の揺れるさまがとても魅力です。
『希望』の2文字は、いくつもの解釈ができる。
ふつうの解釈では『こいねがいのぞむ』。
その一方『おぼろげなものをとおくにみる』とも解ける。
この作品は、その2つを併せ持つようにみえる。
主人公エルの置かれた境遇は、過酷なものだ。
多くの人類が異能力を持つことが当たり前の世界。
そこで、エルは異能力を持たない者として生まれてきた。
社会からは差別され、家族からは虐待される。
そんな主人公が得た大学生活という、かりそめの平和。
安全な時間。自分だけの空間。心暖かな友人。
そして――主人公と同じ、異能を持たない青年・海老原。
しかし、運命はエルを逃さない。
魂まで凍えるような泥中に、エルを引きずり込む。
友人の死、失意と絶望、そして自死へと至る底なし沼。
――だが、物語はそこから始まる。
自死をきっかけに時間の巻き戻りが起き、事件が起きる前に引き戻される。
「抜け出してみせる。この絶望の底から“次”こそは」
そしてエルは、行く先の見えない、暗く冷たい泥の中から這い上がることを決めた。
暗く呪われた未来。それを変えていくのは、自分の手でしかできない!
『蓮は泥より出でて泥に染まらず』
どうしようもない運命に抗いながら、エルは泥中から出て蓮の華を咲かせることができるのだろうか。
それとも泥に塗れ、沈みゆく冷たい骸になるのだろうか。
はるか遠く先にある希望を抱き、彼女たちの戦いが始まる。
全体的にシリアスな展開が続きます。
それでも、エルと友人たちの暖かな交流が読み手に救いをもたらします。
独創的な世界設定と、キャラクター造形、それらを支える描写力が秀逸です。
そしてタグの『ハッピーエンド』。これに希望を託して、読み進めてください。