第16話 雷の精
影の精と筆談しながら練り上げた復讐ルートには我ながら満足した。
なんとびっくり、豚くんがどんな選択をしようと、あの心に血が通っていない二匹の豚が苦しむのだ。
さあ、あとは豚くんがどんな選択をするかにかかっているぞ!
影の精とハイタッチをし、オオカミが殺されてから熱を出して寝込んでしまった豚くんの代わりに家のことをこなした。
影の精は外へ狩りに行き、私は畑の手入れと豚くんの看病、夕飯の支度をしていたある日のこと。
家に置かせてもらっている壊れた自転車から大きな音が聞こえてきた。
あっ!そういえば記録つける約束が。壊れちゃった場合どうするか聞いてなかったな。
思い出して大慌て。
自転車にくっついてきていたロボットが動いたのかな?なんて思いながら見に行くと、なんと、バッテリーのあたりがぼこぼこに変形しているではないか。
そういえば、バッテリーが膨張して爆発する話をどこかで聞いたことがあったような。
これはまずい!自転車を早く外に放り出さないと!
急いで担ぎ上げて外に出ようとすると、バッテリーから声が聞こえてきた。
確か、船で歌声が聞こえたら設備のどこかがいかれてるんだっけ?
このままバッテリーに耳をすましていると本当にまずいかもしれない。
これは自転車であって船とは違うけど念には念を……。
自転車を外に運び出すと、ちょうど影の精が獲物を抱えて帰ってきているところだった。
影の精は私を見るなり満面の笑みを浮かべて獲物を持ち上げている。
「バッテリーがパンパン!」
慌てているから具体的な説明なしに叫ぶと、影の精はあたふたしながら駆け寄ってくれた。
バッテリーがどんどん膨れ上がり、爆発すると思って慌てて自転車から離れて目を閉じたけれど、爆発しなかった。
恐る恐る目を開けて自転車を見ると、バッテリーに大きな亀裂が入っており、中から雷の精が蹴破って出てこようとしているところだった。
「出してくれ!」
私より先に気づいた影の精が、雷の精が中から出ようとするのを手伝おうとしている。
爆発じゃなくて良かった!
胸を撫でおろしながら、影の精を手伝って雷の精を中から救出した。
「飯を寄越せ!」
救出してすぐに雷の精はとてもやかましく飯を要求してきた。
本当に腹ペコなようで、ぐったりと地面に寝転んでいる。
よくバッテリーを変形させて亀裂を入れられたなと感心しつつ、知らなかったとはいえ、こんなに弱るまで気づいてやれなかったのを悪く思った。
雷の精のご飯は電気だ。静電気でも空中電気でもなんでもいい。
雷の精がこんなに弱っているのは、バッテリーの中にいたからなのかそれとも……。
もしかして、月も星も太陽もないように、ここには電気すらもないのだろうか?
知りたくなると試さずにいられなくて、摩擦による静電気を試してみた。
服に腕をこすりつけ、バチッという音がして火花が飛び散る。
雷の精が傍にいるからか、いつもより激しい静電気が起きた。
電気はこちらにもあるようで一安心だ。
あとは雷の精に指を近づけて静電気を与え、もう一度摩擦で静電気を起こす繰り返し。
少しずつでも調子を取り戻せるよう願いながら電気を与えていった。
「ぶはー!生き返った!」
雷の精はとても元気に動き回り、嬉しそうに騒いでいる。
動けば動くほど輝きを増し、どんどん元気になっていく。
空気中の電気を蓄積し、風で起きる静電気も吸収しているのかな?
そういえば、バッテリーの中はどうなっているんだろう?
気になって覗き込んでも、真っ暗でなにもわからなかった。
もしかして、余った電気を雷の精が食べ、不足したら足してくれるような仕組みだったのかな?
となると、AIがくれた自転車ってめちゃくちゃブラックな仕組みだったということに。
いや、まさかAIがそんなことするとはおもえないな。
頭の中で推測したり憶測しただけで判断せず、とりあえず雷の精に話を聞いてみた。
「なんでバッテリーの中にはいってたの?」
「美味しそうな匂いがして入り込んでたら出られなくなった」
この食いしん坊が!
心の中で突っ込むにとどめ、大声で笑うと、雷の精も大声でガハハと笑った。
一瞬でもAIを疑った自分を恥ずかしく思いながら、雷の精が餓死したりしなくて良かったと心から思った。今ではこんなに元気だ。
影の精は仲間が増えてニコニコしていて、私ももっと嬉しくなる。
雷の精が元気になったし、みんなで夕飯でもしようというときだ。
豚くんが少しでも元気になったらいいなという願いを胸に、いつもの看病の時間に豚くんを診てみると、冷たくなってピクリとも動かないのだ。
心臓が跳ねあがり、痛いくらいに暴れ始めている。
嫌だ……。死なないで。
雷の精に電気の心臓マッサージをお願いしたけれど、豚くんがもう一度目を開けることはなかった。
私のせいだ。私がオオカミに襲われたから。私が物語の流れを変えたから。
影の精も悲しそうに豚くんを見ている。
雷の精は何がなんだかさっぱりわからない様子で、置いてけぼりにしてしまっていた。
オオカミが死んで豚くんも死んで……。きっと私が原因だ。
もう二度とこんな改変が起きないように、なるべく童話の世界に踏み入れないようにさまよえないだろうか。
どこへ向かえばいいのかはっきりしないけれど、どうにかして物語に踏み込まず、書き換えずにすむようにできないか思案した。
そうだ。空を飛べばいいんじゃないかな?空の穴を目指していたわけだし、空を飛び続ける童話は確かなかったような。
いや、もしかしたらあったかもしれない。でも、地上を行くよりはリスクが低いはずだ。
影の精と雷の精がいれば、空をいくのはそんなに難しくはないはずだし、なんとかなりそう。
「ここを離れよう。オオカミと豚くんの仇はとりたいけど、あの二匹の豚はゆっくり自滅していくだけだ。放っておこう。その間に新しい犠牲者が出るかもしれないけど……私たちがわざわざ手を汚す必要なんてないはずだよ。豚くんのこと埋葬したらまた旅に出よう。今度は空を飛ぶのとかどうかな?」
なぜ空を目指すのか三体に説明すると、反対の意見はでなかった代わりに雷の精から指摘があった。
「空を飛ぶ童話ならあるぜ。聞いた話から、知ってる童話と鉢合ってる可能性ってのがあるから黙っとくけどよ」
雷の精のおかげでその可能性に気づくことができて感謝した。
「ありがとう。知らなければ出てこない可能性は大いにあるからね」
確かに、今のところ童話二つと鉢合わせたけれど、どちらも知っているお話だった。有名だからって可能性はあるけど。
こうして、豚くんは豚二匹が来る可能性のある家の近くではなく、森の奥にある綺麗な日だまりに埋葬した。
あの豚二匹のことだから墓にすら何かするかもしれないし、墓石を売ってしまうかもしれない。
せめて、死んだあとは安らかに、兄弟から離れて眠れますように。
楽しい日々や悲しい別れがあったけれど、目指す場所にどうやって行くかが決まり、一歩前進だ。
レンガの家には戻らず、豚くんの墓の近くで簡単に野宿をした。
旅立ち前にゆっくりお別れをしたいのと、ここからレンガの家に帰ると豚くんの墓の場所がばれる可能性があったからだ。
豚くんの墓の周りにはたくさんの花を植えたので、きっと毎年綺麗な花畑になるだろうな。
仲間が増えたから野宿もあまり大変ではなかったけれど、またしても悪夢に苦しむことになるのだった。
カラーン、カラーン。
いつしか聞いたことのある鐘の音が聞こえた。
これがなんの鐘の音なのかわからない。
教会?時計塔?それとも警鐘?
そのどれかを彷彿とさせる鐘の音。
私が知らないだけで他にもこんな鐘の音が鳴る場所があるのかもしれない。
またしても同じ悪夢を見た。
今度はタマがもう関わるのはやめようと、図書室前の廊下を歩きながら切り出しているところからだった。
今までよりも、タマが関わるのをやめようと言い出した理由を、ユキに伝えている内容が鮮明になっている。
「いきなり怒られてもわからない」
ユキの振る舞いで受けた精神的なショックが、見慣れたことで和らいできたことによるものなのか、繰り返し何度も見てきたから覚えられるようになってきたからなのか定かではない。
「先輩が無理してると思ったから」
言い終わるまでにユキが「違う」と否定を入れて遮っている。
「ある人のことを好きって言ったから」
またしても言い終わるまでにユキが否定して遮った。
タマが苛立ちながら突き放すために他の理由を口にし始めている。
「いつも自己卑下ばっかりでしんどい」
「それはタマちゃんも同じだよね?」
ユキは何を言っても否定し、否定できないことを言われたらそっちも同じだと言い始める例の話し合いができないやり口を始めた。
もう耳にタコができそうなくらい聞いたよ。
また話し合いにならなくて頭にきたタマが本当に怒ってしまっている。
あんな会話の仕方されて怒らない人間なんてほとんどいないだろう。
先生がユキと話し合った後に「大変だと思うよ。バカって一言ですんだのはまだいい方」なんて肩をもっている場面が加わり、先生の介入があって約束を追加しているところだった。
「こんな理不尽で不当な約束あってはならない!」
タマの要求はもともとはなかったし、要求した内容も言わされたようなものだったから、先生がタマの代わりに怒ってくれているところだった。
先生に促してもらってタマの追加した要求は「傷つけないでほしい」だった。
どうして何度もこんな夢を見るのだろうか?どうして辛い夢ばかり。
精神的なショックが何度も同じ夢を見る事で和らいでいるのか、覚えていられる場面が少しずつ増えているような気がしないでもないけれど、たまには良い夢だって見させてほしい。
こんな夢を何度も見るのは、私が何者であるのかと関係している気がする。なんとなく。根拠も何もない勘だけど。
悪夢を繰り返し見ながら、自分の人生を思い出せるだけ思い出して書いていく決意を固めていた頃だ。
ユキがタマに「ウチ、親と同じことしようとしてる」なんて言いながら笑っている場面に変わった。
私がぼーっと聞き流していて、いつの間にかここまでたどり着いていた可能性はある。
タマは何を言われているのかわかっていない様子だ。
「言われてもわからないかー。わからないよねー」
ユキはそんなことを言いながらニコニコ笑っている。
タマにはどう映っているかわからないけれど、私にとっては不気味で不愉快な笑みにしか見えなかった。
演劇部が手芸部になってからもユキが部活をしているタマのところへ顔を出し、受験勉強しなくていいのかと心配している場面に変わった。
「うちバカだから勉強しても意味がないんだ」なんてユキが落ち込んでる様子で言い終わると「タマちゃんはいい学校いけるよ」なんて言っている。
タマの心の声によると、演劇部で副顧問をしていたという先生がユキに早く帰るよう促し、タマには「あの子とはもう関わらない方が良いよ」と忠告していて場面が変わった。
廊下でタマとユキが一緒にいるとき「キモい」と「可哀想」と言われる場面に変わった。
タマは自分がキモいと言われ、ユキが可哀想と言われたのだと思い込んでいる。
ユキがショックを受けたタマに「言われたのはウチだ」と言った。
「ウチ、アトピーだからさ」
そう言って腕を見せているところだった。
タマはユキのことを気の毒だと思って見ていたけれど、キモいと言われただけで本当にアトピーのことだったのだろうか?
それにもし、ユキの言葉も廊下で声を掛けた人の言葉も両方正しいのであれば、可哀想ってどういう意味だ?
疑問に思っていると、また鐘の音がなって夢から覚めた。
目が覚めると、豚くんを埋葬したお墓がある静かな森ではなく、激しい水の音が聞こえるテントの中だった。
ここって最初に迷い込んだあの場所か。
もしかして、今までのは全部夢だったのか?
テントの外に出て自転車を見ると、自転車はパンクしてないしひん曲がっていない。バッテリーもそのままだ。
こちらに来た時と同じように、キャンプした土地ごと川に流されていた。
どういうことだ?
いつもと違ったのは鐘の音だ。
夢の中で聞いた鐘の音だったのに、こちら側で変化が……。
影の精はうとうとしながら見張りをしている。
あの時か……。
「影ちゃん」
掠れた声で呼び掛けると、影の精は見張りの交代のときだと思ったらしく、眠そうにしながらテントへ向かってきた。
「豚くんやオオカミのこと覚えてる?」
影の精は首をかしげて不思議そうな顔をして見せた。
巻き戻ってる。
いや、もしかしたら私一人で夢を見ていたのかもしれない。
本当にあんな出来事があったなんて証拠もなにもない。今はね。
影の精と見張りを交代し、自転車のバッテリーを早速いじった。
まずはバッテリーをノックし、耳を近付けてみると、中からすごいイビキが聞こえてきた。
いる……。確かにここにいる。
心臓がきゅっとなり、鼓動が少しずつ早くなる。
時間が巻き戻ってる……!
影の精は記憶がなかったけれど、雷の精はどうだろう?知りたくてたまらない。
みんなからもらった道具に工具箱があったはずだ。自転車が壊れたり故障したらまた動かせるようにって持たせてもらったものだ。
バッテリーを分解する道具がちょうど良くあったから、慎重にカバーを外していくつもりだったのに……。
バキッというすごい音を立てながら、バッテリーのカバーがバキバキに割れた。
私ってばいっつもそうだ。慎重にやってるはずなのに、いっつも物を触ったらすぐ壊しちゃって……。
反省しながら引き続き自分なりに慎重に分解していく。
幸いなことに、壊れたのは自転車のカバーだけで、あとは壊さずに分解することができた。
雷の精はあんなに衰弱することなく、いびきをかきながら気持ち良さそうに寝ていて少し嬉しくなった。
気になるバッテリーの内側は複雑になっていた。
タービンらしきものがたくさんあって、熱を逃がすためなのか、風通り良さそうなものがたくさん。
組み立て直せといわれても、組み立てられないくらいたくさんの部品。
あっ!しまった。
組み立てられないということは、自転車をもう快適に漕げないのでは?
後先考えなくて私はほんとにダメだなと思ったけれど、快適さの代わりに雷の精が救出できたのだから、これでいいじゃないかと思い直した。
気持ち良さそうに寝ている雷の精を見ていると、私もこんな風にぐっすり寝たいと思わされた。
いつになったら、悪夢から解放されるのだろうか……。
工具箱をしまい、鞄から鏡を取り出した。
星も月も太陽もないから魔法が使えないし、映るのは不細工な自分の顔だけ。
自転車のロボットを起動しても、前みたいに家の様子が映ることもなかった。圏外だ。
ここはいったいどこで、どうしてこんなところにいるのだろうか?
なにかをしなければならなかったような気がしながら、絵に描いたような空を見上げる。
この空の下、仲良くなれた豚くんとオオカミは物語の筋書き通りの人生を送っているのだろう。
今度は邪魔しないようにするからね。
オオカミと豚くんを想いながら、そっと空に手を伸ばした。
そうして、なにもない絵のような空にそっと祈りを捧げる。
例え魔法が使えなくても、願ったような良いことが起きなくても、願うのも祈るのも自由だから。この広い大空のように。
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