第4話 心
目が覚め、しばらくまどろんでいようと思ったけれど、いつもと違ってボーッとしていた。
人がいることに落ち着かなかったはずなのに、人がいないことに落ち着けなくなってしまった。
ユキと過ごした一日を思い返していると、心があたたかくなってくるけれど、ひんやりと締め付けられるように苦しくなった。
また会いたいな。話したいな。
あの後、大丈夫だっただろうか?魔法はちゃんとかかっただろうか?
たったひとつの連絡先を眺めながら、メッセージを送るかどうかで心が揺れ動いた。
朝早すぎる時間だろうか?メッセージを送るならいつ頃がいいのか?心配しすぎていると重いだろうか?鬱陶しかったりするか?精神的にしんどくさせないだろうか?
いろんなことが気になって仕方なかった。これではユキに、気を遣いすぎているなんてとても言えたもんじゃないな。
苦笑しながら、こんなに他人のことを気にしたのが初めてで、どうしたらいいのかがちっともわからなかった。
いつものようにロボットたちのメンテナンスと手入れをし、ユキと会ったあの日までと同じように、畑と花畑の様子を見て回って整えた。今日は特別に山の巡回までした。
いつもなら山の巡回はロボットにまかせきりなんだけどな。
木々の手入れと巡回はロボットに任せている。私には山の手入れの知識も経験もないからだ。とはいえ、巡回ならできる。
私が何もしなくても、ロボットたちがうまくやってくれる。私がやるのは機体のメンテナンスくらいだ。そのうちアップグレードすれば、それすらしなくて済むのかもな。
遠い昔を思い出しながら、ずいぶん良い暮らしができるようになったなと感じる。
山の見回りが終わったら、ユキに連絡してみよう。
ただひたすらユキのことが心配だった。けれど、どうするのが一番いいのかがいまいちわからなかった、
時折覗かせた無表情、遠慮しすぎなくらい遠慮していたこと、死ぬかもしれないのに家族の元へ戻ろうとしていたこと、他人のトラブルに、正義感なのかわからないけれど首を突っ込んで殺されかけていたこと。
無事に生きていてくれているだろうか?そんなに心配なら連絡を取るべきだよな。
結局、メッセージを送る決心がつかないうちに、山の見回りが終わってしまった。
……連絡しよう。
終わったら連絡するって決めてたのだから……。でも、いざメッセージを送るとなると緊張するし、最初にどんな言葉を並べればいいのかさっぱりわからなかった。
家の中以外では通信回線が繋がらないように魔法をかけてあるので、文言を考えながら家路についた。
まとめ終わるまでに家までついてしまい、家の中でスマートフォン片手にうろうろしながら文章を考える。
まずは挨拶から……?その次はストレートにいくか……。あんまり長いと読んでて疲れさせてしまうだろうか?読むのに時間を割かせてしまうのも……。
相手がどんな生活をしているのかさっぱりわからなかったので、どんな書き方、聞き方がいいのかちっともわからなかった。
シンプルなのが一番いいかな?
あれこれ考えるのも大切だけど、最終的にシンプルすぎるくらいシンプルなメッセージが完成した。
「こんにちは。お元気ですか?その後、何事もなくお過ごしでしょうか?無事を願っています」
短くて、聞きたいことを手短に聞けてるはずで、心配だという気持ちが入った文章になってるはずだ……。はずだ……。
送信をタップするのにかなり抵抗があったけれど、多分大丈夫だと自分に言い聞かせて送信した。
送るまでの間、息を止めていたらしく、送信したのを確認してから「ふう」と深呼吸した。
心臓が暴れる音が嫌なくらい耳に響いてきて、自分がたったこれだけのメッセージを送るのにどれほど緊張していたのかを思い知らされた。
なんでこんなに緊張して、相手のことを気にしてるのか……。
自分でも訳がわからなくなっていた。
ここに人が来たとしても、ずっと警戒して、ダメだと思ったら記憶を消してどこかに置いてきての繰り返しだったから、警戒しながら相手の懐を読みあってるときとはまた違った胸の鼓動に、新しい苦しみを見出した。
悪くない苦しみだ。
メッセージを送って一息つくと、今度は返事がとても気になった。
もし返事が来なかったら?もし聞き方がおかしくて、変なやつだと思われてこのまま一生返事が来なかったら?実は魔法に失敗していて、あのあと殺されていたから返事が来ないこととかない?
もしものことばかりが頭に浮かんできて落ち着かなかった。
ユキさん……。
これが恋なのだろうか?いいや、暗闇の中で見つけたひとつの光。地獄におりてきた金の糸。天使が微笑みながらさしのべるようなあたたかな手。今までみたことのない、唯一無二の宝。
様々な言葉が頭に浮かんでくる。
それくらい特別に思える人だった。嫌われたらショックで死ぬ自信しかないほどに。
返事が来なくて不安になりながらも、やるべきことを頭に浮かべて淡々とこなしていき、不安な気持ちを隠すかのように精霊たちとおしゃべりをしに行った。
今日は寝室に木の精と土の精が遊びにきてくれていた。
「山の巡回なんて珍しいことしてたね」
「なにかあったの?なにかあるの?」
面白がられたり不安がられたりしていたので思わず笑ってしまった。
とりあえず、不安になることはなにもなかったこと、面白いと思ってもらえるかわからなかったけれど、とても綺麗な人と知り合ったと話すと、興味津々な様子で仲間をたくさん呼び始めてしまった。
いろんな精霊が家に大集合。ここはコンサート会場か何かかと突っ込みをいれたくてたまらなくなるほど賑やかになった。
「あんたが綺麗な人って言うなんて珍しいね」
「どんな子か聞きたい!」
「独り占めはだめだぞ!」
「紹介して!」
「気になる~」
最後にはみんなでキラキラ光ってどうしても譲らない様子だった。
「なんて話せばいいか……その……」
うまく話せないもどかしさ、照れ臭くて言葉がでない息苦しさに苛まれながら、少しずつ気持ちをまとめて言葉にしていった。
私のそういう不器用なところも、人付き合いがなさすぎていろいろ下手くそなところも、人が苦手なところも、精霊たちは小さい頃からそばにいてくれたから、とても良くわかってくれていた。
親代わりみたいなものだった。
だから、一生懸命話そうと、何度も黙り込みながら考えて、少しずつ言葉を紡ごうとしている私のことを、我慢強く見守って、言葉を待ってくれていた。
「見た目はよくわからない。私は目が悪いからさ。綺麗なのは内面で……とても純粋そうな子なんだ。うまくいえないし、純粋って本当はどんな感じなのかもわからない。あ、これが純粋っていうのかな?って直感で思えた子で」
言っていると恥ずかしくなってきた。
みんなはあたたかくて穏やかな光を放ちながら、うんうんと相槌を打ち、言葉に詰まっている私を急かすことなく、言葉少なに応援して待ってくれた。
「とても心優しい子。優しくて、人をバカにしたりなんかしないで、真剣に心配してくれるような……」
話しているうちに、なんだかモジモジしてきてしまった。
精霊たちは少し茶化すように口笛のような音を立てたり、一緒になってモジモジした様子の子がいて、手を組んで楽しそうに微笑んでいる子もいて様々だった。
照れ臭いんだけど……。話し出すと止まらなかった。
「それでね、どこか心配になるところもある子で、なのにその子は人のことばっかり気にかけてて……もっと自分を大事にして欲しいなって思える子だった。終わり」
精霊たちは大騒ぎだった。
「今度見たい!」
「私は会ったことあるよ!お風呂上がりだったね。すごく優しそうな笑みで私のこと見てたよ」
「良いなあ」
脱衣所にいた水の精がここにきていたらしく、私の次は水の精が質問責めにあっていた。
ちょうどタイミング良く、スマートフォンの音が鳴り響いた。
メッセージ音ってこんな音なんだな。
初めて届いたメッセージに、初めて聞いたメッセージの音。
どんな返事か、みるのも心臓が潰れそうなくらいのプレッシャーを感じざるを得なかった。
おそるおそる開いてみると、挨拶を絵文字で飾りながら、メッセージを嬉しく思ってくれたことが書かれていた。次に、心配かけたことを申し訳なく思っている文章のあと、無事だから安心して欲しいと書かれていた。最後に、なぜかいじめを受けている子はもういじめられていないこと、ユキも追われたり付きまとわれることがなくなったと書いていて、心の奥底から安心した。
良かった。良かった……。
願いを聞き届けてくれた太陽に感謝をした。
日の光の恩恵だけでなく、こんなにもたくさんの恵みをありがとう。
目を閉じ、心の奥底から感謝していると、精霊たちがいつの間にか私のスマートフォンの画面を覗き込んでいた。
「あっ!」
気がついて急いで隠そうとしたけれど、みんなざわついて落ち着かない様子だった。
「ラブレター!」
「ち、違うぞ!断じて違う!」
メッセージを覗き見た精霊がおおはしゃぎし、それが伝播してひとしきり茶化された。しまいには、精霊たちはユキに会わせろと言って聞かなくなってしまった。
「また遊びにきてくれたら……本人が良いって言ったらね……」
渋々そういうと、精霊たちはおおはしゃぎ。
まだ来ると決まったわけでも、ユキの了承を得たわけでもないのに、精霊たちはパーティーを開いたりゲームしたり、たくさん遊ぶ計画を練り始めてしまった。
こいつらはいつみても純粋だな。
微笑みながら精霊たちの様子を眺めながら明るくため息をひとつついて、落ち着かせるために精霊のみんなに声をかけた。
「落ち着いて。まだ決まったわけじゃないからね」
精霊たちは一瞬静かになったあと「備えあればなんとかかんとか」「口説き落としてこいよ!」「計画立てるだけならタダなんだし、計画練るだけでも楽しいんだぞ」と口々に返事をして、あとは夢中になって作戦をたて始めていた。
「く、口説くなんて無理!絶対無理!」
予想外の茶化され方をして、動揺しながら否定すると、精霊たちはニヤニヤしながら畳みかけてきた。
「言うと思った!」
「この世に絶対はないっていつも言ってなかったっけー?」
まだこんな生活をする前、絶対はないだとか、言われて嫌だなと思ったことを素直に精霊たちに喋っていたことが仇となった。
いつか自分に言葉が返ってくるとは言うけれども、まさかこんな形で……。
「これは例外だからっ」
絶対なんて言葉、嫌いなのに、できない、もしくはやれない、やりたくないと断言してしまうことをやってこいと言われたら不意に言葉から出てしまうものなのだと思い知らされた。
精霊たちは恋愛に関する話が大好きだったっけ?と首を傾げてしまうほど盛り上がっていて、さらに畳みかけてきた。
「たまやー照れ屋ー」
さすがにこんなにからかわれると、照れくささもピークに達した。
「ちくしょー!お前ら覚えてろよっ」
捨て台詞を吐くと、精霊たちは大笑いだった。
それにしても、パーティの準備をする計画なんて。いつの間にかかなり壮大な話になってるし……。まだユキが来るって決まってないってのをわかった上でなら大丈夫そうだし良いか。それと、私は口説いたりしないぞ!相手から好きになってもらえたなら嬉しいけど……。
楽しそうに騒いでいる精霊を尻目に、ベッドに潜り込んで寝ることにした。
なにはともあれ、無事でいてくれて本当に良かったな。
メッセージの返事がきたことも嬉しかったけど、ちゃんと魔法がかかっていたのも嬉しかった。
これからユキが意地悪されずにすんで、一瞬見せた暗い顔が少しずつ減っていってくれるのかな?それは期待しすぎだろうか。
ユキの笑顔が増えるかもしれないと思っただけで、表情が緩んできてしまうのがわかった。
精霊たちが楽しそうにあれこれパーティーの話を進めて騒いでいることもあり、こんな顔をみられたくない気持ちもあり、布団を顔まで被って寝た。息苦しいけど。
翌朝。
人がいない生活に寂しさを感じなくなり、いつも通りかと思いきや、今度はメッセージが気になり始めた。
返事きてないかな?
目が覚めて起きようというときに気になってふと見てしまうのだ。
残念ながらメッセージはきていなかった。
いつもと違ってぐうたら寝ずに朝起きて、掃除をもっとこまめにしようとか、もっと物を片付けようとか、次遊びにきてもらえたなら、どんなおもてなしをしようとか、あれこれ考えている自分がいた。
まだくるって決まってないし、ほんの少しの間しか一緒にいなかったのに。
そうやって自分の舞い上がっていく気持ちに冷や水を浴びせ、気持ちを沈ませた。
メッセージも来ない。ユキも来ない。無事に笑顔で暮らしていてくれたらそれでいいから。
そうやって自分に言い聞かせて、またいつも通りの暮らしに戻ろうと心に決めた。
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