お笑い芸人と笑わない彼女

みららぐ

新しいネタを見て!!



これや!

これやったら絶対に亜衣は笑うはずや!


これで笑わへんヤツはまずおらん!

少なくとも、俺の周りの女は全て!!


「ちょお、見て見て!新作の芸!」

「?」


バラエティの撮影が全て終了したあと、俺は楽屋におった女性のスタッフさん数人にそう声をかけて、変顔を作った。

両目は白目で、下の歯を出しつつ口をとがらせるという、顔の筋肉を激しく使う変顔や。


俺がその顔をして見せると、それを見た女性スタッフが一斉にみんな笑いだす。


「あははは!なんですか岡島さんその顔!」

「新作って、何の顔なんですかソレ!ってか不細工すぎでしょ!」


せっかくお顔が整ってるのに。

女性スタッフさんのその言葉に、俺はその変顔を崩して自信満々に言った。


「いやコレむっちゃオモロイやろっ!?

顔でな、ケツ表現してんねん」

「え、今の顔ってお尻だったんですか!?」

「せやで」

「あははは!よくそんな面白いの思いつきますね!」


っていうかいきなり下品すぎますって!


女性スタッフさんたちは俺の顔芸にそう言いつつも、未だ笑いをこらえる様子を見せる。

俺はそんな女性スタッフの反応に確かな手ごたえを感じると、心の中でガッツポーズをした。


「岡島トク」。

それが俺の芸名で、現在29歳のまだまだ若手のお笑い芸人。

元々「東リターンズ」というコンビ名で一緒に活動しとった相方がおったけど、なかなか人気が上がらず、そのうちに性格の不一致で3年ほどで解散。

その後、俺はピン芸人でいくことを決め、そこから5年ほどで少しずつバラエティ番組に呼んで貰えるようになり、やっと一人前のお笑い芸人として人気を獲得することができた。


そこから現在はバラエティやったり、映画やドラマにも呼んで貰えるようになって、気が付けば世間には俺の「とっくん」という愛称が随分広まったように思う。


●-1とかで特別優勝経験とかはないけど、それでも「スベり知らず」と世間に言われているこの俺でも、この世でたった一人だけ俺の芸に全く笑わへんヤツがおる。


それが、彼女の「亜衣」や。


亜衣とは俺が売れ始めて少ししてから先輩芸人を通じて知り合い、たまたま俺の大ファンとかでストーカー並みの猛アピールを繰り返され、俺も俺でそんな彼女に惹かれて付き合いだした。


美人と可愛いを持ち合わせたような女で、年も俺よりまだ8つも下で、めっちゃ若い。

家事も出来るしスタイルもええけど、しかし彼女にはある欠点があった。


それが、彼女は決して「笑わへん」ことやった。


いや、特別何か昔心に大きな傷を負って…とか、誰かに「お前は一生笑うな」とか言われたわけやなくて、本人によるとただただ「口角を上げて笑うのがめんどくさい」らしい。

まぁ決して何かの病気やないことは確かやけど、彼女は出会ってこのかたずーっと無表情を貫いとる。

それ故、笑顔どころか泣き顔すら見たことがない俺。


無表情でもかわええよ。いや、かわええんやけどね。

彼氏の前に俺、「お笑い芸人」やし。

一番身近なはずの彼女に笑ってもらえへんって、コレ結構大問題やない?


せやから俺は一生懸命徹夜してまで新たな爆笑必至の新作の芸を生み出し、仕事終わりに亜衣の自宅へと到着するなり…


「ちょお、見て!」

「?」

「新しい芸!」


そう言って、玄関で亜衣にさっきと同じケツの変顔をした。


変顔は堂々としたったけど、内心は不安やった。

…わろてくれへんかったらどないしよ。

そう思いながら、恐る恐る白目を元に戻すと…


「…今日も素敵ですね。とっくんさん」


目の前には、いつもの無表情でパチパチと拍手をする亜衣の姿があった。


「さすが、芸人さんの鏡です」

「いや、あの…おもろいって言ってわろてくれへん?」


その堂々とした無表情、さすがにプライド傷つくで?

しかし俺の言葉に、亜衣が拍手をやめて言う。


「おもしろいですよ。爆笑でした」

「イヤわろてへんやないかい!」

「その整った素敵なお顔で一生懸命何を……何かを訴えたかったんですね。なかなかうかがうことのできないの白目に何よりドキドキしました。良いものを間近で見させてもらった気分です」


亜衣はそう言うと、そのまま俺に背中を向けてリビングへと戻って行く。

そんな亜衣に「今日もアカンかったか」と静かに肩を落とす俺。

…いったい何をどうしたら笑うねん。


「…あの、一応、顔でケツ…いやお尻を表現してみたんやけど」

「さすがの発想力ですね。尊敬します」

「んー…俺が欲しいのはそういう…なに?褒め言葉やないんやけどな~」

「?」


俺はそう言いながら、そのまま亜衣に続いてリビングに入り、ソファーに腰を落とす。

そのままテレビを点けたら丁度月9の恋愛ドラマがやっとって、人気の俳優が歯の浮くセリフを言うのをみた俺は、思わず「これや!」とテレビを消した。

そしてキッチンで「とっくんさん夕飯食べたんですか?」と聞く亜衣に、俺はニヤてしまいそうな顔を押し殺して言う。


「亜衣」

「?」

「俺な、お前のこと…」

「…?」

「…あの…」

「……なんですか?」


しかし。

いざ歯の浮くセリフを言おうとしたら、その前に照れくささが勝ってしまった俺は思わず言葉を詰まらせる。


…いや、言えるか!!


「……夕飯はもう済んだからいらんで」

「そうですか」

「…」


あああ~…俺のアホ。ほんま、意気地なし。

亜衣の照れ笑いくらい見たいやんか。何をやってんねん。

あんな下品な変顔は簡単に出来るくせにほんま……


「はぁ…」

「…」


しかし俺がソファーに戻って思わず深いため息を吐くと、キッチンにいた亜衣が冷蔵庫から缶ビールを手に持って、俺のそばに歩み寄ってくる。


「…飲みますか?」

「おお。ありがとう」

「もしかして…さっき笑わなかったの、拗ねてますか?」

「え?」

「…」


亜衣は俺にそう問いかけると、俺に缶ビールを手渡して、隣にぴったりとくっつくようにして座る。

…いや、そんなわけやないけど。

歯の浮くセリフを言えへんかった自分に呆れとるだけやし。

けどそんなことは言えるわけないし、誤魔化そうとしたらその前にまた亜衣が言った。


「ごめんなさい。私、どうしてもとっくんさんのことが好きだから」

「?」

「とっくんさんの全てが大好きだから、愛おしくって、笑う前にいつも見とれちゃうんです」

「!」

「とっくんさん。例えネタに笑わなくても私は、ずっとあなただけですよ」


亜衣はそう言うと、至近距離で俺をじっと見つめる。

その表情は、相変わらずの無表情やけど……


「…ふっ」

「…」


そのセリフを目の前で聞いて思わず照れた俺は、そう吹き出すと同時に亜衣から顔を背けた。


「…あ、とっくんさん笑いましたね」

「いや今のはずるいやろ!」

「笑いましたのでとっくんさんの負けです。ってことで今日のビールは私が飲みますね」

「え…は!?」


亜衣はそういうと、いとも簡単にあっけなく缶ビールを俺から奪い取って、それを勢いよくぐっと飲み干した。


「っかー!!この瞬間ときのために生きてる!!!」

「……」








【完】

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お笑い芸人と笑わない彼女 みららぐ @misamisa21

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