第4話 初めてのチュウ
バイクを降りた二人はそのまま剣影の家の中に入って行った。
蛍「普通の家ですね。」
剣影「何だよ、メイドが出迎えてくれるとでも思ったか?」
赤い屋根の普通の一軒家で、玄関も靴箱位しかなく、余りにも普通だったが、蛍はある違和感を感じた。
蛍「部長の靴しか無くないですか? 生活感も無いし、何と言うか、雰囲気がおかしいですね。」
剣影「探偵かよお前は。俺しか住んでないだけだ。」
蛍「ご両親は?」
剣影「死んだ。」
蛍「えっ………………」
蛍は靴を片方脱いだまま止まり、気にせずリビングに向かう剣影の背中を見上げた。
剣影「どうした?」
蛍「ほ、本当に亡くなられてるんですか?」
剣影「ああ。」
蛍「冗談……………ですか?」
剣影「マジで死んでるよ、こっちに来てみろ。」
剣影はそう言って手招きし、蛍はそれに付いて行って和室にある御宝前の前に招かれ、そこには子供の頃の剣影と両親が映った写真、そしてその両親の遺影が飾られていた。
蛍「ご、御免なさい………うち…………知らなくて…………」
剣影「いいよ別に。そりゃ達の悪い冗談だと思うだろ。」
剣影はそう言いながらタオルを蛍の頭に被せた。
蛍「………………」
剣影「優しいな。」
蛍「え?」
剣影「親が死んでる事を言ったら羨ましいなんて言う奴もいたんだぜ? そこまで暗い顔をしたのはお前だけだよ。」
蛍「そんな……………」
蛍は涙ぐみ、タオルで頭を拭きながら剣影に悟られない様に涙も拭った。
剣影「俺の服しかないんだよな~どうしようか、買ってくるか?」
蛍「だ、大丈夫です。このままでいいので。」
剣影「その、シャワーとか浴びるか?」
蛍「えっ…………じゃ、じゃあ浴びます。」
ちょっとぎこちない会話をし、蛍はシャワーを浴びに行った。
剣影「(着替えはどうしようか、必要ないのは捨てちゃってるし…………)」
剣影はちらかった自室に戻り、漫画と雑誌の間を縫ってロッカーを開け、シャツとズボンを手に取り、風呂場に向かった。
剣影「此処に置いておくからな。」
剣影は洗濯機横の洗剤などが置いてある鉄製の棚の上に着替えを置きながらそう言い、風呂場のドアに浮かぶシルエットを後目に脱衣所を出た。
剣影「変な事になったな………………」
剣影は自室に戻って着替え、蛍になにか暖かい物を振る舞おうとキッチンに向かい、棚の端にあったコーンスープの素を取り出してお湯を沸かした。
剣影「今日は厄日か…………頭ではそう思っても下半身はそう思ってないようだな………………」
剣影は下半身の猛りを抑えようと水を飲み、バイクの事を考えた。
剣影「(今度は茨城にでも行くかな。だけど、その前にカスタムしてもいいよな………………)」
蛍「あの………部長………………」
剣影「ん? 出たの………か………………」
蛍の事をカウンター越しに見た剣影は少しの間固まってしまった。剣影のシャツとズボンを着ていた蛍だったが、当然ながら大きすぎてまともに着れておらず、シャツはぶかぶかで胸元が大きく開かれ、ズボンは落ちない様に片手で持っている始末だった。
剣影「ちょ、ちょっと大きかったな。」
蛍「その………乾燥機、使わせてもらってます。」
剣影「ああ、全然いいよ。乾くまでスープでも飲んでるといい。」
蛍「下着も入ってるので………私が取り出しますから………」
剣影「え? ………………そう……………」
蛍は下着を着けておらず、シャツで透けそうな胸を腕で隠し、顔を真っ赤にしながら剣影の出方を伺っていた。
剣影「ちょっとタオルを持ってくるから………………」
剣影は蛍の横を通り過ぎてタオルを取りに行こうとしたが、蛍に引き留められた。
蛍「中学の時、部長がうちをいじめから救ってくれた事、今でも感謝してます。」
剣影「………ああ、お前も頑張った。あの時出会えて良かったな。」
蛍「部長は顔もかっこいいし、頭もいいし、運動神経もいいですよね。」
剣影「そうでもないさ。」
蛍「人生に希望を持てなかったうちにとって部長は白馬の王子様みたいで、うちは自分をお姫様の境遇に重ねたりもしたんです。姫様も最初はいじめられてるでしょう?」
剣影「乗るのは黒いバイクなんだが。」
蛍「そんなうちが、部長を好きになるには時間は掛かりませんでした。
蛍は覚悟を決めた様に腕を降ろし、そのまま剣影の胸に手を置いた。
剣影「ほ、蛍?」
剣影はその手をどかそうとしたが、上手く動けず、心臓の高鳴りが蛍に伝わってしまっている事に恥ずかしさを覚えると同時に下に流れる様に移動する視線を抑えようとしていた。
蛍「うち………部長の事が好きなんです。あの時からずっと。」
剣影「まあ………分かってたよ。」
蛍「…………いじわる。まあ、いいですけど。」
剣影「何時も大げさなんだよ、俺としかつるもうとしないしな。」
蛍「付き合って下さい、私の事好きにしていいので、部長の事、好きにさせてください。」
剣影「そ、それは………………」
蛍はわざと胸が全て剣影に見える様に腰を上げ、上目遣いで剣影を見上げた。
蛍「駄目ですか?」
剣影「ええっと………………」
剣影は頭では冷静で完璧な受け答えをしようと思案していたが、手が勝手に蛍の腰に回され、そのまま蛍を抱き寄せた。
蛍「部長………………」
剣影「蛍………………」
バンッ!
袖雪「おい剣影! 勝手に学校を抜け出すとはどういう事だ!」
ドアをぶっ壊す勢いで袖雪は剣影の家に入り、靴を綺麗に整えた後、リビングへと入って来た。
袖雪「ん? 何故抱き合っている? 寒いのか?」
人の家に勝手に入る、声がでかい、タイミングが最悪、察し悪い、そんな袖雪に二人は睨みとも呆れても言えない諦めのその先の様な視線を向けていた。
袖雪「二人とも仲がいいんだな!」
蛍「お姉ちゃん御免、一発殴らせて。」
袖雪「何故!?」
蛍「一発でいいからお姉ちゃんのその綺麗な顔に右ストレートを叩きこませて。」
袖雪「い、嫌だ! 痛いじゃないか!」
蛍「気が収まらないの。このままだと全てを壊してしまいそう。その前に元凶であるお姉ちゃんをぶっ飛ばさないといけないの。」
袖雪「正気に戻ってくれ蛍! 剣影も見てないで蛍を説得するんだ!」
剣影「……………厄日だ。やはり。」
蛍は袖雪ににじりより、天才的な動きで袖雪を後ろから拘束した。
袖雪「な!? そ、そんな動きができたのか!?」
蛍はそのまま袖雪を組み伏せ、関節技で絞め始めた。
袖雪「いたた! た、助けて剣影!」
蛍「お姉ちゃんのせい、お姉ちゃんのせい、お姉ちゃんのせいお姉ちゃんのせい、お姉ちゃんが居なければ、お姉ちゃんが居なければ、お姉ちゃんが居なければ………………」
袖雪「ひぃぃぃ!!! 何故だ蛍ぅぅぅ!!!」
蛍はトドメを刺し、袖雪は痙攣してぴくぴくと打ち上げられ死にかけの魚みたいになってしまった。
袖雪「あっ……あっ………あぅ…………」
剣影「恐ろしい奴。」
蛍「お姉ちゃんの馬鹿! 部長! こっちむいて!」
剣影は蛍の方を向くと、蛍が両手でがっちり顔を抑えてきて、そのまま強く口を重ねてきて二人はキスをした。
蛍「もう一度お風呂に入ってきます!」
蛍はそう言いながらぎこちない足取りで風呂場に向かった。
剣影「………………そんな悪い日でもないか。」
袖雪「うぅ………蛍が乱心してしまった…………」
剣影「お前等姉妹と居ると飽きないな。」
袖雪「何故なんだ蛍…………姉妹の絆はどうしたというのだ………」
剣影「一応謝っておいた方がいいぜ?」
袖雪「謝る様な事は何もしてないぞ?」
剣影「謝る様な事をしてなくても謝らなくちゃいけない場面が大人にはあるのさ。」
袖雪「まだ高校生だ。これでもアオハル? という事をしようと勉強中なんだ。大人ではない。」
剣影「青春なんてらしくないって感じだが、誰かに吹き込まれたのか?」
袖雪「クラスの人が色々と教えてくれてな、教室の後ろにアオハルと書かれたポスターがあって、高校生は皆アオハルをするらしいぞ?」
剣影「そういえば学校はどうしたんだよ?」
袖雪「外出届を出してきた。お前の為なんだぞ? いきなり学校を抜け出したりなんかして………しかも蛍も一緒なんて。」
剣影「良くあの先公が許したな?」
袖雪「私の熱意を伝えたら許可してくれたぞ?」
剣影「(逃げたな佐々木の奴………………)」
袖雪「ところで剣影、アオハルって何だ?」
剣影「何と言うか、青い空に大きな入道雲、友情と恋、迷いと焦り、海に思いを叫んで馬鹿やろ~! ってな感じか?」
袖雪「まるで分からない。それは剣影ともできるのか?」
剣影「まあ、できなくはないかな。」
袖雪「じゃあ一緒にやらないか?」
剣影「え? 何で?」
袖雪「剣影の事知りたいんだ。いいだろ?」
剣影「う~ん………………」
袖雪「できれば町を案内して欲しいんだ。まだ来たばかりで勝手が分からなくてな。」
剣影「まあそれ位ならいいけどさ。揉め事は起こすなよ?」
袖雪「私が揉め事を起こすような奴に見えるか?」
剣影「教科書に載せてやりたいぜ、揉め事の具体例のとこにお前のアホづらを載せてやる。」
袖雪「私のどこがアホづらなんだ!?」
剣影「その顔。」
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