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そのころの玄人は、千葉方面の国道沿いを歩いていた。
まだ夜は明けない。やたらと建造物が多い東京の国道にも、街灯と月光以外の明かりはない。
車通りもなく、閑散としている。こんな光景を見ることはなかなかなくて、玄人はどうにも新鮮な心地がしていた。
そんな時、前方から車の音が聞こえる。玄人はライトと双眼鏡を取り出した。
ナンバープレートを確認する。ヘッドライトで視認しづらいが、数字さえ見えれば大体問題ない。
こちらから照らせばある程度近づいたトラックの形状や色合いは見える。その特徴をひとつひとつ確認し——そのトラックが、ターゲットであることを確信した。
そして玄人は、道路の端へ出る。反対車線側に太い電柱があるのを確かめて、彼は左拳を握り右肩にところまで持ち上げ、ひとつ深呼吸をした。
「……あん? なんだあいつ」
「夜中にキショいやっちゃなぁ」
そのトラックには確かに先の残党二人が乗っていた。だが二人は前に立つ男がかの龍崎玄人であることに気づかず、素通りしようとする。
「え? おい、あいつまさか——」
ギリギリまで近づいたところで、助手席に座る残党が気づいたような声をあげた。
しかし、もう遅い。
「龍拳は、力の受け流しに特化した護りの拳……」
玄人が呟いた。そしてトラックが自分の真横にさしかかると同時、その角に裏拳うちを叩き込む。
ゴッという鈍い音が鳴る。その瞬間、トラックが直角に右折した!
「へっ? あああああああ!!」
運転手が叫ぶ。しかしブレーキなど間に合わず、トラックは速度を落とさないまま電柱へと突っ込んだ。
ドガシャアアアアアン!
爆発じみた衝突音。トラックは前面が潰れて後方が持ち上がり、ガタンッと落ちて停止した。
乗っていた二人は即死である。
龍拳。それはいかに大きな力であろうとも受け流してしまう護りの拳で、三勇拳のなかで最も勇ましいとされる。
その力で彼はトラックを、生身で吹き飛ばしてしまった。前方に向かっていた推進力を、拳一つで右に折り曲げたのである。
「ふぅ、回収回収……」
手をはたいて、玄人は作業に向かった。
トラックの全面はひしゃげて原型を残していない。扉も半分くらい潰れており開けられたものではなく、中の死体を取り出しつつスクラップにするのはかなり面倒だろうな、と玄人は腰に手を当てて肩を落とした。
とりあえず荷台の扉をこじ開ける。
薄暗いその中には、いくつもの袋と箱が積んであった。その全てが違法薬物ならとんでもない量である。種類にもよるが、総額は一体いくらになるのか想像もできないくらいだ。
玄人は表情を変えることはなかったが、全身が強張る感覚を覚える。彼は五年前にもこの光景を見たことがあった。
たった一回の密輸でこの量の薬物を動かし、表で配送業を営む犯罪組織が運送をする。それは当時実際にあったことであり、同じことが目の前で起きている。そう言ってしまっていいはずだ、と彼は考える。
そして当時、この量の薬物を輸出した側の組織——それこそ、かのProject.Dだった。
それと同じなのだろうか。奴らが小林組に薬を売ったのか。確証はない。どうにもあのときを思い出してしまうだけでしかない。それゆえ南の報告があるまでは頭の隅に置いておこうと思い、彼はひとつ息をついて携帯を取り出した。
任務完了のメッセージにつづけて、回収用トラックの要請も事務所に送信する。次に、
——だが、その次にされていた報告を見て彼の表情は凍りついた。
そのタイミングで、携帯が震えた。見てみれば本田から電話がかかってきたようである。玄人は応答した。
「もしもし、こちら龍崎です」
『もしもし龍崎くん。作戦お疲れ様です』
「おつかれさまです、見ましたか会長、南さんの報告」
『ああ見たよ。小林組関与確定か、仕事が増えるな』
本田は苦笑を漏らす。
『しかも俺が仕留めた方のトラックには本木幸太郎が乗ってやがった。小林組の人間だ。そのうえ、奴自身も関与を認めたよ』
「……そうですか。これでようやく裏側があらわになりはじめましたね」
『ああ、ほんとにな』
本田の声は軽いようでどこか険しく、玄人も表情を暗くする。
「さらに、現場で薬物を譲渡していた外部組織は不明という報告がありますが……これも不可思議ですね」
玄人は重々しく口を開く。本田もまた電話越しに考えこむような唸り声をあげた。
「少しでも正体がバレにくくなるように施してあるみたいだな。ともあれ、すぐに今後の方針を固めていこう」
*****
ダンッ!
翌朝、小さなビルの最上階で年老いた男は机に拳を叩きつけた。
「本木が! 死んだ!? 間谷も重傷だと!?」
「は、はい。その通りでございまして……」
顔を真っ赤にして憤慨する老人に、報告をしていた男が萎縮する。その周りに立っていた者たちも皆額に汗を滲ませた。
「ふ ざ け る な!!」
バァン!
老人は両手で思いっきり机を殴り、立ち上がった。報告をしていた男は肩をびくつかせてすくみあがる。
「高瀨ぇ! 高瀨はどこだ!!」
老人は辺りを見渡しながら叫んだ。すると、奥から大柄の男がぬぅっと現れる。
「お呼びでしょうか、小林の親父」
一言発せば、辺りの空気が一気に強張る。存在自体が凄まじい気迫を放ち、立っている者たち皆萎縮してまともに頭を上げられもしない。
男はゆるりと歩みでて、老人の座る机の前に立つ。
老人——小林組組長、
「高瀨。ワシがさらに名をあげて、仙石のヤロウを超えようという最中、日異協のバカどもが邪魔をしてきおった。ヤツらを消せ! ワシの計画のために、主力を皆殺しにしてこい!!」
怒りに任せて吠える小林。それに男は能面のように無表情で応答した。
「御意。この高瀨啓治、必ずや日異協の主力を根絶やしにして参りましょう」
だがその迫力は鬼のごとし。
男の名は
そしてこの事件は、いよいよ佳境へ突入する。
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