第28話 死体は、人間じゃないもんな

 全力で100m走を走ったことのことを、ぼくはあまり覚えていないが、これほどだったかなとさえ、この大仏を見ていると思ってしまう。120m。思い出にあるあの直線とここでは20mほどしか違わないのに、なぜだろう、あれを走り切れと言われると眉を潜めてしまいそうだ。


 大仏の足元、そこから見上げると、もう首を最大まで稼働させないとその頭を見ることは不可能だった。しかも、そうすると首の皮が突っ張って、口がだらしなくあいてしまう。

 ちょうど、割葉がそんな感じだった。なにを思っているのか、無言である。ぼくはしばしその姿に見惚れ、ようやく「行くよ」と声をかけた。


「大仏には、どうやって入るんだ?」

 割葉が訊く。ぼくもよくわかっていなかったが、入り口を書かれた看板は、大仏の裏手に回っている。道もそこしか続いていないので、道なりに進んでいった。

 そして、

「…………」

「…………」

 積まれた死体を見つけた。


 ぼくの膝丈ほどまで積まれた死体の山が、いくつか、間隔を置いて点在している。男女、そして年齢関係なく。小山ほどしか高さがないのを見ると、『一撃必殺』の持ち主は背が低いのかもしれない。それか、腕力が足りない子どもか、女性。男性が疲れるのが嫌でこうしているのかとも考えてみたが、わざわざこうして積んでいるのだ。これはある種の自慢であると言っていいだろう。


 こんなに殺していると。

 こんなに残虐になれると。

 大人子ども問わず皆殺し。見る人が見れば恐怖なのだろうけど、ぼくはもう嫌悪感しか抱いていなかった。

 男児を殺すやつは、みんな敵だ。


「これ、『一撃必殺』がやったのかな」

 死体の一つに歩み寄りながら、割葉に問う。もう放置して短くないなのだろう。死臭が酷い。だが、これぐらい、二年前に比べたらどうってことなかった。あの混乱時は、もっと酷かった。処理できなかったのだ。各々が生きるのに必死で、死んだ人のことなど構っていられなかった。人間でなくなった人間など、もうどうでもよかった。

 そんな時を経験したからだろう。死体を見るのも、そして触るのも、すっかり感覚が麻痺してしまっている。「ねえ?」と投げかけると、割葉は遠くから、「かもな」と言った。

 苦悶に満ちた表情だった。悲しんでいるのではない。その顔は嫌悪に似ていた。『一撃必殺』を恨んでいる顔だった。


 そして、死体にも、同様の視線を投げかけていた。


 ああ、そうか。と思う。

 ――死体は、人間じゃないもんな。


 ここまで完全に割り切れるのにある意味感心しながら、ぼくは死体のひとつを観察する。肉。それと、ぶよぶよしたもの。それ以外の感覚はなかった。

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