影踏みは暗中飛躍する

 それ以上の話は明日また、ということで、わたしたちも帰された。


「見習いは、クラゲンさんの話はどこまで本当だと思う?」

「そうっすな。……意外と、全部本当なんじゃないすかね?」

「龍級生物ってのも?」

にわかには信じ難いっすが、色々聞いたあとで本人がそう言ってんなら、そういうことも有り得るかもなぁ、とは思いますかね。……もっと変なやつも、すぐ近くにいるんで」


 トレイシーのことね。彼も中々つかみどころがないよね。クラゲンさんとは別の方向性で。


「じゃあ、クラゲンさんのことは信用できると思う?」

「難しい質問っすな。俺としては、信用してもいい人なんじゃないか、とは思ってます。今回の仕事をリスクなくやれるか……もとい、挑戦が全く無駄にならんかどうかとかは、また別の話っすが」


 わたしは判断に困ったけど、見習いが信用してよさそうだって判断したなら、わたしもそっちに寄っておこうかな。トレイシーの見解も、また聞いておこう。


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 見習いと一緒に、夕暮れの街を歩いていると、朝の広場のざわつきが、今度は街全体を包んでいるように感じられた。何となく噂好きそうな雰囲気の人に、声をかけてみよう。


「こんにちは。不安そうですけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、旅の人か。こんにちは。……大丈夫なもんか。昨日の夜、この街で殺人があったのは知ってるかい? 今日もまたあったみたいなんだよ。それも、ね。街の外ならともかく、街中での殺人なんて、昨今じゃまず聞かないってのに」


 なるほど。不安にもなるよね。日中は手を出せなかった、というわけじゃないって、本当に言ってた通りだったんだ。


「その話、詳しく聞いてもいいですか?」

「いいよ。最初は、露天商の姉ちゃんにちょっかいをかけてた奴が死んだ。いきなりうめいて倒れ伏したと思ったら、背後から急所を突かれて死んでたんだ。人通りが多かったのもあって、誰がやったのかは分からなかったらしい」


 普段から本当にごろつきなんだなぁ、あいつら。


「その次は、気弱そうな新米冒険者に絡んで、路地裏に連れ込んだ奴が死んだ。路地裏から凄い悲鳴が聞こえてさ。駆け付けた奴が見てみると、へたり込んだ冒険者のかたわらに、ガラの悪い兄ちゃんの死体があったんだと。同じように、背後から急所を一突きされてたんだってさ。詳しく話を聞いてみても、『わからない、誰かに殺された』としか言わなくてね。とはいえ、目の前で見てただろうし、守られた恩でかばってるのかな、とも思ったけど」


 それだけ聞くと、正義の味方かなんかにも思えるね。


「そこまでだったら、だいぶ過剰気味とはいえ、悪いことをした奴に対して、義憤で私刑リンチをやってる奴がいるのかな、でもよかったけどね。……その後、街の広場で騒ぎ立てて、警戒態勢を取り始めた連中がいてね。五人くらいだったか。あんまりにも狼狽してて、近寄るのも危なそうな雰囲気だったから、みんな遠巻きに見てたんだよ。あたしもね。……そしたら、みんなが見てる目の前で、その中の二人が死んだ。一人は頭に尖ったものが刺さって、もう一人はみんながそれに気を取られてるうちに、やっぱり背後から急所を突かれてた」


 がっつり注目されてる状況でも、一切正体がバレないように殺せるって、なんかもうヤバいね。凄腕の暗殺者かな?


「それを見て、えかねて逃げ出した、もう一人が死んだ。その時、一瞬だけ、がそいつの後ろに見えたんだよ。でも、その正体は誰にも分からなかった。……そうして、昼過ぎからのごく短時間に、五人も殺された。犯人はたぶん、全部同じ奴だろうって見立てだ。誰が言い出したか知らないけど、そいつは『影踏み』って呼ばれるようになった。……正体不明の怪物に、影を踏まれて殺されるんだ、ってね」


 いつの間にか二つ名までついてるし。わたしも、なんか格好いい名前で噂されたいな。『ごみ拾いガベージコレクター』とかじゃないやつ。


「怖いですね。聞く感じだと、今のところはちょっと悪そうな人が狙われてるんでしょうか?」

「どうだか。狂った殺人鬼の考えなんて、わかるもんか。……何にせよ、あんたらも気を付けたほうがいいよ。しばらくは、あんまり外を出歩かないほうがいいかもね」

「そうですね。ありがとうございます」


 挨拶をして、その場を去る。十分に距離が離れたとき、見習いが声をかけてきた。


「半端ねえっすな、あいつ」

「なんのことかな。わたしは、犯人が誰か、なんて知らないよ? 見習いはなにか知ってるの?」


 状況から推測はできても、証拠はないでしょ。決めつけるのは良くないと思うな。


「……まぁ、確かにそうっすな。想像通りではあるんでしょうが。その『影踏み』に関する証拠は今のところ、被害者の傷痕きずあとと、頭に刺さったっていうものくらいっすかね」


 なるほど。確かに、そこに証拠が残ってる可能性はあるか。


「ちょっとその現場に行ってみてもいい?」

「犯人は現場に戻る、ってやつっすか?」

「犯人じゃないよ! 失礼な!」

「いや、そういう意味じゃなく……。くだんの犯人でも探してるのかなと」


 あぁ、そっちね。別に犯人は探すつもりなかったよ。現場の状況を見たかった、ってだけで。


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 広場には衛兵さんたちが何人かいて、そこにはトレイシーの姿もあった。人通りは、かなりまばらだ。時間帯の都合もあるだろうけど、やっぱり事件の影響も大きいんだろうな。


「あれ、ナズナと兄さんじゃん。クラゲンさんとは仲良くなった?」

「おかげさまでね。トレイシーは、あれから何してたの?」

「観光。街の中をぶらぶらしてたよ」


 これもまた本当なのかどうかはわかんないけど、嘘はついてなさそうだね。確かにトレイシーの性格なら、掃除そのものを目的に、外を出歩いたりはしないか。あくまでも、ついでなんだね。


「また殺人があったんだってね。それも、結構いっぱい。トレイシーはなにか知ってる?」

「そりゃあ、もちろん知ってるさ。あの後、ずっと街の中で散策してたんだから。物騒なことをする奴もいたもんだな、って思ってるよ」


 相変わらず、他人事みたいに言うね。もちろん、本当に他人事っていう可能性もまだ残ってはいるんだけど。まずありえない、ってだけで。


「ね、怖いよね。……トレイシーは、この広場であった殺人は見てた?」

「ああ、『悪漢兵衛ローグライク』の連中が騒いでたやつだろ? もちろん見てたよ、その場で」


 はぐらかしたりもしないんだ。その場で、どういう立場で見てたのかは、想像通りなんだろうな、きっと。


「一人だけ、他の人とは違う方法で殺されたらしいんだよね。それも知ってる?」

「そうだね。どこからともなく何かが飛んできて、一人の頭に刺さったんだ。だけど、から、何が刺さったのかを把握してる人は、誰もいないかもね」


 わたしが何を確認しに来たのか、もやっぱりバレてるね。心を、というよりは、聞こうとしている意図を見抜かれてるのかな?


「ふーん……? 誰か……例えば犯人とか、その協力者がこっそり回収したのかなぁ」

「どうだろうね。、とかかもしれないし」


 魔力で練られた、亜物質とかってこと? だとしても、勝手には消えないと思うけど。トレイシーだったら『探索者の短剣ダウザー』の黒刃くろばを使ってそうな気がしたし、あるいは、黒刃がそういうものなのだろうか。


「なるほどね。最近物騒みたいだし、そろそろ宿に帰らない?」

「そだね。明日に備えてゆっくりしようか」


 意外と素直だね。もうちょっと別行動して、全部済ませてから帰ってくるのかと思ってたけど。


「でも、『悪漢兵衛ローグライク』の連中、まだ何人か生きてるんだっけ。大丈夫なのかな? あんなやつら、別にどうなってもいいとは思うんだけどね」

「そうだねえ。ま、おれの予想だと、だろうさ。噂の『影踏み』ってやつが、標的を逃すとも考えられないしね」


 狙われてるのは確定してる、って口振りだね。


「トレイシーは、その『影踏み』が狙ってるのは『悪漢兵衛ローグライク』の連中だって確信してるんだ?」

「まあね。今のところ、被害者は全員そうなんだし。ナズナもそう思うんだろ?」


 そうだね、その通り。それじゃ、帰ろうか。

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