錯綜する思惑、揺るぎなき目的

「クラゲンさん! この球コロ野郎は信用しないほうがいいぜ! この街で殺人があっただろ!? こいつがその犯人だ! こいつ、俺たちの『目玉』を潰しやがったんだ!」


 冒険者団『悪漢兵衛ローグライク』のリーダーは感情的に叫んだ。

 名前もさっき改めて聞いたけど、別に名前で呼びたいってわけじゃないんだよね。トレイシーが「別に知りたいわけじゃない」と言った気持ち、今更わかった気がする。


「ええー? 何を証拠にそんなこと言うのさあ」

「気付かれてねえとでも思ってんのか! このタコ!」


 暴露されちゃったね。事実無根の中傷ならともかく、多分普通にやってるしなぁ。

 これで信用を失っちゃったら、流石に仕事には参加できないかもしれない。まぁ、そうなったらなったで、また別のことを探せばいいんだけどね。


「ほーん。?」

「それで、って……いや、出せる証拠はねえんですが、こいつがその犯人なのは間違いねえんすよ!」

「ふーん。? ……君、なんか勘違いしとらんか? わては仕事を一緒にやる仲間を探しとるだけや。ふつーの善良な一般市民ならともかく、街中で惨めったらしく無様ブザマに死ぬような、最ッ高にダサい無名むかち冒険者アホのことなんぞ、本当ホンッッマにどうでもええねん。なんの因果で死んだか知らんけど、それにわてが関与する義理あるか?」


 まぁ確かに、それはそう。クラゲンさんはクラーケの街の有力者ではあるかもしれないけど、衛兵さんでもなんでもないしね。


「信用できるか、うたな。相手が信用に足るかどうかなんて、実際接してみいひんと分かるかい。それともなにか? 妙ちくりんな得体えたいの知れん生物イキモンと、そこらのはがねの冒険者なら、はがねの方が無条件に、それも明確に信用に足りますぅ、て言いたいん? アホうとんとちゃいまっせ。寝言は寝てからうもんやで? わかった?」


 そうだね。もちろん、等級の問題でもない。ラグナ級の冒険者の言う事なら無条件に信じられるってわけではないし、トレイシーの言うことが信用に足りないわけでもない。特に、よく知らない人と関わるときは、ちゃんとそこを弁えないとね。


「……後悔するぜ、クラゲンさんよ」

「後悔を恐れて冒険なんぞ出来るかい。今更やな。……これは余計なお節介やけどな。『風食かざはみ』は別に、お前らの友達やないぞ。あてに出来る、とは思わんほうがええ。お前らがどうなっても、わては気にせん。それは、イブキも同じことや。命を大事にすんなら、ちゃんと自分の力でなんとかせえよ」


 クラゲンさんは、トレイシーを尻目に言った。トレイシーが例の事件の犯人だって事実は、言われる前から既に把握してたのかもしれない。


「なぁ、トレイシー。わかっとるやろな? 目の届かんとこでなら好きにすりゃええけど、わての目論見を邪魔するつもりなら、容赦はせんぞ」

「大丈夫、そのくらいは弁えてるよ。だから、ちゃあんと大人しくしてるだろ?」

「せやろな。ま、取り敢えず『浪漫の探求者ロマンチェイサー』の面々は居残りな。もうちょい親交深めようや。『悪漢兵衛ローグライク』の君らは先に帰り。仕事やる気あるんやったら、また明日話そな」


 わたしたちだけ居残りさせられた。親交を深めるって言ってたけど、実態はお説教かもしれないね。あるいは事情聴取かもしれない。


----


「……これでよし。これくらいはハンデやらんと、あいつら造作もなく殺されるやろしな。ナズナちゃんは言いたがらんかったけど、トレイシーは話してくれるよな? お前のそのを教えてや」


 やっぱり気付いてたんだ。トレイシーはそんな素振りは見せてなかったと思うんだけど、いったいどこで判断してるんだろ?


「大したことじゃないんだけどね。ナズナ、話してもいい?」

「いいよ、別に。わたしは思い出したくもなかったから言わなかったってだけだし」

「じゃあ、話そう。この前、ダンジョンに行ったときに、あいつらに絡まれたんだよね。その時に兄さんがいわれもなくぶん殴られたから、お返しに全員ボコボコにしてやったんだ。リーダーは確実にぶっ殺したけど、他のやつが生きてたかは、興味なかったから正確には覚えてないな」


 確かに、そんな感じだったね。死んでたのはリーダーだけじゃないかな? わたしもちゃんと確認したわけじゃないけど、多分ね。


「……はぁ? つまり、妖霊フェアリエ級の冒険者相手に、せいぜい蒼銀アズリル止まりの有象無象どもが突っかかったってか? や、んなもん。……えらい舐められとんなぁ、ナズナちゃん」

「その時は、相手の方が多かったから……」

「関係あるかい。別にナズナちゃんなら、今日のカスどもくらい、全員まとめてかかってきたって余裕でれるやろ」


 ……いや、流石に難しくない? そんな簡単なことじゃないと思うんだけど。


「それか、力が出せんかった理由でもあったんか? ……もしそこのを守るためやった、とか言うんなら、素直に縁切る方がええんちゃう?」

「それは嫌」

「あっそ。即答かい。……ま、好きにしたらええわな。なぁ、そこの腰抜け。こんな可愛いにただただ守られて、足引っ張るだけって、恥ずかしないん? それでも君、冒険者?」


 見習いは歯噛みして俯いている。むぅ。言わんとしてることはわかるけど、人それぞれペースってものがあるんだから、できるだけのことをすればいいじゃん。見習いだって、頼りになるところはあるんだから。それを知りもしない人に、馬鹿にされたくない。


「ほんで? その場で報復したなら、別にそれで手打ちでもええんちゃうの? まだ何かあるんやろ? 全部隠さずお兄さんに話してみ?」

「うん。ずっと絡まれてるのも鬱陶しいから、その時に警告しといたんだよね。『また関わったら殺す、それ以降は見かけ次第殺す、何回も目に入るようなら擦り切れるまで殺し続ける』ってね。その後すぐに、あいつらの差し金で『風食み』に絡まれたから、面倒だけど有言実行しなきゃなあ、ってさ。そんだけだよ」

「あぁ……な。合点がいったわ。そら、あいつらが悪いわな。大した能力もない凡百の分際で、身の丈もわからんまま増長して、喧嘩を売るべきやない相手に喧嘩売ったか。完ッ全に自業自得やな。ご愁傷さん、って感じやわ」


 うーん。話は分かってくれる人、なのかなぁ。掛け値なしに味方ってわけじゃないんだろうね。もちろん友達ってわけでもない、まだ請けてすらいない仕事の依頼主だから、当たり前ではあるか。


「事情はわかったけど、わての意向は変わらんで。取り敢えず、わての見とるとこで殺すのは許さん。見てへんとこでなら、どう殺そうが、そら別にええわ。ただ、街中でんならバレんなよ。当たり前やけど、擁護はせんからな。……ついでにもう一つ、絶対に

了解イエス!」

「ええ返事や。それが返事だけやないことを祈るわ。ほな、行ってよし」


 トレイシーはさっさと行っちゃったね。きっとに向かったんだろうな。それにしても、さっきは無名の冒険者がどうなろうと知ったことじゃない、みたいなことを言ってたはずなんだけど。どっちが真意なんだろ?


 一足先に退散するトレイシーを見送ったクラゲンさんは、溜息をついて呟いた。


「……異界の問題児、ねぇ。ラグナじゃないなら、どう考えてもシェンやろ、あいつ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る