孤狼と狐群と正体不明

「なんや、君ら、知り合いか? 依頼主クライアントの要求を予想して、予め声をかけといてくれるなんて、中々気が利いとんねぇ。感心するわ」


 クラゲンさんは感心した、という態度で反応している。どう考えても、そうじゃないことは把握しているだろう。この人の表面上の言葉は信用ならない。


「クラゲンさんよ、そんな無能の雑魚どもより、俺らの方が役に立つぜェ?」

「んー、そうなん? ……ま、今回は誰でも歓迎や。数が多いんは嬉しいで。別にどっちかしか要らんってことないから安心しいや」


 また嫌がらせに来たのかな。本当に暇な連中。

 ……わたしたちの動向が筒抜けになっていたのか、それともわたしたちとは特に関係ない情報収集の結果、たまたま同じヤマに乗りかかっただけなのか。どうなんだろう。


 ――どうだろうね。もしかしたら、別の意図があったのかもよ。


 ふと、今朝のトレイシーの言葉が思い出された。殺害されたのは『悪漢兵衛ローグライク』の下っ端のはずで、実際に殺害されるまでに、時間の猶予があった。仮に想像通り、殺害された人が彼らの情報源だったなら、彼らがここに来たのには、少なからずトレイシーの意図が絡んでいる。


(まさか「一緒に仲良く仕事しよう」なんて思ったわけじゃないだろうしねぇ……)


 仮にそうだとしたら、下っ端を殺してる意味がわかんないしね。


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「使いっ走りの子がまだ戻ってきとらんけど、折角やし自己紹介してもらおかな。等級ないやつは除外するとして……って君ら、等級持ち少なない? 妖霊フェアリエまで行くと珍しいんはわかるねんけど、普通の冒険者団ってそんなもんなん?」


 ……どうなんだろ? 高位の冒険者ほど、あんまり群れない傾向がある、ってのは知ってるけどね。

 わたしはメタル級に認定された時点から、ほとんど単独で活動してたとはいえ、それが普通なわけでもないだろうし。


「まぁ認定されてないだけ、みたいなやつもるからな。ごくたまにやけど。気になるやつは後から指名しよか。それじゃ、等級順な。わてはクラゲン。うてみんな知っとるやろ? 次、妖霊フェアリエ級のお姉ちゃんな」


「はい。『浪漫の探求者ロマンチェイサー』のナズナです。よろしくお願いします」

「まぁた堅ッ苦しくなっとるやん。ごめんて、ナズナちゃん。……次、そこのいかついあんちゃん」

「おう。『悪漢兵衛ローグライク』団長、豪腕のゴン・タックレイ様だ。蒼銀アズリルの冒険者よ。荒事は俺らに任せときなァ」


 あぁ、そんな名前だったっけ。当たり前だけど、悪漢太郎じゃなかったね。

 興味はないから、また忘れそうだ。関係良好ならまだしも。


「ほーん。頼もしいなぁ。えらいええ斧持ってはるやん。他は……まぁ、えっか別に。今のところ気になるようなやつはらんし。名乗り出たいやつがれば勝手にどーぞ」


 そんな露骨に「俺は聞かないけどね」みたいな感じで振られて、実際に名乗り出る人いないでしょ。


「じゃ、一旦ええな。ところで君ら、何か確執ありそうな感じやけど、そのへんわてに聞かしてくれん?」

「野次馬根性丸出しじゃん。わたしは遠慮しとく」


 こいつら絡みのことって基本的に不快だから、思い出したくもないんだよね。


「ま、普段から仲良くしてるよなァ? ナズナぁ。……ああ、そういや『ごみ拾いガベージコレクター』の雑魚ども、ついこの間『風食かざはみ』の旦那にボコられたんだってな? 大変だったなァ」


 その話、もう終わったよ。あんたらが来る前に。


「イブキは相変わらず困ったやつやね。それが武人のさがってやつなんかな。堪忍したってな、ナズナちゃん。別に許したる必要はないけど」

「身の程も弁えねえで、調子に乗ってたこいつらがわりィんだよ。これに懲りたら、しっかりと反省しなァ? おめえが誠意を込めて詫びに来るってんなら、俺達は許してやらァ。考えとけよ」


 超ムカつく。元はと言えば、あんたらが悪いんでしょうが。

 報復くらい、自分たちの力でやろうって思わないの? 卑怯者。


 クラゲンさんは、不思議そうな声で質問した。


「ふぅん? 豪腕はんは、冒険者としてアレと一戦交えるんは、ほまれやとは思わへんの?」

「戦う必要もねえんでね。俺らと『風食み』の旦那は仲がいいんだ。……だから、クラゲンさんも、あんま調子に乗らないほうがいいかもしれないぜェ?」

「おお、こわ。ま、留意させてもらいましょ。けしかけられてもかなわんわ」


 発言こそ弱腰な感じに聞こえるけど、態度を見ると全く興味なさそうだね。クラゲンさんが『悪漢兵衛ローグライク』を見る、その視線には見覚えがある。『風食み』がわたしたちの事を見ていたときの、あの目だ。相手の存在には興味がなくて、そこにある、そんな感じ。


 居心地の悪い空気に辟易していると、


「ただいまあ。取り敢えず『蛮勇士団バルバリーブレイバーズ』と、街中の冒険者の人たちに声かけてきたよお。でも、来てくれるとしても、移動には時間かかるだろうね。おれほど早く走れる人は珍しいだろうし、準備にも時間かかるだろうからね」


 トレイシーの、いつも通り呑気な声が聞こえてきた。なんだか安心しちゃうね。


 ……は? いや、いくらなんでも早過ぎない?


「おう、おかえり。予想通りに予想外やな。どんな魔法ペテン使つこたんや?」

「そりゃあ教えられないなあ。おれ一人でいる時だけの、秘密の方法さ。見られてると出来ないね」


 その口振りから察するに、クラゲンさんの予想通り、転移術の巻物スクロールを使ったわけではないらしい。実際のところ、転移術を使っていたとしてすら、この早さはおかしい気もするんだけど。


「て、てめえ……! 出やがったな! 球コロ野郎!」

「あ? なんだね君たちは。随分と失礼な物言いをしてくれるじゃん」

「ハァ!? おい! 俺らのことを忘れたとは言わせねえぞ!?」

「なんでおれがいちいちを覚えてなきゃいけないんだよ。そういうセリフは、せめて名乗ってから言えよなあ、まったく。……はいはい、わかりましたよ。はあい、悪漢太郎さん。ごきげんいかが? これで満足? ……ああ、めんどくさ……」

「この野郎……! ブッ殺してやるからな!」


 きっちり挑発もしてるし。でも、本当に面倒臭そうにしてるね。

 一応は蒼銀アズリル級の冒険者なんだから、普通は「名無し」とは言わないんだけど、これは例のダンジョンで名乗りそこねたことに対する揶揄か。


 一触即発となった空気の中、クラゲンさんは手を叩いて制した。


「はいはい、そこまで。我々、一緒に仕事しよってことで集まっとんねんで? 忘れてもろたら困ります。喧嘩は後にしとき」


 たとえ確執があったとしても、一緒に仕事をするかもしれない相手なら、依頼主の前で態度を取り繕うくらいはしろ、ということだろう。返す言葉もないね。わたしは比較的マシな方だったんじゃない?


「そう、君よ君。認定のない異端者イレギュラー。球のあんさん、そろそろ名前教えてんか」

「はあい。『浪漫の探求者ロマンチェイサー』の新入り、トレイシー・サークス。面白そうなものを探すのが趣味。よろしくねえ、クラゲンさん」

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