第3話 呪いの証明と、信頼という刃

 街の門が見えてきた瞬間、リーナが唐突に叫び声を上げた。


「やっと帰ってきたーっ! 文明!! 砂糖! ベッド! 風呂!」


 革鎧をばさばさと揺らして、両腕を振り回しながら跳ね回っている。あれだけ疲れた疲れたとぼやいていたはずなのに、このテンションはどこから来るのか。


「腹も減ったし、甘いものとしょっぱいもの、両方食べたい! できれば同時に!」


「それって……ようするに甘塩っぱい何かだよな」


 横でガルザンが、肩に担いだ斧を調整しながら軽く笑った。


「アタシはまず肉! 次に飯! んで最後に……もう一回肉!」

「胃袋どうなってんの、あんた……」


 レオンはその様子を少し後ろから眺めながら、心の中で小さく笑う。


 街を目前にして、緊張が一気に緩むのは当然だった。任務は無事に終え、危険区域も抜け、補給と休養が得られる拠点へ帰ってきたのだ。リーナやガルザンのはしゃぎぶりが、そのまま安心の証明だった。


 ――そんな賑やかな声を背に、レオンは街並みに目を向けた。


 門の上に掲げられた紋章、見慣れた石造りの壁、にぎわう往来の人々。商人の声と獣の鳴き声と、あらゆる生活音が混じる音の奔流が、ここでは当たり前のように流れていた。


 この喧騒が、妙に懐かしく感じられるのが不思議だった。


「やっぱり、戻ってくると落ち着くな。雑踏の音も、空気の臭いも」

「……人が多い場所は苦手だけどね」


 隣を歩いていたマルヴェインが、静かに応じる。


 彼女はいつも通り淡々としているように見えたが、足取りはほんのわずかにゆっくりだった。レオンの歩幅に合わせているのだと、言わなくても分かる。


「呪いに関しても、ここなら情報が手に入るかもしれない」

「ああ。本気で動かないといけない頃合いだな」


 そう言いながらも、どこかで“まだ確信が持てない”という気持ちも残っている。


 異変はある。確かに魔力の流れはおかしい。だが、それがユウトの仕業だと断言してしまえば、自分の中にあるわずかな“迷い”を捨てることになる。


 レオンは、無意識に手のひらを握った。


「レオンー! 正論とかで止めないでよね!? 絶対寄り道するからね!? 三軒スイーツ屋ハシゴするからな!?」


 リーナが遠くから叫んでくる。もはや街の門番が苦笑しているのもお構いなしだ。


「言ってないぞ、まだ」

「先手打っとくの!」


 リーナの奇妙な論理に、レオンはふっと肩の力を抜いた。


 思えば、こういうふざけたやりとりも、今のこの空気も、ユウトがいた頃にはなかったものだ。


 ガルザンが笑いながらリーナの頭をぽんと叩き、


「こいつ、糖分が切れると壊れる仕様らしいからな」

「うるさい! 私は砂糖と尊厳でできてるんだ!」


 街の喧騒に溶けていく仲間たちのやり取りが、今はやけに心地よかった。


 マルヴェインがちらと横目でレオンを見た。


「疲れているなら、宿で少し休むといい。診断を受けるのは、その後でもいいだろう」

「いや、後回しにして悪化したら笑えないしな。先にギルドを済ませてからでいい」

「君の“笑えない”基準、少しズレてるよ」

「……自覚はある」


 マルヴェインの口元が、ほんのわずかに緩んだ気がした。


 いつも通りのやり取り。何でもない一言。だけどそれが、少しだけ、救いになる。


 街の門をくぐった瞬間、懐かしい土の匂いと焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐった。


 リーナが嬉しそうに鼻を鳴らしている。ガルザンは腕を組んで「さーて、まずは肉か」とつぶやいた。


 レオンは、その全てを見渡すように一度視線を巡らせ、ぽつりと呟いた。


「……悪くないな。こういう時間も」


 その声は誰にも聞かれなかったが、かすかに笑みを含んでいた。



 冒険者ギルド──それは、冒険者たちにとって酒場以上、宿屋未満の“日常”だった。


 酒臭い空気、擦り切れた掲示板、受付窓口の硬い木製カウンター。何も変わらない光景だが、戻ってくるたびにどこか安心する。


 レオンは扉を開けながら、ほんのわずかに鼻を鳴らした。湿った木材とインク、皮装備の匂いが混じった、いつものギルドのにおい。――自分が今“日常”に帰ってきたことを実感する、分かりやすい目印だった。


「おかえりなさーい、マルヴェインさん~」


 受付の奥から、どこか浮いたテンションの声が飛んできた。声の主は、この支部で顔なじみの受付嬢・セリア。赤いスカーフに金のピアスが揺れている。


 相変わらず明るいが、妙に目ざといことで定評のあるタイプだ。


「例の渓谷のリザードマン掃討任務、完了でいいの?」

「完了した。報告書も書いてある。これと、討伐証」


 マルヴェインが淡々と手渡すと、セリアは「了解っ」と元気よく受け取る。慣れた手つきで確認を始めたが、ふと何かに気づいたように手を止めた。


「……あれ? 五人じゃなかったっけ? 今回、四人?」


 空気がほんのわずか、ピリついた。


 レオンは喉の奥に言葉が詰まる感覚を覚えたが、マルヴェインが迷いなく口を開く。


「ユウトは除隊した。理由は報告書に記載済み。装備一式も返却済み。カードも封印処理済み」

「あ、ああ、そっか……ごめん、うっかりしてた!」


 セリアはすぐにバツの悪そうな笑みを浮かべて頭を下げた。


「うちの書類にも、ちゃんと“追放処理”として記録しとくね。トラブルにならないように、証拠用の控えも出しておくから、しばらく待っててくれる?」


 そう言ってバックヤードに引っ込んでいくセリアを見送りながら、リーナがぼそっと呟いた。


「……ちょっと、やっぱり胃にくるな、こういうの」

「だな。……でも、やらなきゃいけねぇことだったろ」


 ガルザンの低い声は、いつもより少しだけ硬い。


 レオンは何も言わなかった。ただ、マルヴェインが一歩前に出て、カウンターの上に報告書を整理して置くのをじっと見つめていた。


 それから数分。


 戻ってきたセリアは、手に厚めの書類の束を抱えていた。


「お待たせ~! 報酬は既に計算済み。総額はこちらで、物資分と予備金はリーダーのマルヴェインさんが管理でいい?」

「問題ない」

「オッケー。それからユウトさんの追放処理についてだけど、こちら側にも証明用に記入してもらわないといけないから……はい、これが処理台帳。署名欄は四か所ね」


 セリアがバサッと広げたのは、見るからに面倒くさそうな紙束だった。


 リーナがその書類の厚みを見て、ぎょっと目を見開く。


「えっ……なにこれ……こんなに書くの……?」

「うち、意外と事務手続きちゃんとしてるんだよ~。証拠主義だからさ」

「もしかして、これ全部手書き!?」

「手書きだよっ! ちゃんと冒険者らしく!」


 リーナがげんなりした顔でペンを取った。


「うっそ……文明に帰ってきたと思ったのに、まさかの筆ペン地獄……」

「リーナ、お前“文明”の定義おかしくないか?」

「レオンも書け! 今回あんたも当事者でしょ!」

「俺の筆跡、ギルドの人が解読できるとは思えないが……」

「はいはい、黙って書いて~!!」


 カウンターの前で広がる小競り合いに、セリアがクスクスと笑っていた。


「やっぱいいパーティーだね、あんたたち。……一人いなくなっても、こうやって笑っていられるってのは、すごいことだよ」

「……嫌味か?」


 ペンを走らせていたレオンが、わずかに眉を上げてぼそりと返した。


 その一言にリーナが「ちょ、やめて! 空気重くなる!」と慌てて突っ込み、ガルザンが「まあまあ、そりゃ言いたくもなるわな」と苦笑する。


「ち、違うよ!? 全然そういう意味じゃないってば!」


 セリアが手を振って必死に否定する。


「ほんとに、本当に褒め言葉のつもりだったの! 変な言い方になったかもだけどさ……空気がピリピリしてないっていうか。あんたたち、ちゃんと前見て進んでるって感じがしたんだよ」


 その言葉に、レオンは一瞬だけ黙ったままセリアを見つめたが――やがて、ふっと口元を緩めた。


「……まあ、そう言ってくれるなら、ありがたく受け取っとく」

「でしょー? 素直に受け取った方が可愛いってば」

「可愛い言うな」


 書類の山にうんざりしつつも、どこか和やかな空気が戻ってきた。

 そうやって、レオンたちはまた一歩、次の課題へと進みはじめていた。


 ギルドの地下に設けられた医療室は、冒険者専用とは思えないほど清潔だった。


 木材と白布の匂い。棚に並んだ薬草と試薬の瓶。低く設計された天井が、逆に落ち着きを与えている。

 診断用の魔導器具がいくつか並んでおり、その中心には診察台が据えられていた。


「横になって、楽にして。すぐに終わるからねー」


 そう言ったのは、白衣姿の医術士――エリシア。年齢は三十代後半くらいだろうか。淡い緑髪をひとつにまとめ、手際よく魔具を操作していく。


 レオンは診察台に仰向けになりながら、天井を見上げた。


 どこか遠くにいるような感覚。ほんの少し前まで、魔力の乱れを“勘違いかもしれない”と思っていた自分が、今はこうして正式な診察を受けている。


 目を閉じ、息を吐く。


(ここで何も出なければ、それはそれでいい。……けど)


「じゃあ、魔力の巡りを測るわよー。力は抜いて。息はゆっくり吸って、吐いてー」


 エリシアの手元で、測定用の魔具が淡く光った。レオンの体内の魔力が反応し、天井の結晶板に、まるで脈動するように線が浮かび上がっていく。


 視界の隅に、マルヴェインが立っていた。


 彼女は何も言わず、ただその線を見つめている。静かだが、確かに鋭い気配をまとっていた。


「ふむ……ふむふむ……うん……あ~……うわ……」

「不安な声出すな」


 レオンの苦情に、エリシアが申し訳なさそうに肩をすくめる。


「ごめんごめん。ちょっと想像より複雑だったからさ。……こりゃ間違いなく、“呪い”の痕跡だね」

「やっぱり、か」


 マルヴェインが小さく呟く。


「でもただの呪いじゃない。これ、構造がすっごい入り組んでる。しかも、見えにくいように意図的に“擬態”されてる。痕跡そのものが“隠されるように”作られてるわ」


 エリシアは指を鳴らし、もう一つの魔導具を起動させる。今度は青白い光がレオンの胸元を中心に流れ出す。


 レオンは何も言わずにそれを受け入れていた。


 マルヴェインが少し前に出て、問う。


「この呪い、発信源を辿ることは可能?」

「……うーん。正直言うと、難しいわね。これ、たぶん“術者が直接位置情報を遮断してる”タイプのやつ。痕跡をたどろうとすると、逆に“受診側”が罠にかかるような仕掛けもあるかもしれない」

「つまり、探ろうとするとリスクがある?」

「その通り」


 レオンは黙って聞いていた。


 確かに、自分の中の魔力はどこか“鈍く”、熱量を失っていた。だが、こうして言葉で確認されると、いよいよ現実味を帯びてくる。


「治療は……可能か?」


「可能。ただし、相当な費用がかかるわ。高位神官に依頼するか、もしくは専門の呪術師を雇うか。どちらにしても、ギルドの補助を受けるには正規の依頼申請と審査が必要になる」

「費用の目安は?」

「ざっくりだけど……最低でも金貨三桁。下手すりゃもっとね」

「高っ……」


 レオンは思わず呻いた。


「それだけリスクが高いってこと。下手に触れたら、呪いが活性化する可能性もあるしね。むしろこの状態で“まだ影響が軽い”のは奇跡的なくらいよ」


 マルヴェインが小さく頷いた。


「……呪いの目的は、戦力の低下。派手に暴れさせるより、静かに削っていく方が厄介というわけか」

「うん。そう見て間違いないと思う」


 診断が終わったあとも、レオンはしばらく黙っていた。


 呪い。確定。進行中。解除困難。費用高額。


 その単語の並びが、心に重くのしかかる。


「……ありがとな。診断、助かった」

「こちらこそ。気をつけてね。呪いは心にも染み込むから」


 エリシアの声は、どこか優しかった。


 医療室を出たあと、マルヴェインは静かにレオンの隣を歩いた。


「今夜、対処法を整理する会議をしよう」

「……ああ。頼む」


 夕食を終えたテーブルの上には、空になった皿と、マルヴェインの手元に並べられた数枚の紙だけが残っていた。

 宿の一室に集まった四人の空気は、日常の延長にしては少しだけ、緊張が混ざっていた。


「そろそろ話しておくべきだと思う」


 マルヴェインの静かな声に、リーナとガルザンが顔を上げる。


「……実は、レオンに“呪い”がかけられていた。ギルドの医術士に診てもらって、確認済みだ」


「……えっ?」


 スプーンを手にしたまま固まっていたリーナが、目を見開く。


「いつから!? 誰にやられたの!? 嘘でしょ……!」

「おそらく、ユウトだ」


 レオンが静かに口を挟む。


「アイツが去り際に吐いた“後悔してもう遅い”って言葉が、ずっと気にかかってた。最初はただの不調かと思ってたけど……今日、正式に診断を受けて、呪いだと分かった」


 ガルザンが深く息を吐きながら、テーブルに手を置いた。


「なんで今まで言わなかった?」


 その問いに、レオンは短く答える。


「すぐに“呪い”と断言できるだけの確証がなかったからだ。曖昧な段階で不安だけ煽っても意味がないと思った。でも今日、確定した。だから、今話してる」


 リーナはしばらく無言でレオンを見つめたあと、小さく頷いた。


「……うん、わかった。でも次からは、迷った時点で相談して」

「了解」

「“呪われました”って報告、遠慮なくしていいからね!」

「それ、そう何度も言うことか……?」

「案外あるかもしれないじゃん?」


 少しだけ空気が和らいだ。

 ガルザンも一度だけ鼻を鳴らすと、腕を組んで静かに言った。


「ったく、ユウトの野郎……嫌がらせも陰湿だな。置き土産がこれとは」

「それに対応するには、ちゃんと手を打つ必要がある」


 マルヴェインが手元の書類を広げ、再び話を進める。


「呪いの対処法は、大きく分けて三つある」


 皆の視線が自然と集まる。


「一つ目。王都の神殿にて、高位神官に“祓い”を依頼する方法。効果は高い。だが費用も高額で、最低でも金貨三桁は必要だ」

「財布が爆死する額だね……」

「二つ目。呪術師に依頼して、呪いの術式を逆探知し、術者を特定する方法。成功すれば報復も視野に入るが、リスクは高く、術者の腕前にも左右される」

「で、三つ目が?」

「放置。ただし、これは推奨しない。魔力の喪失だけで済むとは限らない。命に関わる可能性すらある」

「論外だな」


 レオンは即答した。

 マルヴェインが頷く。


「となれば、選択肢は二つ。そして、どちらにしても金が足りない。だから提案がある」


 そう言って、ギルドから持ち帰った依頼リストを机に出す。


「高ランク依頼を受けて、資金を稼ぐ。報酬は大きいが、その分危険も伴う。受けるかどうかは、皆の判断に委ねる」

「賛成!」


 即答したのはリーナだった。


「やることがはっきりしてる方が好き。今なら動けるし、あたしも戦えるところ見せたいし!」

「アタシも乗った。準備期間あれば文句ねえ」


 ガルザンが頷き、視線をレオンへ向けた。


「お前はどうする?」

「……やるよ。戦えるうちに動く。やれることがあるなら、全部やりたい」


 レオンはそう言って一度手を握りしめ、ゆっくりと吐き出すように言葉を継いだ。


「でも……もし、俺がほんとうに戦えなくなって、仲間に迷惑をかけるだけになったら……その時は、遠慮なく“追放”してくれ」


 静まり返る室内。


 リーナが信じられないというような顔をした。


「なにそれ、今さら? そんなの、言うこと?」

「冗談じゃない。これは覚悟の話だ」


 レオンは、真正面から言い切る。


「ユウトのことがあったから、余計に考えた。自分では“支えてる”つもりでも、周囲から見れば独善だった……そんなのは、二度と繰り返したくない」

「でもさ、それは違うと思う」


 リーナが、真剣な目で言った。


「ユウトは“勝手に”やってたの。誰にも伝えず、協力せず、ひとりで“わかってもらえない”って怒ってた。レオンは違う。ちゃんと話してる。頼ってる。全然違うよ」

「アンタを切る理由があるとすりゃ……アンタが本気で“逃げた”ときくらいだな」


 ガルザンも言葉を重ねた。


「でも今のアンタは、自分の状況と向き合って、前に進もうとしてる。それが分かる限り、アタシらが見限ることはない」


 レオンは口を閉じて皆を見回す。


 そのとき、マルヴェインが静かに口を開いた。


「君は、愛されてるな。レオン」

「……愛されるようなこと、した覚えは少ないけど」

「行動じゃない。“君がここにいる”というだけで、皆にとって十分な意味を持ってる」


 言葉を選ばず、ただ事実だけを述べるように。


 マルヴェインのそのひとことに、レオンは少しだけ息を吐いて目を伏せた。


「……ありがとな」


 その声は、はっきりと、迷いのないものだった。


 静かだった空気に、ようやくほっとした余白が戻ってきた。

 誰も言葉を発さず、けれどそれぞれが胸の内に何かしらの想いを抱えたまま、テーブルを囲んでいた。


「……にしても」


 先に口を開いたのは、リーナだった。


「今のレオン、なんか前より顔が締まってる気がする。覚悟決めた男の顔ってやつ?」

「顔はもともと整ってんだから、やっと中身が追いついてきたってだけだろ」


 ガルザンがどこか楽しげに笑いながら言う。

 その口ぶりは相変わらずだが、目つきは柔らかかった。


「ほんと、前は“顔がいいだけの皮肉屋”って感じだったのに」

「お前らな……」


 レオンが呆れ気味にため息をつくと、リーナがふふっと笑った。


「いい意味で、ね。……なんだかんだ言って、こうしてみんなで話せてよかったよ」


 その声には、心からの安堵が滲んでいた。


「ま、そうだな。呪いだの高額治療だの、暗い話ばっかだったけど……こうして向き合えるんなら、まだまだやれる」


 ガルザンも、空になった皿を片付けながらぼそっと呟く。


「そういやレオン、今後は魔法なしで頑張るんだろ?アタシが斧の使い方教えてやろうか?いや、まずはヒョロイ身体をどうにかするところか?」

「ガルザンに比べればどんな人もヒョロヒョロでしょ。見てよ、この筋肉!」


 ガルザンが力こぶを見せつけて、リーナがそれをベタベタ触る。そのやり取りに、レオンも苦笑するしかなかった。


「……どんな形でも、俺は俺なりに戦う。だから、お前たちも好きに動いてくれ」

「うん。好きに動くよ。でも困ったら、あんたも頼ること」

「……ああ、分かってる」


 リーナがにっこりと満足そうに頷いた。


 マルヴェインはその様子を静かに見守りながら、立ち上がると、部屋の端の窓を開けた。夜風がすうっと流れ込み、蝋燭の火がわずかに揺れる。


「明日は早めにギルドへ行こう。依頼内容を確認して、装備の見直しもしておく必要がある」

「ん、了解ー。じゃあ早起きするから、今日はさっさと寝るわ。……あと五分しゃべったら」

「寝ないじゃねーか、それ」

「気持ちの問題!」


 リーナがそんなことを言いながらベッドにダイブする。

 ガルザンも頭を回して大きく肩を鳴らし、「風呂入ったらすぐ落ちそうだ」と言いながら立ち上がった。


 レオンは皆の様子を見渡しながら、ようやくひと息ついた。


 呪いは消えていない。明日も、やるべきことは山ほどある。


 それでも今夜だけは、この小さな部屋の静けさを、大切に思いたかった。


 自分は、ここにいていい。


 そう思えたことが、何よりの救いだった。

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