自業自得で追放された奴が被害者ぶってたので正論を吐いたら弱体化の呪いをかけられた〜ざまぁ対象になったけど、パーティーメンバーに愛されて俺を追放してくれない〜
たこぶえ
第1話 追放の夜、崩れた均衡
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が、静まり返った森の夜に響いた。
焚き火のパチパチという音だけが、空気の張り詰めた沈黙を細かく裂いていく。
その焚き火を中心に、五人の影が座っていた。
誰も言葉を発さず、ただ暗闇に包まれた森の奥で、焚き火の光と揺らめきだけが生きていた。
その中心に立っていたのは、黒いクロークに身を包んだ人物だった。中性的な顔立ちと通る低音が特徴のパーティーリーダー、マルヴェイン。鋭く整った眉と、静かに光を宿す瞳が、場の空気すべてを支配していた。
「……ユウト、君をパーティーから追放する」
その声は静かだった。だがその一言だけで、場の空気は張り詰めた糸のように緊張を孕む。
「……は?」
そう呟いたのは、焚き火を挟んだ向かい側にいた青年──ユウトだった。
黒髪の童顔にローブ姿。一見大人しそうなその顔は、今は信じられないものを目にしたように固まっていた。
「え……? なに……?」
虚を突かれたように目を泳がせながら、彼は問い返す。だがマルヴェインは再び何も言わない。ただ、静かにユウトを見つめていた。
焚き火を囲む三人の仲間たちは、ユウトに視線を向けようとしなかった。
軽装の革鎧に身を包んだ金髪ツインテールの少女──リーナは、唇をかみしめながら遠くの森を見つめている。彼女の弓は、いつでも戦闘に入れるよう膝元に立てかけられていた。
赤毛でたくましい体格の女戦士──ガルザンは、無言で手斧の柄をゆっくり磨いていた。力強い手つきではあるが、どこかその動きには迷いも見える。
そして、レオン。
長身の青年で、鋭い金色の瞳を伏せたまま、まるで目を閉じているかのように静かに座っている。焚き火の揺らめきが、彼の端正な横顔を浮かび上がらせていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……オレ、なにかしたか……?」
ユウトは、にわかに焦りを滲ませた声で問いかけた。だが、返ってくるのは誰の言葉でもなく、ただ焚き火の爆ぜる音だけ。
「な、なあマルヴェイン! オレが何したって言うんだよ!」
椅子から身を乗り出すようにして、ユウトはマルヴェインに食い下がる。顔には戸惑いと不安と、わずかな苛立ちが混ざっていた。
だが、マルヴェインの答えは冷たく、そして簡潔だった。
「……君はこのパーティーに相応しくない。それだけだ」
それはまるで、事務処理のように淡々とした口調だった。まるで“ユウト”という人間ではなく、“ユウトの役割”に退場を言い渡しているかのような、冷たい距離感。
「ふ、ふざけんなよ……! オレ、ちゃんとやってただろ……!」
ユウトの声が震える。目には涙が浮かび、手がかすかに震えていた。
だが、その悲壮な訴えに、誰も目を合わせようとはしなかった。
仲間たちの沈黙。それこそが何よりの“答え”であるかのように、夜の森に静寂が深く、深く染み込んでいく。
ユウトは、それでも言葉を止めなかった。
「オレ、ほんとに、ちゃんとやってたって……!」
その訴えは、果たして誰に届くのか──焚き火の炎が揺れる中、その問いだけが、答えのないまま宙に浮いていた。
「回復魔法だって……ちゃんと使ってた。戦闘中にヒールをかけたり、バフだって、戦闘前にかけてたんだ……!」
俯いたままの顔には、汗と涙が混じっていた。誰にも届かない、誰にも見えていなかった“努力”を、ユウトは絞り出すように口にしていく。
だがその言葉に、最初に反応したのは──リーナだった。
「……アンタさ」
火にくべた薪の向こう、ツインテールをゆらりと揺らしながら、リーナが顔を上げる。その表情は、怒っているというよりも、呆れの色が濃かった。
「回復術士として入ってきたくせにさ、アンタが“回復してるところ”……あたし、一回も見たことないんだけど?」
その言葉が、空気を刺した。
「そ、それは……戦闘中は目立たないようにしてただけで……裏方だから、そういうもんだろ?」
ユウトは狼狽し、早口になる。目が泳ぎ、声が裏返る。
「うまくタイミング合わせて、陰からサポートして……みんなの動きを支えるのが、オレの役目だって思ってたんだよ……!」
「裏方っていうのはね」
リーナの声がかぶせるように響いた。ツンと尖った調子はそのままに、言葉に込められた感情は、じわじわと冷たくなっていく。
「“実際に支えてる”って、周りが実感できて、初めて成り立つもんでしょ?」
「ち、違う! オレ、ちゃんとやってたって! 見えないところで、みんなのために……!」
その声に、今度はもう一人──ガルザンが応じた。
「……アタシら、荷物持ち雇うほど裕福じゃねぇんだよ」
赤毛を揺らしながら、重々しい声が焚き火を越えて届く。その口調には、怒りではなく、ただ疲れたような色が混ざっていた。
「アンタが“やってた”っていうその支え方、アタシら、まったく気づけなかったんだよ。支えになってるのかどうかも分かんねぇもん、信用できるかっての」
「で、でも……! ちゃんとバフだって──っ!」
その瞬間だった。
「──じゃあ最初から言っとけよ」
低く、重く、焚き火の奥から声が飛ぶ。
レオンだった。
いつの間にか顔を上げていた彼の目は、焚き火の光に照らされながらも、どこか冷たく濁っていた。
「バフかけてた? ヒールも使ってた? だったら、なぜ黙ってた?」
「そ、それは……かっこつけてたとかじゃないけど……なんか、気づかれない方がサポートっぽいっていうか……」
「……気づかれないようにして、気づかれなかったら怒るのかよ。意味分かんねえな」
レオンの言葉に、ユウトの表情がピクリと引きつる。
レオンは、焚き火の小枝を一本手に取り、ぼんやりと弄びながら続けた。
「俺たちはずっと、自分たちの実力でなんとかなってるって思ってた。お前がこっそり補助してたなんて、全然気づかなかった。……でもな、それってすげえ危ないんだよ」
「危ない……って、なんで……」
「お前がいるときだけ発動してるバフに、俺たちが気づけてなかったら──いざって時に誤算が起きるだろ。たとえば、ダンジョンの奥でバフが切れたら? ヒールが来ないと思わなかったら? 誰か死ぬんだよ」
火が弾ける音に、ユウトの呼吸音がかぶる。目の前がぐにゃりと歪むような感覚に襲われ、彼は震えた。
「お前はみんなのためにやってたって言う。でも、それは独りよがりってやつだ」
レオンの語気は決して強くなかった。だが、その静かな正論は、ユウトの心を鋭く抉る。
「そういうのは、“独善”っていうんだよ。自分は貢献してると思い込んでる。でも、周りから見たらただ立ってるだけの奴。──それが問題なんだ」
「……そんな……オレは、ちゃんと……!」
肩が震える。手も震える。何より、声に力がなくなっていた。
それでもユウトは口を開いた。
「アイテムの整理もしてたし……ポーションの数だって確認してた。テント張るのも、荷物運びも、ぜんぶ……」
そこまで言ったときだった。
ガルザンがゆっくりと顔を上げた。焚き火の光が、その目に怒りを宿していた。
「へえ。ありがとな。──でさ、アンタ、アタシらが何してたか知ってる?」
「え……?」
「アンタがポーション数えてるとき、マルヴェインは資料館で罠の配置を洗い出してた。リーナは獲物を狩って保存処理。アタシは武器の補修と魔法細工の点検。レオンは魔道具の再調整。みんな、裏でやることやってんだよ」
「し、知らなかった……」
ユウトの声は、もはやか細いものだった。
レオンが、再び言葉を紡ぐ。
「お前は『自分なりに支えてた』って言う。でも、俺たちから見れば『勝手にやってた』だけなんだよ」
「勝手に……?」
「ああ。勝手にやって、勝手に満足して、勝手に評価されないってキレてるだけ。そんなの、支援でもなんでもない」
そこには、同情も怒りもなかった。ただ、冷たく突きつけられる“現実”だけがあった。
レオンの目が、焚き火の奥で静かに光る。
「能力がないから追放されるんじゃない。信頼できないから追放するんだ。黙ってたら、気づけるわけない。信頼ってのは、伝えることから始まるんだ」
その言葉に、ユウトは震えながらも──まだ、何かを言い返そうと口を開こうとしていた。
「……ふざけんなよ……っ!」
突如、ユウトが立ち上がった。焚き火が揺れ、彼の影が大きく背後に伸びる。
「オレが、勝手にやってた……? 支えてたことに、誰も気づいてくれなかったのに!? 黙ってるのが悪いって……!」
涙と怒気が入り混じった声が、森の空気を震わせた。
「オレなりに頑張ってたんだよ! 嫌われないように、空気を読んで、裏方に回って……! 前に出るのが怖くて、でも、せめて力にはなりたくて……!」
その声には、これまで押し込めていた感情のすべてが乗っていた。怨嗟、焦燥、そして――嫉妬。
仲間たちは黙ったまま、ユウトの叫びを受け止めていた。だが、それは理解でも共感でもなく、ただ“呆れ”に近い無言だった。
そして、ユウトはレオンを睨みつける。
「──結局、お前みたいに顔が良くて、喋りもうまいやつだけが評価されるんだよな……」
レオンがわずかに眉をひそめた。
「なんだそれ。急にどうした」
「お前ばっかりだ……! リーダーのマルヴェインだって、お前にばっかり指示出して、リーナだって……!」
そこで、リーナがビクリと肩を震わせた。
「ちょ、ちょっと、アンタ今、何言ってんのよ……」
「見てたぞ。いつもあいつが話しかけると、あんた嬉しそうにしてた! オレが何か言おうとしたら、必ずレオンが口挟んできて……!」
それは、すでに被害妄想の域に達していた。
「お前がいなきゃ、オレはもっと……っ!」
ユウトの顔は怒りに歪み、焚き火の明かりの中で赤黒く染まっていた。
そして――
「──ッ!」
パチン、と音がした。
レオンの顔が揺れる。
ユウトの拳が、レオンの頬を真正面から打ち抜いていた。
レオンは無言で数歩よろけ、焚き火の外へと後退した。
「レオンっ!」
リーナが叫ぶ。ガルザンは身構え、マルヴェインの目が細められる。
レオンは口元を押さえながら、ユウトをじっと見据えた。怒りの色は、ない。ただ、深い、深い失望の色だけがあった。
「……それで満足か?」
レオンの低い声が、ユウトの耳に届く。
だが、ユウトは何も答えなかった。いや――答えられなかった。
彼の身体は、怒りではなく、すでに恨みと惨めさに支配されていた。
「……っ、くそが……! 全部、お前らのせいだ……!」
うわ言のように吐き捨て、ユウトは焚き火を蹴り上げるようにして背を向けた。
「待て、ユウト」
マルヴェインが、初めて立ち上がる。その姿は静かで、だが有無を言わせぬ重みがあった。
「もう一度だけ言う。君は今日限りで、このパーティーから追放だ」
ユウトは、後ろを振り向きもせず、ただ闇の中へと歩き出す。
「……言われなくても、出てってやるよ。こんなクズども、見限って正解だったな……! 後悔してももう遅いからな!」
その言葉を最後に、彼の姿は夜の森の闇へと消えていった。
焚き火を囲む空間に、ぽっかりと空いた沈黙が流れ込む。
誰も口を開かず、ただ、さっきまでいた“仲間”の不在を実感する。
「……最悪の夜、って感じだね」
リーナが呟いた。小さく、痛々しい声だった。
「どんなにアイツが悪かったとしても、こんな……後味、悪すぎるよ……」
「後味が悪いのは分かるけどな」
ガルザンが手斧を土に置いて腰を下ろす。重い音が夜の静寂に沈んだ。
「でも、アタシらは、ちゃんとやることやったんだ。むしろ、もっと早く追い出してりゃよかったくらいだって」
その言葉に、リーナの肩がわずかに揺れる。
ガルザンの目は優しさを隠すように鋭かったが、その視線は、仲間たち一人ひとりを丁寧に見つめていた。
「勘違いしちゃいけねぇよ。あいつ、最初っからそういう奴だったんだ。善人の皮かぶってたけど、根っこはずっと、自分だけが苦労してるって思ってたタイプだ」
マルヴェインが、再び口を開く。
「彼を雇うと決めたのは私だ。責任は私にある。それより……このままでは明日以降の行動に支障が出る。ユウトの備品は依頼が終わったらまとめてギルドに送る。報酬の分配からも除外。隊列と役割分担も見直す」
手際よく、淡々と、指示が出されていく。
「リーナ、明日にはルートの再確認を頼む」
「……うん、了解」
「ガルザンは装備の再点検を。予備の補強も視野に入れて」
「おう。任せとけ」
「レオン──」
「……ああ。わかった」
レオンは返事をした。だが、その表情にはわずかな違和感があった。
手を握ったり開いたりしながら、何かを確かめるように指先を見つめている。
指先が、妙に冷たかった。
焚き火の温もりを受けているはずなのに、まるでそこだけ風が吹いているかのように、体の一部が他人のものになったような感覚がレオンを襲っていた。
(……おかしいな)
小さく手を開く。閉じる。また開く。
何気ない動作だ。だが、そこには微細な違和感が確かに存在していた。
レオンは静かに、意識を内側に向ける。
魔力の流れ──それは、熟練した魔術師である彼にとって、自分の鼓動と同じくらい確かな感覚のはずだった。だが今、そのうねりが、まるで沈黙しているように感じられる。
意識を集中させる。だが、そこにあるべき魔力の感触が、指先から、腕の中から、まるで霧散したように遠のいていく。
(……魔力が、鈍ってる?)
レオンは眉を寄せた。完全に失われたわけではない。けれど、反応が鈍い。体の中にあるはずの力が、まるでどこかに引きずられているような、変な圧迫感を覚える。
ふと、先ほどの光景が脳裏をよぎった。
――ユウトの、歪んだ顔。
怒りと嫉妬と憎しみにまみれた、あの最後の一撃。そして、吐き捨てたあの言葉。
『……後悔しても、もう遅いからな……!』
それは単なる負け犬の捨て台詞だったのか。──それとも。
(……呪いか?)
そんな馬鹿な、とレオンは思う。だが、その一方で、確かにそれ以外に説明のつかないことが起きているのも事実だった。
ユウトは回復術士だった。だが、彼の魔法は即時発動型で、加えて術式を隠すのが上手かった。派手さはないが、裏から支えるタイプの術者――少なくとも、本人はそう思い込んでいた。
もし、あの時点で何らかの術式を自分に向けてかけていたとしたら?
(……あり得る。あいつ、妙に執念深かった)
レオンは拳を握りしめた。もし本当に何かが起きているのなら、それは自分一人の問題では終わらない。パーティーの戦力、連携、安全。すべてに関わってくる。
だが──今は、まだ誰にも言えなかった。
証拠がない。確証もない。そして何より、今ユウトの名前を出せば、あの場にいた仲間たちは怒りで冷静さを失うかもしれない。
(……まずは、様子を見よう。気のせいかもしれないしな)
レオンは立ち上がる。
焚き火の残り火が、彼の背中を照らしていた。微かに熱を持つその光も、どこか自分だけには遠く感じられる気がした。
森の奥。焚き火の光も届かぬほど、鬱蒼とした木々の間を、ひとりの青年が歩いていた。
踏みしめる落ち葉の音が、夜の静寂に小さく響く。
顔を伏せていた男――ユウトは、ゆっくりと顔を上げた。唇には、微かに笑みが浮かんでいる。
怒りでも悲しみでもない。むしろ、それは――高揚感だった。
「……ふふ、ざまぁみろ……」
小さく、誰にも聞こえないような声で呟く。その言葉には、確かに勝利の色が滲んでいた。
焚き火の前で仲間に否定され、追放された青年の顔とは思えない。涙も枯れ、憎しみに焦げた心は、今や妙な満足で満たされていた。
「アイツら……オレの価値に気づかなかった罰だ。いい気味だよ……レオン、お前はざまぁ対象だ」
その名を吐き捨てるように言った瞬間、ユウトの目がぎらりと光った。
彼の左手には、まだ血の滲んだ痕が残っていた。爪を立て、自分の掌を裂いた跡。そこには細かく刻まれた、古めかしい文字列が浮かび上がっている。
これは術式だ。――正確には、古代呪術の一種。
魔力の根に直接干渉し、対象の内部から“徐々に力を奪っていく禁術。回復術士が持つ触媒能力と高精度な魔力制御がなければ、とても発動できないほどの繊細で、危険な技。
本来なら、使用した瞬間に『異端者』として討伐対象になるほどの禁忌だ。
だがユウトは――その境界を、ためらいなく踏み越えた。
「……レオン。お前がどれだけ偉そうにしてても、もう終わりだ」
握りしめた拳の中で、術式がわずかに淡い光を放つ。
「魔力がなきゃ、ただの雑魚だろうが。仲間に恵まれてるだけの、顔だけの飾り物が……!」
足を止め、空を仰ぐ。
雲の切れ間から、銀の月が覗いていた。その静かな光に照らされながら、ユウトの顔がにやける。
「『影から支えてた存在』の怖さ、思い知れ……。オレを無視した報い、たっぷり味わえよ……」
その言葉には、理性も道理もなかった。ただ、歪みきったプライドと、惨めな自尊心だけが響いていた。
――それでも、ユウトは勝ったと思っていた。
何もかもを失った夜に。誰にも必要とされなかった自分の存在を、唯一証明するもの。
それが、呪いだった。
月の光は、何も語らず、ただ森のすべてを見下ろしていた。
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