第15話 逃走!(2)
急に振り返り上着をばっと脱いで空中に広げ体を隠す。すぐに地面に近づいていくように綺麗に転じながら、ホルスターから拳銃を取りだし、黒塗りの車のタイヤを撃った。もうひと回転して、すぐさまと駆けだした。後ろは見なかった。
後輩が、僕が上着を空中にあげた瞬間に駆けだしていたのは気配で分かっていた。何が起こったのか敵が分からないうちになるべく多くのことを為さねばならない。またもや銃弾がどこかにかすった気がしたが、駆けることを止めるわけにはいかなかった。サイレンの音がどこからともなく鳴り始めた。警察を呼んでいるというのはハッタリかと思ったが、なかなかあの女はやるやつなのだそうだ。
まさに流しそうめんかのごとく、走ったままの軽トラックの荷台に僕らは乗り込むと、奇跡的なUターンテクニックで一目さんに逃走を図った。この瞬間、この場面ではマグロに惚れてしまいそうだった。しかし警察がいるとは厄介だな、と思い始めて後方を覗くと、やはりといってか、追手の車がいる。撒けそうではあるが、街に入ってしまうとカメラに映ってしまうおそれがある……。ガラケーを取りだすと、ノアに電話をかけはじめた。風が前髪とともにガラケーすらも煽りたてて吹きとばそうとする。前髪と額が一体化している。
『なに? すごいぶおおおおおおって音がするんだけれど』
「ノアはハッカーだと聞いたことがある」
『どの世界線の話かしら?』
「この世界線だ」
『ふうん。で?』
「これから僕が言う名前の通りにある、監視カメラを全てハックしてほしい」
『いつまでに?』
「三分後くらい」
『むり』
「そこはどうにかならないかな。愛に不可能はないらしいよ?」
『あら、余裕じゃない。ではこれで』
「待ってくれ。分かった。無理言った。じゃあ力を貸してくれ。どうすればいい?」と僕は言って通話をミュートにし、「マグロ! 僕がいいというまで! 街には入らないようにどうにか立ち回ってくれ!」と強風に負けないくらいの大声で言った。ミュートを解除した。
『はあ……状況を教えて?』
状況を教えた。
『なるほどね。街に出ていいわ。私がなんとかする』
「感謝」通話を切った。「マグロ! 間に合った! もういいぞ!」
結局、一度も遠回りをすることなく、街に入ることができた。後ろを見ても追手はいない。が、はるか遠くにいるだけであって、僕たちを未だに追ってきてはいるだろう、と思う。
「マグロ、末摘花通りにある紅葉賀ホテルの、そこの駐車場に向かってくれ」
「了解っす。ルートはどうしましょう?」
そういえばノアから何も聞かなかったな……。
「……ふ、普通で」と僕は麺の硬さを指定するように言った。
「普通といわれましてもね……」
「……そうだよな。すまん。僕が今の返事されたら、キレる絶対に」と僕は反省した。「責任は僕がとる……好きなように行け」
「そういうと思ってました!」と気合が入ったようにスピードも上がった。すごい迷惑なのですごいやめてほしかった。さっきから後輩が静かだが、生きているかどうか心配だ。
紅葉賀ホテルに到着すると、マグロはどこかへ行く用事があるとかないとかで、さっさと去ってしまった。さっきまで追いかけられていたのだから、もう少し警戒するとかあっていいと僕は思うよ。
残された後輩はうつらうつらしている。とりあえずホテルの部屋まで連れていって、僕が使うはずだった清潔なベッド、ではなく、革がところどころ剥げているソファーに寝かせた。
僕は汗をびっしょりかいていた。ガラケーを取りだし、ノアに電話をかける。
「どうなった?」と僕が緊張しながら訊くと、
『作業中だから少しだけ待って』とタイピングの音が二重に聴こえる。
僕は黙ってしばらく待った。疲れすぎていて今すぐにでも寝てしまいそうだった。後輩のハンドバッグに入れてもらっていた缶コーヒーを手に取って、一気に飲みほした。
『監視カメラをハックして機能停止にするには、圧倒的に時間がなかった』とノアは話しだした。
「それじゃあ、僕らは晴れて刑務所行きか?」
『そういえば訊くけど、光がした犯罪って警察にばれてるの?』
「ばれてないと思う。だが、サイレンが鳴っていたとはつまりそういうことだろう?」
『いいえ。少し調べてみたけれど、おそらく警察は君を追っているわけじゃないみたい』とノアは言う。『もっと別の……と、これ以上に詮索してしまうと、光の依頼が分かっちゃうかも』
「依頼の内容については、ばれない自信が確固としてあるが、それは置いておいて……警察には追われていないとしても、僕らがそこを通ったという痕跡が残っていることは、ゆくゆくはこちらに不利なカードになってしまうに違いない」
『ええ。そうだと思った。だから、光たちが映っていた瞬間のデータを監視下カメラから消し去ったわ。その瞬間だけデータがないから、詳しく調べられてしまえば時間が飛んでいることに不自然だと怪しまれるけれど、今はこれで満足してちょうだい』
「最高の仕事をしてくれた。ありがとう」
『褒めてくれるのはどうもだけれど、紅葉賀ホテルの監視カメラのデータは消せなかったから、君が女の子をホテルに連れ込んでいるってことはばれるから』
「消せなかったのにどうしてそれを知っているんだろう?」
『ただの鎌かけよ。おやすみ、男の子』
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