第四章

第21話 ジュニア大会とチーム解散

 五月に入り、天候が制御されている日天島では珍しい雨の日(自然環境維持のため一定頻度で雨が降る)。千尋が予告なしに別荘へ姿を現した。


 おとといチャットで【体調が良くなった会長に公演や会議、建築関係の式典の依頼が殺到してかなり忙しいから、しばらくそっちに行けないかも】と連絡があったばかりなのだが。


 隼人たちはいつものようにリビングのテーブルを囲み、MBバレー部マネージャーの話を聞こうとするが、様子がどうにもおかしい。まるで失恋したかのような暗い雰囲気で、今にも涙が溢れそうになっている。


 仮に彼女との関係に問題が発生してもここで相談するとは思えないし、MBバレー関連で何かやらかしてしまったのだろうか?


「ひどい顔だが何があったんだ……まさか! 今月のジュニア大会の申し込みが遅れて、定員が埋まってしまったんじゃ……」


 MBバレーのジュニアオープントーナメントのほとんどは先着順で、シードは過去一年の大会結果で手に入れたポイントの合計順である。 人気のありそうな大会なら締め切りまで悩んでいる暇はなく、すぐ申し込みをしないと枠が埋まってしまう。


 千尋はティッシュで鼻をかみ、深呼吸してから答えた。


「申し込みは大丈夫……受付当日に応募したから……」


「流石千尋さん、マネージャーの仕事はバッチリっすね!」


「他に何か問題があるんですか?」


 エリスが小首を傾ける。


「問題というか……何というか――」


 千尋の歯切れが悪くなり、テーブルに置いた手を握り締める。


「――ジュニア大会……優勝しないといけなくなっちゃった」


「優勝っすか? 元よりそのつもりっすけど?」


「どんな大会でも全力で挑みますよ!」


 暗子とエリスの屈託のない笑顔に、千尋は打ちひしがれた表情を返した。



「優勝できなかったら、MBバレー部……解散だって……」



 脳が理解を拒んでいるのか、二人は一言も発せず、笑顔のままフリーズしてしまった。


 色を失いながら隼人が問いただす。


「ちょっと待て! 結果を出さなきゃMBバレー部解散とは聞いていたが、猶予はあと一年あったんじゃないのか⁉」


「本当は……そうだったんだけど……バレちゃった」


 千尋がスーツのポケットから何かを取り出し、テーブルに広げる。


 それは十数枚の写真だった。


 ビーチコートでエリスと暗子がパスの練習をしている写真。


 隼人がそれを手取り足取り、エリスたちに指導をしている写真。


 他にはコーチングのメモや付箋のついたスポーツ関連の専門書が写っている隼人の部屋と思しき写真もあった。


「これは……俺がコーチをしていることが社長にバレちまったのか……でもこの写真、一体誰がどうやって撮ったんだ?」


 ようやく脳が動き出したエリスも疑問を口にする。


「高級リゾートエリアって、セキリティが厳重で、エリアを区切るゲートに守衛さんもいますよね? 社長さんが探偵を雇ったとしても、そもそも入れないような……」


「甘いっす二人とも! 鉄壁の場所なんてこの世に存在しないっす! 絶対穴があるっす!」


 忍者知識がある暗子がセキリティの陥穽かんせいについて指摘する。


 隼人は写真を手に取り、気づいた。


 エリスと暗子がマイクロビキニを着ているから撮影日は特定できる。


(あの日、何か変わったことはあったか?)


 隼人は順番に記憶をたどっていく。


「あ⁉ もしかして写真を撮ったスパイは宅配便の兄ちゃんか! でも、それって職業倫理的にどうなんだ?」


 確かに郵便局や宅配業者の人ならリゾートエリアにも入れるだろうが、金で雇われて盗撮をするリスクを飲む人間がいるのか? 俺たちが通報したら会社をクビになるだけじゃなく、警察に捕まって訴訟リスクもあるような?


「隼人君の推理は惜しいけど違うわ……写真を撮ったのは兄さんよ‼」


「千尋の兄貴? 面接の日に水着と服を借りただけで、まだ会ったことないよな? でも、惜しいってどういうことだ?」


 とりあえず隼人は千尋の兄が写真の撮影者だと仮定して、当日の行動を考えてみる。


 まずセキリティの突破は問題ない。祖父の別荘に遊びに来たんです、とでも言って、身分証明書を見せれば、守衛は通してくれるだろう。そもそも以前遊びに来たことがあるのだから守衛も顔を覚えているかもしれない。さらに千尋と同じく祖父から鍵を貰っている可能性もあり、別荘に入って調査もできるだろう。いや、それは無理か。俺がほぼ別荘にいるからな。もちろん車で外出することはあるけど、俺がいつ別荘を空けるか時間帯までは予想できるわけがない。


 そこまで考えた隼人は、ある可能性に気づいた。


「あ、そうか! 俺は平日、高校に送り迎えをしているから、別荘にいない時間は予想できる! 千尋の兄貴は、その時間を狙って別荘に来て、俺の部屋の写真を撮ったのか!」


「そうよ! 私が昨日、社長室に呼び出されたら兄さんもいて、盗撮の手口を面白そうに語ってくれたわ。別荘の潜入は途中まで上手くいっていたんだけど宅配業者がインターホンを押すというアクシデントが発生したらしいの。居留守を使えばよかったのに動揺した兄さんは間違って住人のふりをして荷物を受け取ってしまったんだって。さらに困ったのは荷物の送り主が私だったこと。荷物を勝手に持って帰ったら私が隼人君に連絡して芋づる式に悪事がバレるし、荷物を別荘に置いて帰ったら侵入者がいたことがバレるし、かといって外に置いて帰ったら、隼人君が宅配業者にクレームの電話を入れたらバレるし、万事休すよ。そこで兄さんが思いついた方法が――」


「――自分を宅配業者に偽装することか⁉ 道理であの宅配の兄ちゃん、かなり体格が良かったわけだ。前に兄貴は180以上あるって言ってたしな……」


 隼人は荷物を受け取った瞬間を思い出して、嘆息たんそくする。


 千尋が小さくうなずいた。


「まんまと兄さんに出し抜かれたおかげで、社長に偽装コーチ作戦はバレて、激怒されたわ。そもそも隼人君の管理人就任を怪しいと指摘したのも兄さんだったみたい……でも、そこで救いの手を差し伸べてくれたのも兄さんよ……」


「それが最初に千尋さんの言ったことと繋がるんですね」


「千尋さんの兄上は、腹の内が読めない御仁で策士のようっすね」


 エリスと暗子は腕を組んで、うんうんとうなずく。


「社長は怒りでMBバレー部を解散しようとしたけど、兄さんがこう言ったの『せっかくコーチを雇って強くなったんですから試してみればいいじゃないですか? 五月の日天島ジュニア大会なら打ってつけでしょう。我が社も協賛しているし、観戦予定もある。優勝でもすれば我が社のアピールにもなるし存続を認めてはどうです? 実力不足だったら、そのとき解散すればいいでしょう』って」


 千尋は疲れたように息を吐く。


「社長も渋々納得していたし、私が余計な一言を挟もうものなら、その場で解散を宣言されそうだったから、黙って兄さんの案を飲むしかなかったわ。それで……隼人君に正直なところを聞きたいんだけど、どう? 優勝できそう?」


 千尋の切実な問いかけにエリスと暗子も不安そうに隼人の顔を見つめる。


 隼人は自信満々に答えた。



「うん! 全然分からん‼」



 三人はがくりと体を崩して、矢継ぎ早に文句を浴びせる。


「隼人にい、ヒドイっす!」


「そこは嘘でも優勝できるって言ってよ!」


「MBバレー部が解散したら、隼人君も無職に戻るのよ! その点分かってるの‼」


 女性陣の勢いのあるツッコミに驚きながらも、隼人は唸りながら答えた。


「う~ん……本当に分からないんだよな……千尋にも分かりやすく説明すると、まずジュニアの大きな大会は高校選手権がある。これは各都道府県予選を勝ち上がった47の1位ペアと去年優勝者を出した県から特別に2位ペアを加えて、全部で48のペアが集まって本戦トーナメントを戦う。これには、ほぼ全てのMBバレープレーヤーの高校生が参加するから、優勝は相当難しい。エリスと暗子の今の実力じゃ、優勝は無理だ」


「予選までには仕上げるわよ!」


「全国の強豪と戦えるのは楽しみっす!」


 エリスと暗子が闘志を燃やすが、隼人は話を続ける。


「それに対して、地方でやっているジュニアのオープン大会は誰でも参加できるし、先着順で出場が決まるから強いペアがいるとは限らない。東京には強豪らしい強豪もいないしな。確か今回の大会は、上限16チームだったよな? 極端なことをいうと、松百ペア以外の15チームが、全員MBバレー初心者の一年生だったら、優勝は難しくない。逆に隣県の強豪チームが高校選手権前の腕試しとして何チームも参加してきたら、優勝はかなり厳しい」


「……なるほどね、千葉、埼玉、神奈川とかから強いチームが来ないことを祈るしかないのね」


「そういうことだ……ん、待てよ?」


 隼人は嫌な予感を覚え、ポケットからスマホを取り出す。


「隼人にい、どうしたっすか?」


 隼人は画面をタップしながら、ぶっきらぼうに答える。


「敵情視察だ……あ! あった。やっぱりな……」


「何がやっぱりなのよ!」


 エリスが苛立ったように言う。


「お前ら喜べ! リベンジのチャンスだぞ‼」


 隼人はそう言って、スマホの画面をエリスと暗子に見せる。


 それは隼人がフォローしていた神岡璃音のSNSアカウントで、新規の投稿がされていた。


【日天島のジュニア大会に参加するよー! みんな、応援よろしく‼】

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