第14話 忍者と夢
エリスたちは意地になってマイクロビキニを着替えなかったので、隼人は諦めてそのまま練習を始めることにした。もし他の人に見られでもしたら、教え子に無理やり際どいビキニを着せるセクハラコーチとして通報されかねないが、プライベートビーチなので、その心配はない。
「昨日までサーブ、サーブレシーブ、ディグ、トス、スパイク、ショット、ブロックといった基本動作を徹底的に練習してきたが、今日からは試合の組み立て方や戦術を考えていくぞ!」
「おー!」
パチパチと拍手するエリスと暗子。
「これでやっとワタシたちの真の実力が発揮できるわね!」
エリスはドヤ顔まで見せる。
「お前の根拠のない自信がうらやましいよ……」
隼人は苦笑する。
「まず改めて確認するが、MBバレーは二人でプレーするスポーツだ。野球やサッカー、インドアバレーみたいに厳密なポジション分けはない。それでもディフェンスには大きく分けて二つの考え方がある」
隼人は海岸に漂着した木の枝を拾って、砂浜に図を描きながら説明をする。
「一つは、オーソドックスに一人がネット際で相手の攻撃を防ぐブロッカーになり、もう一人が後ろでボールを拾うレシーバーになる方式。二つ目は役割を固定せず、どちらもオールラウンダーとしてブロックやレシーブをする方式。普通は背が高い方がブロッカー、低い方がレシーバーを担当する。俺も小野寺さんと組んでいた時はブロッカーだった」
隼人は懐かしそうに目を細めた。
「ただ、お前らは身長が同じだから、オールラウンダー方式を目指すのもありかと考えていたんだが、昨日までの練習を見る限り、明らかにエリスの方がボールの扱いが上手い」
エリスは鼻を高くし、暗子はシュンと肩を落とす。
「エリスは小学生からMバレーの経験があるんだから、暗子はそんなに落ち込まなくていい……確認なんだが、暗子ってトライアウトを受ける前にMバレー経験はないのか? そもそも忍者なのに何でMBバレーのプロを目指そうと思ったんだ?」
忍者の家系である暗子がなぜトライアウトを受けたのか、コーチ就任時から隼人は疑問に思っていた。しかし、余計なことを言うと練習効率が下がると思い、基礎練習が終わるまではあえて何も聞かなかった。ここからは残り二週間で松百ペアを強くするために覚悟を決めて、個人的な事情にも斬り込んでいく。
暗子は一度顔を上げて、青空を悠々と流れていくひとりぼっちの小さな雲を見つめた後、ぽつぽつと語り出した。
「……バレー経験は、トライアウト前に中学校のMバレー部に体験入部させてもらっただけっす。期間でいえば五日っすね」
「い、五日⁉ それで受かったのか! 逆にすごいな……」
「いえ、全然すごくないっす。結局受かったのはいいものの、MBバレーのことを何も知らないままエリスにキャプテンを押し付けて、ずっと負担をかけていたっす。それが申し訳なくて、意見も相談もできない状態になっていたのは、この前、隼人にいが指摘したとおりっす」
暗子がうつむく。
「もう! 気にしなくていいわよ! そんなこと!」
エリスが暗子に寄り添い、肩に手を当てる。
「二人のコミュニケーションエラーの原因はそこにあったのか……それは解決したからいいとして――」
暗子が続きを話す。
「アタシの家は伊賀忍者の家系っす。戦国時代に織田信長と戦った
隼人は腕組みをしながら思案する。
忍者といえば、黒装束に身を包んで忍術を駆使して城に忍び込み、情報を盗み出したり要人を暗殺したりするイメージが強い。だが、流石にそれはフィクションが過ぎるだろう。
「う~ん、現代だと他国に潜入してスパイになるとか?」
「半分は正解っす! 海外の企業や大学、NGOに勤めたり、商社マンになったり、他にはメディアとかシンクタンクにいるとかいないとか。残りは国内で
「守秘義務があるから仕事内容や勤務地の情報、出発日時さえも家族に教えられないのか」
「そういうことっす。アタシは中三になるまで何の疑問を抱かず忍者として生きるつもりだったっす。でも……進路についてクラスメイトと話したとき、
「中三の進路でそんなに驚く? 志望先はバラバラだろうけど」
エリスが不思議そうに言う。
「……みんな夢があったっす。進学校で難関大学を目指す人もいれば、農業や工業の高校に行く人もいたっす。中には、漫画家や声優を目指している人もいたっす。でも、アタシには何もなかったっす……忍者になるのは親の言うことに従っていただけで、アタシの夢じゃないっす。そう気づいた時、どうしたらいいのか分からなくなったっす。でも、とにかく忍者になりたくないと思って、勇気を出して親に相談したっす」
暗子の表情に陰りが差す。
「母上は『自分の道を見つければいい』と言ってくれたっす。でも、父上には激怒されたっす。『我が家に生まれて忍者にならないんだったら、一体何になるつもりだ! 時間を無為に過ごして、意味の無い人生を歩むつもりか?』と脅されたっす。アタシは、反論できず部屋に引きこもったっす」
「人生の意味か……中学生には中々難しい質問だな、いや大人だって、そう簡単には答えられないか……」
「隼人の人生の意味って何?」
エリスが無遠慮に聞いてくる。
その質問に隼人はすぐ答えられなかった。
〈魔熱病〉になる前はワールドツアー優勝だとか息巻いていたが、今となってはもう意味は見つからないのかもしれない。いや、今は別の目標がある。
「当面の目標は、お前らを一勝させることだ」
「そうなんだ! 嬉しいよね‼」
エリスが暗子に笑顔を向ける。
暗子の顔が少しほころぶ。
「アタシも忍者以外にやりたいことがあったわけじゃなかったっす。でも何ができるか必死に考えたっす。頭がいいわけでもないし、芸術の才能があるわけでもない。唯一自信があるのは、忍者として厳しい修行で鍛えた身体能力くらいだったっす。だったらスポーツかなと思って、ネットで調べていたら仙石建設のトライアウトを見つけたっす。応募締切日だったから勢いで申し込んだっす。トライアウトは一週間後の日曜日だったんで、月曜から金曜までMバレー部で基礎を教わったっす。そしたらなぜか合格しちゃったっす」
「暗子はMBバレーが好きだとか、興味があって選手を目指したわけじゃないんだな?」
「そうっす……申し訳ないっす」
「別に謝る必要はないさ。どんな理由であれ、今はMBバレー部の仲間だ。それともMBバレーは面白くないか?」
「最初はMBバレーのことが、よく分からなかったっす。でも、今は楽しいっす! エリスと一緒に立つコートはワクワクするっす‼」
「ワタシだってそうよ! 今は弱くて勝てないけど、きっと強くなればもっと面白くなる! Mバレーは飽きちゃったけど、MBバレーはまだまだ楽しみ足りないわ‼」
「はい、楽しみたいっす!」
エリスと暗子がぎゅっと手をつなぎ、見つめ合う。
隼人は心の中でキマシタワーと叫びながら、連絡事項のように軽い調子で次の言葉を放った。
「じゃあ、ディフェンスはエリスがブロッカーで、暗子がレシーバーな」
「え⁉ でも、それって……」
暗子がエリスを気遣うように見る。
「ということは、必然的にオフェンスはワタシがボールを上げるセッターで、暗子がメインスパイカーになるってことよね……チーム結成時からワタシがキャプテン兼メインスパイカーだったけど、Mバレーの経験はもう必要ないってこと?」
エリスは面白くなさそうに口を
「そうじゃない、むしろ逆だ。オーバーパスはエリスの方が上手い。だからセッターを任せる。反対に暗子の技術はまだまだ粗削りだ。だが、純粋な身体能力はズバ抜けてる。だからこそ、これから暗子をスパイカーとして鍛えるんだ」
隼人は、すねた子供に言い聞かせるように語った。
「むう……言ってることは分かるけど……」
「アタシがメインスパイカーで本当に大丈夫っすかね?」
当の暗子も不安げに隼人を見つめる。
「色々思うことはあるだろうが、とりあえずコートで実践しながら説明する」
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