第5話 百地暗子と松田エリス

 後頭部にひんやりとした感触。柔らかくて冷たい何かが触れている。


 隼人の意識がゆっくりと浮上する。


「うー、冷たっ!」


「あっ、起きたっすか?」


 目を開けると、黒髪の少女に優しく頭をでられていた。


 どうやらリビングのソファーに寝かされ、少女の放つ〈氷魔法〉の冷気で頭の腫れを冷やされていたようだ。


 それにしても、おっきいな。


 青い三角ビキニに包まれた少女の巨乳が、隼人の視界を占領していた。くっきりとした谷間が目に飛び込んでくる。


 いや、見惚れている場合じゃない。


 隼人は慌てて上半身を起こした。


「痛たた……」


 思わぬ痛みで背中に手を伸ばす。


「大丈夫っすか?」


 黒髪の少女が、今度は背中をさすってくれる。


「ありがとう、でも気にしなくていいぞ。そういえば君は、仙石の選手か?」


「はい、百地暗子ももちあんこっす。この度は、刺客と勘違いして抹殺しかけて申し訳ないっす……」


 暗子が顔を青くしながら頭を下げる。


 隼人は眼前に迫った〈魔法〉の手裏剣のことを思い出す。


「そう言えば俺は死にかけていたのか……まあ、今回は無事だからいいさ……」


〈魔熱病〉になってから、ずっと半分くらい死んでるようなものだ。たとえ命が尽きても、心残りはもうない。


「なんと心の広い御仁ごじんっすか! 感激っす! これからは心の兄として慕わせてもらうっすね! 隼人にい、と呼ばせてもらうっす!」


 暗子は隼人の言葉を誤解して感動に目を潤ませながら、とんでもないことを言う。

「は? 兄? いや、名前教えたっけ?」


 隼人が混乱していると、リビングの扉が音を立てて開く。疲れた顔をした千尋と、暗子とお揃いの青ビキニを着て、スマホを握る金髪の少女が入ってきた。


 MBバレーはルール上、ペアのユニフォームは同じデザインの服や水着にしなければならないので、青ビキニが彼女たちの砂上の戦闘服なのだろう。


 金髪の少女は、隼人を見るなり憤慨する。


「あー! のぞき魔、やっと起きたんだ‼」


 隼人は、カッとなって言い返したくなるのをこらえて、一度深呼吸してから答えた。


「結果的に着替えをのぞいたのは謝る……けど、俺はのぞき魔じゃない!」


「フンッ! どうだか? JKの裸を見れてラッキーとか思ってんじゃないの⁉」


「そ、そんなわけあるか!」


 少しは……あるかも。


「ワタシたちの胸をガン見してたくせに‼」


 金髪の少女が語気を荒げる。暗子は隼人と相方の少女の間でうろたえている。


 リビングの空気が悪くなる中、千尋が窓を開けた。カラッとした風が室内を吹き抜けていく。


「まあまあ、隼人君がドアをノックしないのも悪かったけど、あの世に行きかけたんだから許してあげてよ……私が書類を忘れたせいだからさ、この辺で……」


「はあ……千尋さんに感謝しなさいよ、のぞき魔! 今回は特別に! 許してあげるわ‼」


「……ど、どうも」


「念のため確認するけど隼人君、体の具合は大丈夫? 痛みがひどいようなら病院に連れて行くけど……」


「……大丈夫だ」


 隼人はソファーから立ち上がった。


「本当にごめんね。じゃあ、こっちに座ってもらって」


 千尋に促されて、大きなテーブルを囲む椅子の一つに腰を下ろす。


 千尋と少女たちも席につき四者面接が始まった。




 四人は改めて自己紹介をした。


 ようやく隼人は金髪の少女の名前を知った。


「松田エリスよ」


 そっぽを向いたまま、エリスは隼人と目を合わせようとしない。


「エリスか、外国人っぽい名前だけどミックスなのか?」


 何気ない質問だったが、エリスは無言で隼人を一瞬ギロリとにらみつけ、再び視線をらす。


「そ、その辺はセンシティブな話題だからさ……」


 千尋が焦ったように両手を振る。


「そうだな……すまん」


 エリスは過去に金髪や青い瞳のせいで、いじめにでもあったのかもしれない。


 隼人は素直に頭を下げた。


「フンッ! まあいいいわ……って、やっぱりよくないわ! 千尋さん‼ コーチ候補の人を連れてくるって言ってましたけど……何なんですか⁉ この岩崎隼人って人は? 男だし! 若いし! 念のため調べましたけど、たった一つしか実績ないじゃないですか⁉ まぐれで勝っただけなんじゃないですか?」


 エリスがスマホの画面を突きつけてくる。


 そこに表示されていたのは、隼人の顔写真とワールドツアーCランク大会準優勝の文字だけだった。


(まあ、誇れる実績はそれしかないしな……)


 隼人が遠い目をする。


 続いて暗子が口を開いた。


「アタシらは、ベテランの女性が来てくれると思ってたっす……二十三歳の若い男の人が来るなんて夢にも思ってなかったっす。あのー、失礼とは思うんすが、隼人にいは大学を卒業した後、一年間何をしてたんすか? バイトでもしながらスポンサーや所属チームを探してたんすか?」


 ガチの無職の人間だったら胃が痛くなるような職歴の質問に隼人は涼しい顔で答えた。


「一年間、ニートの春を謳歌おうかしていた」


「ニ、ニートすか……」


 暗子は困った顔をしながら、千尋を見る。


 千尋は腕をバタバタとさせながら否定する。


「ち、違うわよ! 隼人君のお父さんに確認したけど、病気の療養とリハビリをして過ごしていたのよ‼ ニートじゃなくて無職よ!」


「同じじゃないですか⁉」


 エリスがドンとテーブルを叩く。


「就労の意思があればニートじゃないわ! 無職よ‼」


「まあ、そこはどうでもいいですけど……病気って何です? 本当にコーチできるんですか?」


(ここが決めどころだ‼ 千尋には悪いが俺はコーチに向いてない)


 隼人は一度息を整えてから、必殺の言葉を紡ぐ。


「俺がかかったのは〈魔熱病〉だ。正直言って、〈魔法〉の指導はキツい」


「はあっ⁉ 何それ! コーチなんて絶対無理でしょ!」


「隼人にいに恨みはないっすけど、アタシもコーチは難しいと思うっす……」


 エリスと暗子が千尋の顔をじっと見つめる。


 千尋は視線の圧に負けず、豊かな胸を張って答えた。


「隼人君は、優秀な人材よ! 大学生の時も色々と助けてくれたし、気も利くわ。隼人君なら条件にも合うし、100点満点よ!」


 エリスは、それを聞いてかなり悩ましげな顔をする。


「千尋さんは、ワタシたちを救ってくれた恩人ですけど……でも、流石に今回は……」


「経験が浅く、〈魔力〉に問題を抱えている隼人にいをコーチにして、本当に強くなれるんすかね?」


 暗子が首を傾げる。


(俺もそう思う。コーチとか無理だろ)


 隼人の心の声が聞こえているのかいないのか、千尋は両手を力強くテーブルについて立ち上がった。


「二人の不安も分かったわ……では、こうしましょう! 分かりやすくMBバレーで勝負しましょう‼」


「ええっ⁉」


 三重の驚きの声が別荘に響き渡った。

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