第3話 仙石千尋と日天島

【日本にハワイやグアムを作ろう!】


 日天島はそのスローガンのもと、東京のはるか南の海上に仙石建設が建造したメガフロートの人工島であり、最先端技術と〈魔法工学〉の融合によって生まれた〈魔法都市〉である。


 最大の特徴は、常駐している〈上級魔法師〉と環境管理マジックAI〈サマーマキナ〉によって、あらゆる自然環境の要素が〈魔法〉で制御されていることだ。


 それゆえに極端に暑すぎる、寒すぎる日はなく、いつでも最高の空、最高の海、最高の太陽、最高の風が待っている。誰もが人生で一度は考えたことがある『こんな気持ちのいい日がずっと続けばいいのに』という願いが実現した常夏とこなつの楽園だ。


 さらに日天島は、ハワイやグアムより気軽に行けるIR――統合リゾートアイランドであり、カジノはもちろん、五ツ星ホテル、巨大ショッピングモール、国際展示場、高級レストラン、ブランドショップ、劇場、温泉施設、ビーチなどが整備されていて、国内外から多くの観光客が訪れている――とパンフレットには書かれていた。


「なるほどな。いや、それにしても暑いな……」


 隼人は【日天島観光協会監修】のパンフレットをスーツの内ポケットに押し込むと、耐え切れずに上着を脱いだ。面接時の服装は特に指定されていなかったが、安易にスーツを着てきたのは完全に失敗だった。


 東京と日天島を結ぶ〈高速魔法フェリー〉から港に降り立った隼人は、三月であるにも関わらずギラついた真夏のような日差しを浴びた。


 この環境ならチームの本拠地を置くのも納得できる。


 ビーチバレーやMBバレーの選手は、意外と練習場所の確保に苦労する。


 近くにビーチコートが設置されていればいいが、なければ時間をかけて移動しなければならず、電車やバスが必要となれば交通費も馬鹿にならない。仮にコートがあっても野外だと冬の練習は厳しい。少数ながら全天候型の屋内ビーチコートも存在するが、風にボールが流されることがないので、実際の試合とは感覚が違う。


 だが、日天島なら季節を問わず一年中〈魔法〉によって生み出された夏の陽気とカラッとした風が吹くビーチコートで練習できる。MBバレーボーラーとしては最高の環境だ。


 日天島には仙石建設の支社もあるらしいので、MBバレーチームはそこの所属なのだろう。


 とにかく担当のマネージャー、社長の娘であるアイツと合流しなければ。


 隼人は待ち合わせ場所に指定されたフェリー乗り場を見回し、見知った顔を見つけた。


 髪をシニヨンにまとめ、パンツタイプのサマースーツを着た眼鏡美人が歓迎メッセージの描かれたボードを掲げている。


 隼人は女性に近づきながら、ボードの文字に目を凝らす。


(え~と、何々?)


【待ち合わせ、ヨシ!(の右側に指を差す猫のイラスト。〇の中に『仙』の文字が描かれた白色のヘルメットをかぶっている)】


「現〇猫じゃねえか⁉ 建設業だからって使っていいのか!」


「失礼ね……〇場猫じゃなくて、仙石猫よ! ヘルメットの色と文字をよく見なさい!」


「うわ……パチモンじゃ、余計問題だろ!」


「作者に依頼して作ってもらった我が社の新しいマスコットキャラだから問題ないわ……それにしてもツッコミの腕は衰えていないようね、隼人君! 安心したわ!」


 女性は理知的な容貌とは裏腹に悪ガキのような笑みを浮かべる。


 隼人は呆れながら答えた。


「俺は芸人じゃないぞ……」


「ツッコミ力……ひいては選手のミスや間違った判断に対して、自信をもって素早く言葉を返すのもコーチの資質の一つよ!」


「絶対、今考えた屁理屈だろ……」


「そのとおりよ!」


 女性は口に手を当てながら、ケラケラと笑った。


 そういえばこの女は、こんな風な笑い顔を見せる奴だった。


 隼人は久しぶりに会う仙石千尋せんごくちひろとの大学生活を一瞬懐かしんだが、頭を振って現実に思考を戻す。


「ところで、何で俺なんだよ……MBバレーのコーチなんて金でいくらでも雇えるだろ……」


「こっちにも色々事情があるの、説明は後でするから行くわよ」


 千尋は隼人に背を向け、颯爽さっそうと歩き出す。


 この強引さも懐かしい。このお姫様は、いつでも人に有無を言わせず引っ張っていくのだ。


 隼人はため息をついて、千尋の後を追いかけた。


 フェリー乗り場の駐車場に着く。


「これが今の私の愛車よ!」


 千尋が手を伸ばした先には豪華絢爛ごうかけんらん――ではなく質実剛健しつじつごうけんを具現化した車があった。


「って⁉ トヨ〇のプ〇ボックスかい! あれ? 大学生の時はカスタムしたスポーツカーに乗っていたよな?」


 赤い外車でドライブや買いものに付き合わされた記憶が蘇る。


「それは会長の家に置かせてもらっているわ。日天島ではこれよ! ウチには大飯食らいが二人もいて買い出しとか物を運ぶ機会も多いから、こっちのほうが便利なのよね……それにまあ、隼人君に後で運転してもらうことになるし……」


「ん? 何か言ったか?」


 千尋の声が途中で小さくなって、よく聞こえなかった。


「いえ、何でもないわ。ウチの選手が待っているから、早く行きましょう!」


 千尋から妙に軽やかな笑顔を向けられ、隼人は訝しみながらも助手席に乗り込んだ。




 隼人が助手席の窓から外を眺めていると、港湾エリアから商業エリアへ景色が流れていき、さらに観光客で賑わうレジャーエリアも素通りしていく。


「あれ? 練習場所って、観光客が行くあっちのビーチじゃないのか? もしかして専用のビーチコートを持っているのか?」


 資金力のある会社だと敷地に砂を運んで、ビーチコートを整備しているチームもある。


 千尋は運転に集中するため隼人に視線を向けずに答える。


「いえ、そういうわけじゃないわ……日天島には高級リゾートエリアがあって富裕層向けに土地を売っていたの。仙石建設の会長、つまり私のおじい様がそこの一画を買って別荘を建てたわ。どうせ普段使ってないから、おじい様からまるごと借りてる」


「つまり、別荘を拠点にプライベートビーチで練習してるってことか?」


「そうよ」


 千尋は何でもないように言う。


「う、うらやましい……」


 誰もいないビーチで思う存分MBバレーの練習をできるなんて、ブルジョワだ。普通のビーチコートは使用するのに先着順だったり、予約が必要だったりするので、思うように練習時間を確保できないこともある。


「まあ、会社が何も協力してくれないから苦肉の策だけど……」


「ん? 何か言ったか?」


「いえ、気にしないで。そうね……到着まで少し時間があるから、面接官らしく質問でもしちゃおっかなー」


「大抵の俺の情報は知っているだろ……」


「この一年で変化があるかもしれないじゃない……えーと、童貞ですか?」


「ぶっ!」


 とんでもなくラインアウトをした質問に隼人が吹き出す。


「……それは面接に関係ないし、お前は知ってるだろ!」


「何? まだ童貞なの? だから私がヤらせてあげるって言ったのに……」


「何が悲しくて、男に興味が無い奴としなきゃならないんだ」


「興味がないわけじゃないわよ……九対一の割合で女性が好きなだけで」


「ええ……レズじゃなくて、バイだったのか……」


「厳密にはね……まあ、男で好きになった人なんてまだいないけど……偽装彼氏を三年もやってくれた隼人君には一回ぐらいヤらせてあげてもいいかなと思ったのに、拒否するし」


 隼人は〈魔法大学〉二年生の時、男女トラブルに巻き込まれた千尋を助け、それが縁で卒業まで金で雇われ、偽装彼氏をやっていた。千尋が周囲に秘密にしていた彼女さんとも仲良くなった。 


 プロMBバレープレーヤーを目指していた当時の隼人は身長186センチのむくつけきマッチョマンであり、偽装彼氏になってから仙石建設の社長令嬢を狙うハエのような男は寄りつかなくなった。ちなみにもらった金員きんいんはMBバレーのワールドツアーの遠征費となって消えた。


「過ぎた話はもういい……質問はそれで終わりか?」


「えーと、チーム運営の参考に隼人君が組んでいたペアのことを聞きたいんだけど……」


「ペア? 小野寺さんのことか? 〈魔熱病〉になってペアを解消して、その後は知らん」


「気になって調べたりしないの?」


 隼人は数秒沈黙した後、不貞腐れた顔で答えた。


「気にはなったけど……もう俺はMBバレーを辞めたんだ……どうでもいいだろ」


「どうでもはよくないと思うけど……まあいいわ。小野寺さんとどうしてペアを組んだか、教えてくれる?」


「ペア結成の理由か……俺は誘われた側だけど単純に『身長』を求められた……逆に俺が求めたのは『経験』だ。プロを目指すうえで、大会や海外遠征での経験を直接学ばせてもらえると思ったから、同じ大学生じゃなくてシニアの小野寺さんと組んだんだ。MBバレーは基本的に自分に無いものを持っている人をペアに選ぶ」


「そうなの……身長とか経験が同じくらいじゃダメなのかな……」


 千尋は悩ましげな表情を浮かべる。


 もしかしてくだんの女子高生ペアのことで悩んでいるのか?


 隼人は少し考えて、フォローの言葉を口にした。


「別にダメって分けじゃないぞ。他にも、サーブやレシーブが上手いとか、得点力やディフェンス力があるとか色々な観点で選ぶぞ」


「全部ダメかも……」


「うん? 何か言ったか?」


「いえ、次の質問よ――」

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