第一章
第2話 岩崎隼人とコーチ
――藤田夏海1st写真集『ビーチの妖精、降臨』――
人気マジックビーチバレー選手、ビーチの妖精こと藤田夏海、待望の水着写真集!
惜しげもなく披露された美ボディーを見逃すな‼
ガタイのいい長身の青年が自室のゲーミングチェアに座り、テーブル上のパソコンのキーボードを脇に押しやって、帯つきの写真集を広げていた。
青年はさっぱりとした短髪に
青年――岩崎隼人は写真集を見ながらブツブツとつぶやく。
「流石、夏海ちゃん! 完璧に仕上がった体だ‼」
腹筋の縦筋が見えるメリハリのあるボディラインがカッコいい。
隼人は写真集を次々とめくり、その度に汚い声を上げる。
「うぉ! すごい! なんと!」
だが、とあるページでピタリと手を止めた。
「お、これは――」
砂浜で振り返りながら、お尻を突き出すバックショット。紺色の縦一筋の布地が白いヒップに激しく食い込み、引き締まった美尻が惜しみなく露わになっている。
大胆なTバック水着グラビアだ。
もっとも、ビーチバレーではTバック気味のボトムスはそこまで珍しくない。海外の一流選手たちも愛用する実用性重視のデザインだ。布面積を最小限に抑えることで試合中、砂がこびりつくのを防ぎ、締め付けも少なくて動きやすいらしい。ビーチバレー業界では『面積が小さい水着ほど強い』なんて大げさに言われることもあるので、見た目で対戦相手を威圧する効果もあるのかもしれない。
「それにしても、何度見ても夏海ちゃんのお尻には
隼人は大満足で水着グラビアを堪能した。
後は巻末のインタビューを読むだけだったが、最終ページの藤田夏海のプロフィール欄が目に入り、急に現実に引き戻される。
「夏海ちゃんは俺の一つ上、二十四歳か……はあ、無職の俺とは住む世界が違い過ぎる……海外大会で会ったことあるけど、もう一度会いたいなー、夏海ちゃんが彼女になってくれたら最高の人生なんだけどなー」
隼人はチラリとテーブルのスマートフォンを見る。
「いや、過ぎたことはしょうがない。もう一周するか」
写真集の1ページ目に戻ろうとした時、ドアが勢いよく開け放たれた。
隼人はチェアを少し回転させ、横目で訪問者を確認する。
「おい! ごく潰し――じゃなかった大卒ニート! 仕事を持ってきてやったぞ‼」
隼人の父が怒鳴りながら部屋に入り込み、手にしたメモ用紙をヒラヒラと振る。
「って何だ、また新しい写真集を買ったのか? こんなに部屋を飾り立てておいて、また新しいグラビアアイドルにご執心なのか? お前も節操がないな……」
父親はぐるりと首を回し、壁に何枚も貼られたグラビアポスターやグラビアカレンダーをにらみつける。
隼人は口から泡を飛ばした。
「夏海ちゃんはグラビアアイドルじゃねえよ⁉ アスリートだけどグラビアモデルをやっているだけだ! ポスターの子たちも女優やアイドルだけどグラビアモデルをやっているだけだ! 彼女たちは本業のために覚悟を持ってグラビアをやっているんだ‼ もちろんグラビアアイドルも大好きだけど、グラビアモデルの子も好きなんだ‼」
隼人の鬼気迫る表情に父親は
「お、おう……父さんはそういうの詳しくなくてすまんな……って違う! ニートに仕事だ‼」
隼人は写真集をそっと閉じた。
「俺はニートじゃねえよ……無職だ‼ 病気で療養しているだけで、就職する気はあってだな……」
「その言い訳はこの一年間、聞き飽きた! もう三月だぞ! お前の一つ下の後輩も、とっくに就職を決めている頃だろ‼」
痛いところを突かれ、隼人は黙り込む。
MBバレー部の後輩たちの内定報告はグループチャットで見た。先輩や同期の祝福コメントの中で、隼人だけが完全にスルーしている。チャットに居づらいのだったら、さっさと抜けてしまえばいいのだが、それも悔しくて中々できなかった。
「主治医の先生からも就労の許可は出ているんだろ! 一時でもMBバレーのプロになったお前にこう言うのは酷だが、気持ちを切り替えて就職して、普通の人生を歩むしかないぞ‼」
「それは……分かってるよ……」
力なく下を向く。
隼人は〈魔法大学〉時代、とあるシニア選手とペアを組み、MBバレーのプロを目指して活動していた。
国内大会だけでなく、バイトで稼いだ貯金をはたいて海外のワールドツアーにも参加し、A・B・Cと三段階のカテゴリーが存在する大会群の中で、一番下のC大会に何度も参加して、一度だけ準優勝を果たした。
その実績がとある企業の目に留まり、スポンサー契約を獲得。晴れてプロの道を歩み始めた。
大学卒業後も、もちろんプロとして食っていくつもりだった。
だが病魔に侵され、全てを失ってしまった。
隼人は頭を掻きむしる。
「あー! 〈
〈魔熱病〉は〈魔法師〉特有の難病であり、原因不明、治療法なしの不治の病だった。
症状は、〈魔法〉を使用すればするほど体に熱が溜まり、最後は高熱を引き起こし倒れ、場合によっては死に至るというもの。
一年間の療養と〈魔法リハビリ〉の甲斐あって、日常生活レベルの〈魔法〉使用ではあまり熱は溜まらなくなったが、〈魔法スポーツ〉はもちろん禁止であり、仕事として〈魔法〉を使う職業にもつけない。
だからといって普通のビーチバレーは、法律上〈魔法師〉の参加が認められていない。
俺が小学生の頃から頑張ってきたマジックバレー(Mバレー)やマジックビーチバレー(MBバレー)の知識や技術は、何の意味もないものになっちまった。さらに〈魔法〉をまともに使えない〈魔法師〉なんか社会に出ても笑われるだけだ。俺は一般社会においても〈魔法社会〉においても無能のゴミだ。
隼人はこの一年、どす黒くねばついたヘドロのような感情に囚われていたが、両親に『生きる意味を見出せなくなった』と相談することもできず、就職から逃げて、現実から目をそらしニートになっていた。
でも、それも、もう終わりのようだ。あきらめて普通の仕事とやらに就くしかない。俺にどんな仕事ができるのか分からないが、ブラック企業だけは流石に勘弁だ。
「はあ……それで親父が持ってきた仕事って何? もしかして知り合いとかのコネ?」
隼人の父は顎に手を当てる。
「う~ん、コネと言えばコネだが……まあ、最初から説明する。息子よ、父の勤め先を覚えているか?」
「
仙石建設は日本国内で有数の建設会社であり、東京オリンピックのとある会場を造ったとか、大阪万博のパビリオンの建設に参加したとか、メガフロートの人工島を造ったとか、隼人は同じ話を何度も聞かされ、うんざりしていた。
(それにつき合いのあったアイツも仙石建設に就職したはずだし……)
隼人は大学時代に特別な交友のあった同級生を思い浮かべるが、そのことは口には出さなかった。
「……もしかして仙石建設にコネで入れてくれるのか?」
日本を代表する大企業の正社員になれる可能性が出てきて、心が少し浮き立つ。
「いや、それはない。コネで入社できるのは、議員の子供、付き合いのある会社や大学のお偉いさんの子供、あとは……法人の子供とかだな」
「法人?」
「これだよ、これ!」
隼人の父は手をパパっと動かして、お祈りポーズを取る。
「え? それってしゅうきょ――」
「口に出すのは止めたほうがいいぞ」
「触らぬ神に祟りなしか……え? つまり、仙石建設のコネじゃないの?」
「落ち着け、まだ話は終わってない。父さんも最近知ったんだが、実は半年ほど前から仙石建設はスポーツチームの運営をしているんだ」
「実業団とか企業スポーツってやつ? 内部の人間なのに最近知ったって、どういうこと?」
「一応発足時には、何か広報があったような気もするが、存在感が薄くて忘れてた。まあ、とにかく喜べ、お前はそのチームのコーチとしてお呼びがかかった」
「チーム? コーチ? え? それってまさか――」
隼人はゲーミングチェアから勢いよく立ちあがり、父と向き合った。
「MBバレーのコーチさ! 〈魔法スポーツ〉の人気も上がってきたから、仙石建設もそれにあやかろうとしているのかもな?」
父が隼人の胸をポンと叩く。
隼人はそれに応えるように力強くうなずいた。
「〈魔法スポーツ〉は〈魔法〉の撃ち合いが派手で、普通の人でも観戦が面白いって言われているからな、って、やっぱ無理じゃん⁉」
隼人は、がくりと肩を落とす。
「何が無理なんだ?」
父の疑問に、隼人はまくしたてるように返す。
「全部だよ! まず、俺にコーチの経験なんてないよ! 大学生の時にボランティアでMBバレークリニックの手伝いをしたくらいだ! それも教えたのは中高生だし、シニア選手のコーチなんてできないよ! 年下に教わるのなんて嫌だろうし、俺は実績もたいしてないし……そもそも〈魔熱病〉だから出力が低いスポーツ用の〈魔法〉でも練習に付き合うのは、結構キツいんだけど……」
隼人の言葉を聞いても、父の顔色は変わらなかった。
「お前の事情は全て話してある。そのうえで、ぜひお前にコーチを頼みたいたいそうだ。まず実績が無いのは好都合らしい、さらに教えるのは十六歳の女子高生二人だ。そして〈魔法〉うんぬんよりビーチバレーの基礎を教えて欲しいらしい」
「は⁉」
隼人の脳内に疑問符が駆け巡る。
全く意味が分からない。
一般に〈魔法スポーツ〉では、身体能力よりも〈魔力〉が重視される傾向にあるので、現役バリバリのシニアだけではなく、〈魔力〉が高いジュニア年代の高校生をスカウトしてプロとして育てているチームもそれなりにある。でも、それは類まれなる才能を持つ場合がほとんどで、ビーチバレーの基礎を教えてとは?
それに実績がいらないコーチ業なんてあるのか?
思考の沼にはまりフリーズした隼人の手に、父が強引にメモ用紙を握らせた。
「とにかく一週間後、面接に行け! 詳しい日程と場所が書いてある。費用は全部相手持ちだ。あと『気が向かないから、やっぱ行くのは止めた』は無しだぞ! このチームのマネージャーは社長の娘さんなんだ! もし失礼があったら、俺のクビが飛ぶとまで言わないが……左遷されちまうかもしれん……頼む、息子よ! 面接を受けてくれるだけでいいから」
悲壮な声を出しながら頭を下げる父を無視して、隼人は別の意味でショックを受けていた。
(社長の娘って、アイツじゃねえか⁉ なぜだ? 大学卒業でお役御免になって、連絡先も消したのに……)
隼人は、よれたメモに目を通した。
場所は――
「――
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