きみとぶきみ

ボウガ

第1話

 S君の通う小学校には、キミという少女がいた。皆がブキミブキミといって嫌い。S君も嫌っていた。だがなぜかS君は彼女に好かれているようだった。ふとっていていつも瞼がはれている。S君は虐待をうたがっていたが、確証はない。母親が育児放棄をしたとかいう話しか。



 ある時から妙な噂が学校中で流行り始めた。フシコさんという女性が校門の前で自分の子供を探しているのだという。なぜフシコというと、眼の穴が真っ黒な深淵で、ウジがうごめくさまを見て、あるこがそう名付けたのだ。


 キミと仲のいい少女がいた。裏でいじめているからこそ仲がいいのではないかという噂もあったが、シオリという美少女は才色兼備、将来を約束されたかのように何をやってみてもうまくいく。きっと彼女が不条理な命令をしたとしても、他の子に靴をなめろといったところで、きっと皆はそうしただろう。だが彼女はそうしたことは一切しなかった。だからこそ評判は維持された。


 しかしどこかで、キミと一緒にいる時はおびえている様子さえあった。S君はこう推論だてていた。きっと、キミこそが彼女を脅しているに違いない。


 シオリが、フシコの噂がもちきりだったころあるおまじないをして、唐突にこんな事をいいだしだ。

「フシコを追い出す呪いがあるわ、それで、代償は払われる」

「ええ!」

「やったほうがいいかも!」

 なぜ皆がそんなに食いついたかといえば、前々日に学校では教師や生徒の事故や怪我が相次いだからだ。そして口々に彼らはその前日フシコをみたと語っていた。シオリは皆にウソをついたり何かを強要したことはない。皆は了解した。まじないは“ゴベルバルバル”とかよくわからない言葉だった。


 S君もその日家に帰るとそのまじないを心の中で復唱していた。しかし何か引っかかるきもする。なぜ、シオリはフシコに対するまじないをしっていて、こんな事が起こるまで黙っていたのだろう。だって彼女は何にだって才能があるのに。


 夜、寝ぼけまなこでトイレに向かう。宿題をやって寝てから、もう二時をすぎていた。小便を出して手を洗うと、扉の前で足音がした気がした。

「多分、音が耳にのこっていたんだろう」

 そして廊下をすぎて自室へ向かうとき、リビングを通る。キッチンには人影がたっている。母親だ。

「お母さん……」

 といいかけて違和感を感じた。母は今、足の骨折でで入院中のはずだ。あれ?と考える。そうだ、母も似たようなことをいってなかったか?入院する前だ。子供の足音をきいたって、キッチンに誰かが立っていたって。目をこする、キッチンに目を向ける。人影は消えていた。


「ふふふ」

「誰!!」

 ふりむくと、黒い影がたっている。それはシオリの姿をしていた。しかしなぜか騙されまいとして目をこする。そこにたっていたのは、キミだった。

「どうして僕の家に!君は何を!はっ!」

 ふと動揺する。キミの姿は、どういうわけか少しおとなびていて、背筋が伸び、手足が長くなっていた。そしてその眼は真っ黒で、くりぬかれたように深淵で、ウジがはっていた。

「キミ!!いったいどういう!」

「ありがとう、ありがとう」

 キミの影は、彼女自身の影と、彼女自身が纏うかげとがあわさって、それは見えない手のように自分にせまってくるようだった。影自身が影をまとい、廊下の証明を遮断して目の前に広がる。視界が狭くなっていく。

「キミの姿をした、フシコ!?フシコなんだな!?」

 まるで確信じみたものを感じ、自分に言い聞かせるようにつぶやくと、シオリがいっていたあの呪文を唱えた。

「ゴベルバルバル・ゴベルバルバル!!」

「ウゴッ!!」

 キミの顎が斜めに揺れた。まるでひび割れた建造物が崩れ去る前兆のように、奇妙な動作だった。

「ゴベルバルベル・ゴベルバルベル!!」

「ウゴ!!ウゴオッォオ!!」

「ゴベル!!」

 ふと、S君は目の前の光景に目を疑った。今度は何度目をこすっても、光景は揺らぐことがなかった。そこにたっていたのは、シオリだった。

「ありがとう、S君、私、母親に見捨てられてから、皆に変なあだ名をつけられたよね、それまで人気者だったのに……」

「何をいっているの!?」

「ふふ、あなたには特別なまじないをかけたから、きづいてないか、キミなんて子はいないよ、よく似た子はいるけれど、いくつかのパーツをあわせてモンタージュでつくられた姿なの、私は母親の死を目撃した、ひどい……自死だった……遊びほうけたあげく、あんな死に方って」

「ちょっとまって、先生に相談を……」

「もうだめよ、さっきの呪文は永遠にともにいるための誓いだから」

 奇妙な事を口走ると、突然シオリは前のめりになってS君の唇に自分の手をあてた、そしておでこをぴったりとつけると今度は自分の唇にシーっと静かにしろというジェスチャーを加えた。

「意味がないわ、あなたは思い出したもの、これからはずーっと一緒、あなたの中に母にはなかった母性をみつけた、だからあなたのこと、ずーっと甘やかしてあげる」

「な、なな……な」

「怖がってくれてありがとう、皆私を嫌っていた、気持ち悪いと非難した……けれどあなたは怖がった、皆はあーんなに私のことを尊敬していたのに、私の言動がおかしくなると不気味だと皆でいじめた、でもあなたは違った、なぜかわかる?あなたは私に優しくした、皆と違う行動をした、私を怖がってるふりをしながら、あなたは私の下駄箱から追い出された靴を元に戻し、机の落書きをけした、あなたは無意識に私に罪の意識を感じた、だから怖いのよ、一度優しくした私のことが……私も嫌われるのが怖かった、母親がしんでね、あなただけが家族、でもずっと一緒、これからはずっと一緒、裏切っちゃだめよ、母さんの用にまじないで死にたくなければね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみとぶきみ ボウガ @yumieimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ