#42 襲名
雷明、桔梗による陰陽寮襲撃事件から三日後、陰陽寮の神殿造りでは、陰陽師頭首の就任式が行われていた。
式には、三十七代目安倍晴明を除く陰陽師総員二百三十六名、そして春明、お嬢、レイ、美波が参加していた。
保憲から歴代の安倍晴明が被っている烏帽子を、吉平が受け取る。吉平はそれをゆっくりと被ると、木で出来た高さ五センチほどの壇上に登った。皆が吉平を見守るなか、彼は「こほん」と咳払いをしてから話を始めた。
「本日より、私が晴明の名を受け継ぐ。この名を継ぐからには、先代に恥じぬよう、強く、逞しく、立派な姿であり続けることをここに誓う。先代に比べ、私はまだ未熟者で頼りないかもしれないが、どうか私についてきてほしい! よろしく頼む」
吉平が涙ぐみながら頭を下げると大きな拍手がおこった。「いいぞ! 吉平!! いや、晴明様!!」、「かっこいいぞ!」など、陰陽師たちから野次が飛ぶ。
吉平が顔をあげ、凛々しい目つきで真っ直ぐに前を向く。
ここに新生陰陽師が誕生した。
就任式終了後、吉平の部屋に春明が訪れた。
「なんだ、春明か。冷やかしにきたのか?」
吉平が春明に乾いた笑顔を向ける。
「別に、そういうんじゃねーよ。ちゃんと様になってたぞ」
「はっ、貴様に言われても嬉しくない」
吉平が春明に悪態を吐き、少し黙ってから再び口を開いた。
「正直、私よりも吉昌の方が晴明の名に相応しいと今でも思っている。あいつは鈍臭く見えるが、どんな状況でも冷静な判断ができる。本当は私なんかより全然優秀なんだ」
吉平が目を細めながらに言う。二日前、吉平は光樹から「次の安倍家頭首を君に頼みたい」と突然告げられたのだ。それが皆の意思であると。
最初のうちは晴明の名を継ぐことを吉平は断っていた。しかし昨日、やはり受け継ぐことにしたと吉平本人が申し出たのだ。
「それじゃあ、どうして受け継ぐことにしたんだ?」
「吉昌に言われたんだ。『そんなに弱気でいるなら、本当に僕が晴明の名を継ぐぞ。君はいつからヘタレになったんだ』って。吉昌らしくない侮言についカチンときてしまってな。それから一晩、ずっと考えていた。こんなことでくよくよしている方が私らしくないと。こんな姿を晴明様に見せたら、また罵倒されてしまうだろうってな。今思えば、吉昌も私のことを鼓舞してくれようとしたんだろう。皆の期待は裏切りたくない。だから決めた。」
吉平は春明のことを真っ直ぐに見た。春明は「そうか」と、軽く笑みをこぼす。
「それにしても、やはり晴明の名の重圧はすごいな。晴明様は……三十七代目は本当にすごい方だ。まだ十三の頃から、この重圧をずっと背負っておられたのだな。その頃の晴明様と比べて、私は一回りも年上だというのに、この重圧が耐えられるかどうか……」
そう言って吉平が涙ぐむ。
「あんたなら大丈夫さ。なんせ晴明さんが一番に信頼していたんだからな。頑張れよ、三十八代目」
「……ありがとうな。晴明様が……三十七代目が戻ってくるまでは、私が絶対に
吉平が見せた覚悟を決めた顔は、春明の目にとても格好良く映った。
「よかったな晴明さん。吉平が晴明の名を継いでくれるってよ」
そう言った春明の目の前には、人工呼吸器に繋がれ、全身を包帯で覆われた晴明がベットに横たわっていた。
ここ、京都病院の医師によると、『なんとか命は繋ぎ止めたものの目覚めるかどうかはわからない』とのことだ。
「晴明の名の重圧に耐えられるかどうかってすごく不安そうだったよ」
春明が無反応の晴明に優しく話を続ける。
「……あんたもあん時は強がっちゃいたが、親父の葬儀の時、裏でこっそり泣いているのを見ちまってさ。実子の俺がそんなに悲しんでいないのに弟子のあんたが裏でわんわん泣いてるもんだから、すごく複雑な気持ちになったのを覚えてる。……あんたもずっと責任を感じてたんだよな。あんたは全然悪くないのに。今回、悪役まで演じて皆んなを必死に守ったんだよな。すごくかっこよかったよ。だからさ……だからもう、あんたは休んでろ。それで、ちゃんと休んで、また元気な姿を皆んなに見せろよ。親父があんたにさせたみたいな思いを絶対に弟子たちにさせるな。皆んな待ってっから」
そう言い残して、春明は病院を後にした。
「お嬢、帰るぞ」
春明はボズトンバックに荷物を詰め込むと、それを持ち上げた。陰陽師たちに別れを告げて、これからカフェ陰陽に帰宅する。
「待ってくださいまし」
そう言って、お嬢は走って春明の横に並んだ。
「ほら、あなたたちも行きますわよ」
お嬢が振り返ると、そこにはレイと美波が居た。
「……うん」
「はい!」
レイとキャリアバックを引いて歩く美波も、春明の横についた。
「こっちに来るなら来るって言ってくれりゃ良かったのに」
「だって! ……春明もここに来るとは思わなかったんだもん」
レイが少し俯きながら春明に言う。
「雷明が関係してるんだ。封印を守っていた俺が行かない訳には行かねーよ。ってか、あんたらどうして陰陽寮が襲われるタイミングがわかったんだ?」
春明は雷明との戦いが終わった後に、レイ、美波、そして芦屋家と賀茂家の陰陽師たちと合流し、その時にレイと美波がこちらに来ていたことを知った。そして、襲撃のタイミング、ドンピシャで彼女らが陰陽寮に現れたことも知り、そのことをずっと疑問に思っていたのだ。
「それは私が龍に乗って空を飛んでいる雷明と桔梗を発見したんです!」
そう得意げに話す美波にレイが冷たい目を向ける。
「襲撃の日に京都に来れたことは、本当に運が良かった。でも君、『せっかくですから観光しましょう』とか言って、呑気に街で食べ歩いてたよね」
「うっ」
美波は痛いところをレイに突かれて声を上げた。
「たまたま、君が口からアイスクリームを溢しそうになって、たまたま、上を向いたからその時に気がついたけど、そうじゃなきゃ絶対に間に合ってなかったよ」
「初めての京都で浮かれてました……。少しならいいと思ったんです……。ごめんなさい」
美波は本気で落ち込み、反省した。
「ははっ、結果オーライってことでまあ、いいじゃねーか。それで、何か生前に関する情報を得ることはできたのか?」
春明の質問を聞いて、レイは首を横に振った。
「桔梗はなぜか、私の生前について何か知っているようだったけどね。何も教えてはくれなかったんだ」
悲しそうな顔のレイを見て、春明の口からはある言葉が出かけた。「たち……」と言ったところで、その言葉は美波に阻まれる。
「そういえば、頭の痛みは治ったんですか?」
美波がレイに問いかけて、お嬢も、「頭の痛みってなんですの?」とレイに心配の顔を向ける。
「もう大丈夫だよ。……そうそう、あの時何か思い出しそうになったんだよ。でも、すごく苦しくなって……もう忘れちゃった」
レイがくしゃっと笑ってみせる。
「治ったなら良かったです。戦いで疲れが出ちゃったのかもしれないですね」
「あまり無理はしないでくださいまし。……それで春明さん、さっき何か言いかけたかしら?」
お嬢からの問いかけに春明は、「いや」と返答した。
レイは生前の記憶を思い出すことを拒んでいる? もし、生前の記憶を思い出してしまったら、知ってしまったら、その時レイは正気を保っていられるのだろうか。
春明は怖くなってしまった。レイに自分が知る限りの真相を伝えることが。
今はまだ言わなくてもいい。きっとタイミングがあるはずだ。春明はそう心の中で言い訳をした。
レイが難しい顔をしている春明のことを不思議そうな顔で見つめている。それに気がついた春明はすぐに作り笑いをした。
「大丈夫。ゆっくり思い出していけばいい」
「そうだね」
レイ、美波、春明、お嬢はタクシーに乗り込んだ。その一台のタクシーは青空の下、空港へと向かって走っていった。
そして、陰陽寮からは一羽の大きなカラスが飛び立った。
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