#40 終戦
なぜ…………なぜ邪魔をする、明親。お前は俺の助けになってくれていたのに。俺はお前を信じていたのに。
憎い、憎い。全てが——
「次は貴様か! 来い!」
「俺だけじゃねー。晴明さんの弟子たちも、お前の相手だ」
桜散る石畳の上で、春明、吉平、吉昌は息を切らす雷明と睨み合う。
「朱雀!!」
雷明は式神の名を叫んだが不発に終わった。それもそのはず、先の晴明との戦いですでに、ほとんどの力を使い果たしてしまっていたのだ。想定外の事態に雷明は目を見開いて驚いた。
「「行け! 白虎!!」」
白虎に跨る吉平と吉昌は、目に涙を浮かべながら叫んだ。彼らが従える白虎二体が雷明に飛びかかる。
このままでは除霊されてしまう。
そう恐れた雷明は鷹を呼び出して足に捕まると、そのまま飛んで桔梗が落ちた雑木林の方を目指す。しかしその途中、雷明の体は見えない壁に阻まれてしまう。
「結界!!?」
陰陽寮、安倍家の屋敷からは、安倍の陰陽師総勢九十四人が呪符を構え、呪文を唱えながら結界を張っていた。結界は何重にも張られてより強固なものとなっている。安倍家の陰陽師たちの近くで、彩葉は目を瞑り、手を組みながら祈っていた。
「貴様らぁ!!!!」
雷明は拳を打ち込んで、結界を結界をがむしゃらに壊し続けた。しかし、壊しても壊しても次の結界が、また次の結界が現れて前に進むことができない。
「絶対に行かせるな!! ここで仕留めるんだ! これが最初で最後のチャンスだと思え!!!!」
春明が叫び声を上げる。
雷明に追いついた白虎二体は、鷹ごと雷明のことを叩き落とした。
地面に伏した雷明は、ゆっくりと顔を上げた。すると、一人の男が呪符を構えながら自分に向かって走り込んでくる。雷明はこれと同じ光景を覚えていた。五百年経った今でも、鮮明に。
どうして……どうしてそんなにも苦しそうな表情をしているんだ。どうして、お前はあの時の明親と同じ表情をしているんだ。
顔を歪ませた春明が、雷明に呪符を貼り付けた。
「我、この悪霊を滅す、急急如律令」
陰陽寮の雑木林の中では、美波に取り憑いた桔梗が頭を抱えながら俯いていた。その姿をレイと保憲が悲しい表情で見つめる。
「今更謝られて何になる……もう遅いんだよ。五百年……五百年だぞ。その間、ずっと私は陰陽師たちを恨み続けていた。雷明の死体を見せられて、『お前が死んだと彼に嘘をついたら、面白いように喚いていた』と雷明の事を嘲笑われて、挙げ句の果てには自死を強要されたその時から」
美波は両手を顔の前に持ってきて、怒りで顔を震わせた。
「悪霊になり、陰陽寮に攻め入って川人と光善を殺した。でも、晴明を殺すことはできなかった。彼と私には力の差がありすぎた。そこで記憶を失わなければもっと早く復讐できたかもしれないのに……」
「晴明との戦いで記憶を無くしたのか……」
保憲が静かに口を開く。
「ああ、でもピエロのおかげで全てを思い出したよ。なんの悪びれもなく事務的に私を除霊しようとした晴明の冷たい顔を思い出した時は、さすがに吐き気がした。それから、幽霊となった雷明が封印されたことを知った私は、雷明の封印を解くために多くの悪霊を取り込んだ。力をつけるために、何年も何年も! それでようやく……ようやくだったんだ」
そう言って美波が保憲を睨みつけた。
「今まで出会った陰陽師たちは、独りよがりでどうしようもない奴らばかりだった。だからこそ……だからこそ復讐のやりがいがあったというのに。なのに、なぜ貴様は頭を下げる? なぜ謝罪する? これでは興が覚めるではないか」
「桔梗……確かに陰陽師は自分勝手な奴らばっかりだ。今の晴明だって一人で勝手に突っ走っていっちゃうような奴だからな。でも、彼は他の人を思いやる心を持ってる。晴明だけじゃない。昔と違って、今の陰陽師はあったかい奴らばっかりだ。そんな奴らに対して、お前の復讐は無意味だよ。……それにお前の望みはこんなことじゃないだろう? お前は本当はどうしたいんだ。何を望む?」
「私は……私はただ——」
そう言って美波は空を見上げた。木の枝や葉の隙間から日の光が差し込んできて、美波の顔に照りつける。
すると、美波は意識を失うように倒れた。そして、桔梗が目を覚まし、立ち上がる。
「行かねばだな。あの人のところに」
そう言った桔梗の表情は悲しげで、そして優しかった。
「待って!!」
何処かに向かおうとする桔梗をレイは呼び止めた。
「あなたは、私の生前のことを知っているの?」
レイからの質問を受けて、桔梗は少し考えるような表情をすると微笑したような、悲しいような表情で答えた。
「少しだけ知っている。でも、絶対に教えてやるものか」
そう言って桔梗は何処かに行ってしまった。
「痛ててて……あれ!? 桔梗は?」
気を失っていた美波が目を覚ました。彼女は何が起こっていたのかわからないという様子で、その場に座り込んだままキョロキョロと辺りを見回す。
芦屋家、賀茂家の陰陽師たちが戦っていた悪霊たちの姿はすっかりと消えていて、陰陽師たちは怪我の応急手当てや寮に戻る支度をしていた。
「君、桔梗に体を乗っ取られていたんだよ」
レイが無表情のままに美波に近づくと、彼女に向かって手を差し伸べた。
「え!? そうなんですか」
レイは驚いている美波の腕を掴むと、彼女のことを引き起こした。引き起こせてしまった。
やっぱり私は悪霊に近い存在なんだと、レイは少し複雑な気持ちになる。
「ありがとうございます。……それで桔梗は倒したんですか? 何かレイに関する生前の情報は?」
すると、保憲が彼女たちの会話に割って入った。
「除霊はしていない。もう何処かに行ってしまった。おそらく雷明のところに行ったんだろう」
「え? それじゃあ早く追いかけないと!!」
「雷明のことは晴明が相手をしている。私たちが行っても邪魔をするだけだ。それに桔梗はもう……。だからきっと大丈夫だよ。」
彼女が本当にしたかったことは復讐なんかじゃない。憎しみに飲み込まれてしまっていた彼女は大切なことを思い出した。
だからきっと大丈夫。そうだよな、星奈——
保憲は天を見上げて目を細めた。
「でも、レイの生前については?」
美波からの問いかけに、レイは首を横に振った。
「聞いたけど教えてくれなかった。……きっともう、彼女を問い詰めても何も教えてくれないと思う」
「……そうですか。それじゃあまたピエロを……ショタくんを探すしかないですね」
美波がそう言ってレイに笑顔を向けた。それに対して、レイは何も言わずに、こくりと一度頷いた。
また振り出しに戻ってしまった。それにしてもあの言葉。
『まさか、明宏を殺したことだとは思わなくてな。よいよい。それならば良いのだ。最もあのことは貴様は覚えていなかったのか。それはそれは、幸せ者だな』
あの言葉はどういうことなのだろうか。私は生前に桔梗と関わりがあったのだろうか。桔梗が持つ生者の体を乗っ取るという能力。明宏は桔梗に体を乗っ取られて殺された。私は? 私はどうして死んだんだろう?
レイの頭の中で考えが巡っていく。
「ねえ、やっぱり桔梗を追いかけ……」
レイが一瞬呟いて、頭を抑えた。
痛い。頭が痛い。まるで脳みそをスプーンで抉り取られているみたいだ。
すると何かの光景がレイの頭の中で再生された。
『お姉ちゃん……どうして……だめ……だよ……』
これは何? 記憶? 目の前には二人の人物が立っていて、一人が、もう一人に向かって刃物を突き刺している。その人の腹部から血飛沫が噴き上がる光景を私は地べたに這いつくばりながら見上げている。ここが何処なのか、目の前にいる人たちが誰なのかわからない。痛い。苦しい。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
レイは叫び声を上げながら蹲った。
「レイ!」
それに驚き、心配した美波と保憲が彼女に駆け寄った。
雑木林の中で、いつまでも、いつまでも、レイの叫び声が響き渡った。
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