#14 大鬼
館の二階、暖炉がある部屋にて、体長三メートル以上はあろう黒い塊が大きな黒い棘棍棒を振り下ろしながら、レイ目掛けて急降下してきた。
その塊が落下した衝撃で“ドスン!”という大きな音が響き渡る。
「レイ!!」
「私もこの子も大丈夫。……それよりも今のは何?」
美波は女の子と共に黒い塊を避けたレイのことを確認して、少し安堵した。
レイは突然落下してきた謎の物体を注視した。落下したままに床で丸くなっていたそれがゆっくりと立ち上がる。
人型のそれは黒いオーラに包まれて大きく膨れ上がっていた。額部分からは二本の突起物が生えている。顔には、丸くてぽっかりと穴のように空いた大きな目と口。そして、巨大な棘棍棒を携えるその様は、さながら鬼のようである。
こんなに凶悪なオーラを放つ悪霊は、陰陽寮で芦屋道満に取り憑いていた悪霊以来であろうか。いや、それ以上に凶悪かもしれない、とレイは苦い顔をした。
しかも、道満に憑依した悪霊と戦った時は達海、アクタ、そして陰陽師の吉平を含めた四人がかりでなんとか凌いでいたレベルだ。今、レイと美波の二人でこの大鬼を倒すことは不可能に近いだろう。
「この悪霊は私たちに太刀打ちできない! 早く逃げるよ!!」
「でもこの人たちが……わかりました!」
レイの言葉を聞いて、美波は一瞬、倒れているオクシラリーたちのことを案じたが、共倒れしてしまっては叶わないと逃げることに賛同した。
「ブレスレットがぁー」
「後でまた取りに来るから」
ブレスレットの方へ手を伸ばす女の子の腕を引っ張って、レイは部屋の外へと飛び出した。続いて美波も部屋から出ようとしたその時、突如部屋の扉が勢いよくし閉まってしまい、美波は大鬼がいる部屋に一人取り残されてしまった。
「嘘でしょ! こんな時にポルターガイスト!? ううううー、だめだ。びくともしない!」
美波が扉を押してみたり引いてみたりしたが、扉は全く動かない。
「いいえいい、ゆうああい」と、奇怪な呻き声をあげながら美波に大鬼が近づいてくる。
「ちょっと! 無理です! 無理です! こんなところで死にたくない!!」
美波は扉を拳で叩いて必死に訴えた。しかし、レイからの反応は何もない。
「くぅそお、仕方ない。精一杯抗ってみせますよ。神器発動」
美波は涙目になり、歯を食いしばりながら、弓矢の神器を顕現させた。
「おあえもいいえいいか、ぶっおおいえあう」
大鬼は呻き声をあげながら棘棍棒を振り上げた。美波はその棍棒に向かって矢を撃ち込んでいく。しかし、美波の弓から放たれた豪速の矢は意図も簡単に薙ぎ払われてしまった。続けて大鬼の眉間目掛けて矢を放ってみたが、それをも棍棒で防がれてしまった。
「全く効いてない……。こんなのにどう太刀打ちすれば」
美波が絶望の声を上げると、大鬼は美波に棘棍棒を薙ぎ払ってきた。美波は瞬時に弓を構えて棘棍棒を防いだが、大きく後方へと吹き飛ばされてしまう。神器の力で衝撃は幾ばくか抑えることができたものの、大鬼の圧倒的力に美波は床へと倒れてしまった。
倒れた先に転がっていた、気絶しているオクシラリーが視界に入り、美波は顔を青ざめさせながら「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。
ここで私はこの悪霊に殺されてしまうのか。この人生、特に良いことはなかったな……。
ゆっくりと近づいてくる悪霊を見て、美波が諦めかけたその時、レイが大鬼の前に立ち塞がった。
「レイ! 戻ってきてくれたんですか!!」
「見捨てようとも思ったけど、ブレスレットを取りに戻った時に、君の死体が転がってたら気分が悪いから」
そう言ってレイが拳を構える。
「ツンデレですか。でも、嬉しいです。一緒にこの悪霊をなんとかしましょう」
美波も立ち上がって弓を構えた。
「デレてないから。……まあ、いいや。私は突っ込むから援護射撃よろしく」
「任せてください」
レイは大鬼目掛けて突進した。
「うおおおおおおおお!!」
「あんあ、あんあ、おおうわえあ!!」
レイのアッパーが大鬼の腹部にクリーンヒットする。
「いっええあ」
しかし、大鬼は攻撃が全く効いていない様子で棘棍棒を横に振りかぶった。美波は大鬼が棍棒を持つ腕目掛けて、すかさず矢を撃ち放ったものの、大鬼は棘棍棒を薙ぎ払い、飛んできた矢と一緒にレイのことを吹き飛ばした。
「ぐあっ」
レイが嗚咽声をあげながら壁に向かって飛んでいく。
早く衝撃を受ける前に透過せねば。レイがそう考えていると、透過する暇もなく、巨体とは思えぬ速度の鬼が棍棒を突き立てながら突進してきた。棍棒の先がレイの腹にめり込み、そのまま壁へと叩きつけられる。
「かはっ」
「レイ!!」
遠くから自分を心配する美波の声が聞こえてくる。全身が痛い。このままでは、負けてしまう。このままでは消えてしまう。もっと、もっと私が強ければ。もっと力があれば——
「ねえ春明。悪霊ってどうしてあんなに強い力を持ってるの?」
「んあ。そりゃ、悪霊は憎しみや恨みを元に活動しているようなもんだからな。生者にも言えることだが、憎しみや恨みは大きな活力にもなる。要は強力なエネルギーになり得るんだよ」
「へえー、じゃあ、私も誰かを憎んだり恨んだりすれば、もっと強くなったりするのかな」
「何バカなこと言ってんだ。憎しみや恨みから得たエネルギーは時にプラスに働くこともあるが、基本的には大きな代償を支払うことになる。負の感情に飲み込まれれば自分自身を見失う可能性だってある。だからおすすめは絶対にできねーな」
「ふーん、そういうもんなんだ。私は春明が夜中にこっそり美味しいものを作って食べていることを恨めしく思うよ」
「おいレイ。なんでそんなこと知ってやがる。まさか……見てたのか」
「こっそりね。……見てたんだよ。私にも味見させて!!」
「いつも俺の作った料理盗み味してるだろ」
「違うよ! 夜中に味見するからこそ背徳感があって良いんだよ」
「何処で背徳感なんて言葉覚えたんだよ! はあ、わかった。今度食わせてやるよ。
レイは、いつか交わした春明との会話を思い出していた。
そうだ、もっと憎め。もっと恨め。GHを憎め。悪霊を恨め。もっと、もっと、もっと、もっと。憎め、恨め、全てを呪え。
大鬼がレイに向かってさらに棘棍棒を振り下ろした。しかし、その強力な一撃は壁に叩きつけられることはなく、途中で止まってしまっていた。
「あう?」
大鬼が不思議そうに声をあげる。
「レイ!!」
美波はレイを心配し、彼女と大鬼の近くへ駆け寄った。
「あっ」
美波の目に映ったものは、より黒いオーラを放たせた腕で、大鬼の棘棍棒を受け止めているレイの姿だった。
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