2節「理論を超える、未定義の感情」

 アカリの告白が、頭から離れなかった。


「私、ユウトのことが好き」――あのまっすぐな瞳と声。幼なじみという関係を飛び越えて、届いた気持ち。


 (でも……)


 メイの顔も、浮かぶ。

 あの無表情な彼女が、俺の手を握ったときの、微かな震え。

 「もう少し、このままでいたい」――って言った、あの声。


(……選べない)


 今の俺には、どちらか一方に“答え”を出せるほど、気持ちが整理できていなかった。

 そんなときの翌日の放課後、屋上に呼び出された。

 風の吹く屋上。

 メイはそこに立っていた。

 いつもと同じ、無表情。だけど、どこか“張り詰めた気配”を感じる。


「ユウト。あなたに確認したいことがある」

「……何?」

「昨日、アカリさんに告白されたでしょう。“好き”と、はっきり言われた。――正確?」

「え……それ、どこで……」

「全部見てた。校門近くの監視カメラの死角、でも偶然通りかかったの。……盗聴じゃない」

「そ、そうか……」


 メイは、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 その目は、分析でも冷静でもない。

 揺れていた。はっきりと。


「……ねぇ、ユウト。私は“恋の定義”を研究してきた。数値で測ってきた。でも、今――自分の気持ちが、“定義できない”の」


 そして突然、彼女は俺の胸に顔をうずめてきた。


「アカリさんの“好き”に、私の“好き”が負けてる気がして、胸が痛くなる。それって、私も……本当にあなたを“好き”になったってこと?」

「メイ……」


 彼女の手が、俺の背にまわる。

 あのときの“実験的ハグ”じゃない。

 今のは、自分の意思で触れた、ただの女の子のハグだった。


「……ユウト。もし今、キスしたら――私、“ただの研究対象”から変われると思う?」


 《攻略対象:九条メイ 好感度 64% → 80%》

 《フラグ更新:本命争奪戦、第二段階へ突入》


 胸が締めつけられる。

 選ばなきゃ、誰かを傷つける。

 選んでも、誰かは涙を流す。

 でも俺は――この恋から、もう逃げられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る