Love at First Sight⑥
抱えていたグッズをなんとか鞄に押し込み、コインロッカーへと詰める。まもなくタイガーのライブが始まる。私はフロアの真ん中あたりで見やすい位置に陣取り、今か今かと待ち望んでいた。
すると、再びフロアの照明が暗くなり大きく入場SEが鳴り響く。その瞬間、一気に後ろから人が押し寄せた。
「え!? ちょっと、なにっ!?」
油断していた私は雪崩れ込むような人の海に抵抗も出来ず流された。観客の熱狂ぶりは凄まじく、SEの音に合わせて大きく声を上げる。そのSEはアザラシのライブと同様のものであったが、あの時のとは周りの熱量が全然違っていた。こんなにも熱狂的なファンたちがいたことに、私はとてつもなく驚く。
ステージに一人ずつメンバーが現れる度に歓声が上がり、最後にボーカルが真ん中のお立ち台へと立つ。すご……! 近……! 無理やり前に行けば手が届きそうな距離。私は息が止まりそうなほど興奮していた。
SEが鳴り止み、一瞬静かになったかと思えば凄まじい大音量で一曲目が始まる。この曲はアザラシのときにも一曲目にやっていた曲、つまり私が初めて聴いたタイガーの曲であった。
「行くぞテメェら!! ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ! 飛べェ!」
ボーカルの煽りを受けて、観客たちは一斉に飛び跳ねる。それを見て、私も少し遅れて飛び跳ねた。すごい、ライブってこんな楽しみ方もできるんだ……! アザラシのライブはスタンディングだと後ろの方だったし、会場がアリーナになると指定席でこんな動きはできない。全身を使った音楽の楽しみ方を、私は初めて体感していた。
続けてボーカルが洞穴から大声を上げているような、いわゆる"デスボイス"、"グロウル"という歌唱法で低音をフロアに響かせる。観客たちはその歌声と同時に、楽器隊のリズムに乗って頭を大きく振る。こ、これがヘドバン……! 初めて見た……! 私は見様見真似で、同じく頭を大きく振る。
私が今まで見てきたライブとは全然違う。楽しい……! これがこのジャンルの楽しみ方なんだ……! 今まで知らなかった世界が開け、私はこんなにも楽しいことがあるんだと感動する。ずっとこのまま音楽を楽しんでいたい、今日この時が終わらないでほしい。
……でも、その感動はある瞬間に途絶える。
え、うわ!? 今度は何!? 後ろから突然押され、私は危うくバランスを崩して転倒しかける。人が密集しているから、前の人に軽くぶつかってしまった。
「す、すみません!」
私はすぐに謝るが、前の人はライブに集中していてあまり気にしていない様子だ。もう、一体何なの……? 私は気になって後ろを振り向く。すると、そこには先ほどまで密集していた観客がフロアの真ん中に広い空間を開けていたのが見えた。
誰かに指示されているわけでもなく、それぞれの観客がまるで意思疎通しているかのようにフロアの真ん中を開け、その中心では暴れるようにして腕や脚を振り回している人たちがいる。
こ、これってなに……? これもこのライブの楽しみ方なの? 流石に危なくない……? 円の中心で暴れている人たちはお互いが接触することもあれば、勢い余って壁側の人たちにぶつかってしまっている。私はその光景に、完全に身が縮んでいた。
とにかく、あの一帯からは距離を置こう。前はかなり人が密集していて圧縮されるが、体をぶつけられるよりマシだ。そう思い、まるで逃げ隠れするように私は前の方へと押し進む。そんなことをしている間に一曲目が終わり、続け様に二曲目が始まった。
もう最悪……! 全然集中できなかったじゃん……! 私は"あれ"に気を取られてしまったことを後悔する。次こそ集中、集中……! そう気持ちを切り替えたのも束の間、次の瞬間には私の視界は真っ黒になる。
こ、今度は何……!? 頭に痛みが走り、首に負荷を感じる。信じられないことに、私の"頭上"を人が転がって行ったのだ。そして、それは一人だけでなく続けざまに何人もの人が頭上を転がっていく。
もしかして、これが噂に聞いてたダイブ……!? たしか、野外フェスの映像だとそういう光景を見た覚えがある。だが、画面越しから見るそれと実際に下敷きになってみるのでは想像と180度違っていた。こんなにも過酷な環境だったなんて、想像もしていなかった。
確か、その映像だと前に転がっていった人たちはそのままステージとフロアの間のスペースで待機しているスタッフに担がれて下ろされていたはず。しかし、今のこの小さなライブハウスにはそんなスペースもスタッフもそこにはないない。前に転がっていった人たちはどこへ……? 気になって前の方を見ると、前に転がっていった人たちはなんとそのままステージへと着地する。
う、嘘でしょ……!? そんなことが許されていいの……!? ステージに着地した観客はそのままステージの真ん中を横切り、反対側のフロアへと飛び込む。もはや、その光景は私にとって無法地帯であった。
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