Love at First Sight③

 夕飯時。私はいつの間にか眠ってしまい、気づけば外は夜になっていた。シワになってしまった制服を脱ぎ、部屋着に着替える。寝起きで重い体を引きづりながらリビングへと入ると、ちょうどお母さんが夕飯の用意を終えようとしていた。

 テーブルにはお父さんもお兄ちゃんも席についている。私も自分の椅子に座ろうとするが、そのときお母さんに呼び止められた。


「あ、エミやっと降りてきたの。ちょっと冷蔵庫からサラダ出してくれる?」

「はーい」

「あら、やけに聞き分けがいいわね」


 いつもならなんで私が……と愚痴を溢すところであったが、今はお母さんの機嫌を損ねてはならない。私はお母さんの言う通りに食卓にサラダを並べる。

 夕食の準備が整うと、家族みんなで手を合わせる。いただきますと言うと、家族は一斉に夕飯に手を付けた。家族は食事中あまりしゃべらないタイプなので、私はお母さんに相談のタイミングを見計らう。寡黙なお父さんとお兄ちゃんが食べ進めている中、一人で勝手に緊張感を感じていた私は恐る恐る口を開く。


「ね、ねぇお母さん。話があるんだけど……」

「そういえばそんなこと言ってたわね。どうしたの?」

「今度また見たいライブがあって……行きたいと思ってるんだけど……」

「ライブならこの前見に行ったばかりじゃない」


 当たり前の反応だ。正直こう返されることはわかっていたが、私はどうにか尻込みせず話を続ける。


「ち、違うの! この前はアザラシのライブだったんだけど、今度は違うバンドのライブで……」

「お小遣いは残ってるの? お小遣いの範囲なら好きにすればいいじゃない」


 ここからだ。お小遣いが底を尽きている今、私には何とかしてお母さんを説得してお小遣いをせびるしかない。


「えーっと、その……ライブやるのが大阪で……」 

「大阪!? エミ、あんた一人で新幹線も乗ったことないじゃない! レイヤちゃんたちと一緒に行くの?」

「いや、一人……あとね、お金も足りないからお小遣いの前借を……」

「はぁ、呆れた。ほんと、アンタは遊ぶことばっかり。少しは英知えいちのことを見習ったら?」


 お母さんはそう言うと、お兄ちゃんの方に目をやる。お兄ちゃんは高校三年生で、今年は受験のため勉強漬けの毎日。予備校にも通い、帰りはお父さんよりも遅いほどだ。今も夕飯を食べている時間すらも惜しいのだろう。名前を出されても、お兄ちゃんは黙々と夕飯を食べていた。


「勉強はちゃんとするから! お願い! 今回だけ!」

「と言っても大阪でしょ? そんなお金、すぐに出せないわよ」

「そ、そんな~……」


 ダメ元のお願いだったけど、やっぱりそううまくはいかないか……。諦めかけていたその時、お父さんが口を挟む。


「まぁいいんじゃないか。遊べるうちに遊ばせてやれば」

「え!? 本当!?」

「ちょっとお父さん。あんまり甘やかさないで」


 突然、お父さんが救いの手を差し伸べてくれたことに私は大きく驚く。普段から厳しいような性格ではないが、かといって何でもかんでも買い与えてくれるほど子供に甘いわけでもない。私はどうしてお父さんが味方になってくれたのか少し不思議に思っていた。


「その代わり、お金は働いて返しなさい」

「え……? 働いて……? それって、バイトしろってこと……?」

「あら、いいわね。そしたらちょっとだけ家にお金もいれてもらおうかしら」


 お父さんの提案に、お母さんも手を叩いて賛同する。しかし、私はいきなり提案されたその話を呑み込めずにいた。


「ちょっとなんで!? お兄ちゃんはバイトなんてしてないしお金もいれてないじゃん!」

「英知は受験で忙しいから仕方ないじゃない。それにエミ、あんただけ払ってるスマホ代高いんだからね」

「うぅ……!」


 私は納得できず、つい声が大きくなってしまう。まさかお父さん、これで諦めさせるつもりだったんだ……! どうしよう、ライブには行きたいけど、花の女子高生生活をバイトなんかに時間を持っていかれたくないよぉ……!

 私は少しばかり黙って思考を巡らせる。ライブには行きたい! でもバイトはしたくない! でもバイトしたらもっとライブにいける……? いや、でもバイトしたらレイヤやリカと遊べないじゃん……! 様々なことを天秤にかけ、私はここでまた一つ決心をする。


「……わかった! バイトする!」

「ならよろしい。ちゃんと後でお金は返すのよ。それと、当日はちゃんとこまめに連絡してくること。わかった?」

「……はーい」


 お母さんに遠征が認められ、私は一安心する。その場の勢いでバイトをする宣言をしてしまったものの、今は一旦忘れることにしよう。安心したからか、急に食欲が湧いてきて私は夕食を食べ進めた。

 黙々と食べていたお兄ちゃんはもう食べ終わり、一足早く席を立つ。


「英知、もういいの?」

「うん。まだ今日の勉強範囲終わってないから。ごちそう様」


 お兄ちゃんはそう言うとリビングを出て、自分の部屋のある二階へと階段を上っていく。なんというか、最近のお兄ちゃんは根をつめ過ぎててなんだか心配になってくる。 私も二年後はあれぐらい勉強しないとダメなんだろうか……。

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