二発の弾丸

八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子)

にはつのだんがん

 鮮血はガーネットのように美しく、煌めきは眩しかった。

 目の前で倒れた男は優しく微笑んで死にゆく、額の穴からとくりとくりと命を溢れさせながら。


「なんで、なんで、貴方がここにいるの……」


 そう呟くけれど答えがもたらされることは無い。

 あるのは大粒の涙を溢して絶叫してしまいたい絶望が眼前にあり、二人で使い込んだ拳銃が白煙を煙草の煙のように燻らせているだけだ。

 男の手には同じ拳銃があり、恐る恐る伸ばした手で温かみ残る手に触れて握られた拳銃を解けば、二人で彫り込んだイニシャルが光を放ち、まざまざと現実を見せつける。


「一発目は空砲が当たり前」


 男の口癖だった。

 弾倉を引き抜いてスライドを弾く、実弾が飛び出てポトリと砂上に落ちた。二発目はまごうことなき実弾だった。

 私の頭を狙った銃口は言葉通りに空砲で、飛び出した弾は丸い弾頭を確かにキラリと鈍く光っている。

 

 男は最後まで約束を違えなかった。


 最後の別れから半月の後、熱砂の広大なバトルフィールドの端、世界の片隅とも言える場所で偶然で災厄な再会を果たしてしまったのだ。


 敵と、味方と、して。


 遠距離からの射撃戦。

 互いのライフルの弾が尽きた刹那、男は拳銃に手をかけ、塹壕から飛び出して私へと一発、また一発と音を響かせながら迫った。

 目深に被った防弾ヘルメットで表情は窺い知れず、やがて、私の前にたどり着くと仁王立ちになり、硝煙を吐き出しながら弾切れになった拳銃へ次の弾倉を込めて銃口を向ける。

 先の戦闘で足を撃たれて動くこともできなかった私は恐怖のあまり痛みを忘れてホルスターから拳銃を抜き、男の額へと銃口の照準を合わせると銃声は重なり合い男が倒れた。


 奪った拳銃に弾倉を戻してスライドを引く、弾を装弾する音が響いたのを聞き、銃口を顎下に当て引き金を指で弾く、撃鉄の音が皮膚を骨を伝わってくるが死は訪れなかった。


「君を死なせない」

「一人で生き残らないから」


 別れ際、男が最後のキスと共に授けてくれた言葉、熱い抱擁の果てに、言葉を返して、国に向かう最後の鉄道へ涙を拭いながら駆け込んだ。


 開戦前夜まで、私たちは互いの国を欺いていた。


 軍旗や戦友に背いてはいない、互いに機密や秘密は明かさず、ただ、愛し合う男と女として、きっと理解されることはないだろう。

 六年前、両国の友好レセプションのパーティーで贖うことのできない運命、いや、天命を授かった。

 会場の一角で交差した視線、それが互いの姿を捉えると、どんな過酷な訓練よりも鋭い一撃が全身を貫き、瞬く間に一分一秒を惜しむほどの恋に落ちていた。

 けれど、現実は残酷で秘密の恋が親密さを深めてゆけばゆくほど、両国関係は悪化を辿り続けて、致命的な破局へと至る。戦端は開かれ、私も出征を余儀なくされ、この戦場へとやってきた。

 

「この拳銃を君に、同じ銃を私も持つよ」


 出会いから一年後、互いの国と関わりのない国の拳銃を、恋人達がペアのブレスレットや指輪を交わすように、互いのホルスターへと納めて常に身につける。

 別れ際に無事な再会を願って、彼が染みついたそれと、私が染みついたそれを交わし合ったというのに。


 片方は戦場で死に、片方は戦場で生きている。


 だから、二度と約束が果たされることはない。


「ねぇ、君は幸せでしたか?」


 物言わぬ彼にそう呟く。


『君は幸せでしたか?』


 幻想の彼の声がそう耳元で囁く。


「今、幸せになるわ」


 引き金を引く、衝撃と銃声、途絶える意識、その果てに安らかな死が訪れた。


 互いの幸せは死によって実を結ぶ。


 もう、誰にも邪魔はさせない。

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二発の弾丸 八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子) @suzunokisuzunoki

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