春風のささやき

佐々木文

第1話「春風のささやき」

春の柔らかな日差しが差し込むオフィスで、佐藤美咲は新しい企画書に目を通していた。窓の外では桜の花びらが舞い、東京の街並みに春の訪れを告げている。


「佐藤さん、この企画書どうですか?」

新人編集者の声に顔を上げると、そこには期待に満ちた表情があった。美咲は微笑みながら丁寧に助言を始める。そんな彼女の仕事ぶりは、部署内でも評価が高かった。


ふと視線を上げると、営業部の山田健一が会議室から出てくるところだった。颯爽とした背広姿で、手には分厚い企画書。いつも通りの真摯な表情に、美咲は思わず見とれてしまう。


「あ、佐藤さん。今度の文庫の件、打ち合わせさせてください」

突然声をかけられ、美咲は慌てて視線を戻した。

「は、はい。もちろんです」

返事をする声が少し上ずってしまう。


「じゃあ、明日の午後3時でどうですか?」

「大丈夫です」

「ありがとうございます。じゃあ、また明日」


山田が去った後、美咲は小さなため息をつく。となりの席の田中里奈が、にやにやしながら話しかけてきた。


「美咲、顔真っ赤だよ?」

「もう、からかわないでよ」


春の陽気に誘われるように、オフィスには明るい空気が流れていた。新年度が始まったばかりの出版社で、美咲の新しい物語もまた、静かに動き始めようとしていた。


(続く)

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