第144話
結局、お互いの裸はあまり見ないようにしてお風呂を出る。
部屋に戻ってベッドに腰かける。沙羅は私の隣に座り、ベッドに置いていた私の手に手を重ねてくる。それに動じないようにしながら沙羅を見た。
「ていうか、沙羅のお母さんにはなにも言われなかったの?」
「え? なにを?」
「いや、だから、私たちが一緒にお風呂に入るのについて‥‥なんかさ、あるじゃん」
沙羅は余った手を顎先に置いて思い出すように上を向く。
う~んと唸ったあと、私を見る。
「なにも」
「マジ?」
「なんか、仲良しね~的なことは言ってた。でも、それぐらい」
「マジか」
沙羅のお母さんには、私たちの関係はまだ友達に映っているらしい。いや、それは構わないのだけれど、流石に目が節穴すぎる気がする。もしかして、私が知らないだけで友達同士でお風呂に入るのって普通なのだろうか。
いや、よくよく考えたら、沙羅は私以外を家にあげることがないから、沙羅のお母さんが友達と恋人の境界線をあまりわかっていなくても不思議ではない。
ひとまず、そう結論付けておくことにして、めちゃくちゃ甘えてくる沙羅をどうにかしよう。
私が考えている最中もずーっとすり寄ってくるかわいすぎる生物は猫撫で声を出しながら腕を抱き締めることで殺そうとしてくる。そう、こんなかわいい面をしておいて殺意マシマシなのだ。
「その‥‥隙あらば甘えようとするのはなんなの?」
羞恥を悟られてはならない。もし、少しでも顔を赤くしようものなら、殺される。
「う~ん‥‥」すりすり殺法が一時的に止まって「好きだから」とピタッと頭を預けてくる。
単純すぎる答え。けれどあまりにも破壊力がありすぎる。つまり死ぬ。
「ふむ」謎の納得をするしかなかった。
「好きい!」
すりすりが加速する。このままだと本気で死ぬ。恋人になったからと言って、沙羅の甘え方に耐えられるようになるなんてことはなかったのだ。
「ひとまず」沙羅の肩に手を置いてすりすり攻撃をやめさせる。
「髪の毛、乾かしましょうか。私のパジャマがびしょびしょになる」
「わあ」
他人事みたいな反応をする沙羅の両脇を持って膝の間に移動させる。ドライヤーを手に取り、ベッドの下にあるコンセントに手を伸ばしてコードを差したら体を戻す。
すると、向こうに向いていたはずの沙羅が体をこちらに向けていた。
「え、なに」
髪を乾かすはずなのに向かい合ってくる沙羅に当然の如く問うと笑顔が返ってくる。
「はいっ」とお辞儀するように頭を差し出してくる。どうやら、向かい合った状態で髪を乾かして欲しいらしい。
しばらく呼吸を忘れてしまって酸欠になりそうなった頭の額にペチッと手を置いて耐えようとしてみる。
なるほど、物理的に殺すのではなく搦め手で戦略的に殺すつもりらしい。なんてやつ、とんだ手練れだ。
この笑顔に騙されてはいけない。これは油断を誘うためのものなんだ。
油断してはならない。すぐに次の攻撃がやってくる。
案の定、沙羅が私の胸に顔をすり寄せてきた。
「こっちの方が楓さんの匂いがする」
ほらな、見たことか!
「こっちじゃないとダメ?」
「だ~め」
かわいい感じで言われて、息を吸いながら匂いを嗅がれる。呼吸とともに沙羅の体内に侵入した私の匂いは巡り巡って彼女の体温となったようで、ほんのり温かくなる。
「むふー」と息を吐く沙羅に‥‥ああ、やべえ、殺される! って思った。
うおーーーー!!! って感じで沙羅の髪を乾かす。
なんとか乾かし終えて一安心‥‥かと思ったら、「じゃあ、次は私が楓さんのする」と言われてしまう。
役割を交代して、今度は沙羅が私の髪を乾かし始める。位置関係は変わっていないので向かい合ったままだ‥‥つまり死ぬ。
私、何回死んだんだろう。へえ、私って不死身だったんだな!
アホみたいな冗談を考えていないと理性が今にも吹き飛びそう‥‥というか、もう理性なんてないけれど‥‥う~ん、なんだ、もう過剰摂取しすぎてオーバードーズ的な感じ。脳が今の状況を処理できていないから、逆にぶっ壊れずにいられている。
‥‥と、思っていたのだけれど。
ただでさえバグっていた距離感を沙羅が更に近づける。なぜそんなことになるのかって、沙羅の方がサイズ的に小さくて私との距離を縮めないと髪に手が届かないからだ。
常にハグしているような状態で沙羅が私の髪を乾かす。彼女の胸が丁度顔の前にやってきて、というかくっついていて、鼻先に柔らかい二つを感じる。―――それでぶっ壊れた。
「ふんーーーーー!!!」
思いっきり沙羅の胸に顔を埋めて満喫する。
勢いよく鼻から吐いた息を感じ取った沙羅の「あったかい」という柔らかな声が上から降ってくるけれど、それに反応する余裕はなく、私は吐いた息全てを取り戻すように思いっきり吸う。
空気に沙羅の匂いがついてくる。それが狙いだ。
生きるための呼吸ではなく、欲を満たすための呼吸。幸せを追い求めているだけなので醜くなんてない。仕方ないでしょ。目の前に沙羅の胸があってすごく良い匂いがして、それでめちゃくちゃ甘えてきちゃうんだから。じゃあ、嗅ぐでしょ普通に。沙羅が悪い。うん、間違いない。私は全然悪くない。ぶっ壊したのは沙羅だから、直してもらわないと‥‥ふんがふんが、うんこれはむしろ壊れる。
「さらあ~」
情けない声を出して、ぎゅっと抱き締める。
そしたら、柔らかい声が返ってくる。
「なあに」
「好きだあ~」
「私も」
思いっきり呼吸した。こんなにいっぱい呼吸したのは人生で初めてかもしれない。この世に生まれたときのファーストブレスよりも意味のある呼吸。沙羅の匂いを嗅ぐたび、新たな私が誕生するのだ。‥‥いや、しない。しないけど、毎回毎回生まれ変わった気分になる。なぜだろうか、沙羅の匂いはもう十分知っているはずなのに、毎回新鮮に感じるのだ。幸せってのは何度感じても飽きることはなく、むしろ足りないとすら感じてしまう。幸せって怖い。でも、沙羅は怖くない。よし、なら大丈夫だ。思いっきり呼吸しよう。ふんふん。
堪能しまくってたら、髪が乾く。もうちょっと堪能していたかったから、いっそのこと髪を濡らしてこようかな、なんてことを考えていたところでふと我に返る。
‥‥アホになりすぎ。
びっくりすぎるぐらい自分がアホだ。たぶん、今ならカラスの方が賢い。
沙羅はドライヤーの電源を切って、机の引き出しにしまう。
そして、私の膝の間に戻ってくる。
「あの‥‥」
「なあに」
「いや‥‥えーっと。なんでこのままなの?」
「う~ん‥‥わかんない」
そっかあ、わかんないか。
びったりと目を合わせてくる沙羅の瞳がふとした瞬間に、ゆらっと揺れる。
そして、私の両肩に手を置くと瞳が覗き込めそうなほどに顔を近づけてきて「かえでさん‥‥」と呼ばれる。潤んだ瞳と染まった頬も相まって淫猥な意味に聞こえてしまう。
とまあ、考える必要もなくキスだったわけで。普通のキスではなく、大人のキス‥‥いや、恋人がするキスとも言い換えられるだろうか。とにかく、沙羅が舌で唇を撫でてきたから舌を混じり合わせてするやつだと察する。
私は口を開いてそれの侵入を許す。私のと混じり合ったことで過剰に分泌された唾液が口腔を濡らし、全身が電気が走ったようにぴくりと震える。汗が手のひら、腋、胸の下、首と汗をかきやすいところ全てを濡らす。そして、下半身のとある部分が卑猥に濡れたような気がして、思わず瞬きをした。
口腔から舌を抜いた沙羅が一度呼吸をする。私もしておく。しばらくして、再び肩に置いた手に力が入ったから、もう一回することを察して心の準備をする。
‥‥あれ、ちょっと待って。
「沙羅」
「ん‥‥」
キスをする前に一つ確認しておきたいことがある。
「今日って‥‥しないんだよね?」
「しない?」
「その‥‥セックス」
目が合ったまま沙羅が固まる。しばらくして、処理が完了したのか顔が真っ赤に染まり、羞恥と困惑をごっちゃ混ぜにしたような表情で言われた。
「し、しないの!?」
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