第143話
「ふわあ~~~‥‥‥」
湯舟に浸かり私の中のおっさんが吐き出る。
「うへえ~~~‥‥‥」
「みょお~~~‥‥‥」
「はひょ~~~‥‥‥」
おっさんが止まらない。
‥‥人んちの風呂でなにしてんだろ。
突然我に返り、天井を仰ぐ。全身から力が抜けて吸い込まれるように湯舟に深く浸かる。後頭部を湯舟の端に置いて、足を伸ばす。
沙羅と彼女のお母さんのご厚意で一番風呂を頂いている。正直、かなりありがたい。今日はいろいろなことがありすぎて流石に落ち着ける時間が必要だった。
未だに沙羅と恋人になれたことが信じられない。なんなら、自分が告白できたことも信じられない。決して不安があるわけではなくて、単に最高すぎる状況にこれって本当に現実なのかと思ってしまうだけだ。
このまま眠って目覚めたらクリスマスの朝に戻ってたりするのではないだろうか。
頬をつまんで引っ張る。
「‥‥痛い」
それはそれとして、本当にこのあとはどうするのだろう。どうすれば良いのかもわからない。なんせ、ここからは未知の領域なのだ。友達ならいるけれど、恋人はガチでいたことがなかったから。
沙羅と恋人がする初めてを経験していくことにわくわくはするけれど、失敗しそうで怖くもなる。
私がちょっと失敗したところで、沙羅が私を見捨てるなんてことはないとわかってはいるけれど‥‥‥
違う!
そういうことを悩みたいんじゃなくて!
だから!
―――セックス、すんのかせんのか、どっちやーーー!!!
‥‥ってことを悩んでいる‥‥
はあ、と息をつき湯舟から出ようとする。そのとき、浴室扉越しに人影が映って湯舟に戻る。なにかゴソゴソとしていて、サイズ的に沙羅だ。
「どうしたの」
呼びかけてみると人影の沙羅がビクッと体を震わし、少しして声が返ってくる。
「あ、えっと‥‥」特に意味のない言葉だった。
「あれ、私なんか忘れてたっけ。着替えはあるでしょ?」
着替えを持ってきてくれたのかと思って問う。
「え? あ、うん」
「それとも、タオル? それも持ってきたと思うんだけど‥‥私忘れてた?」
「い、いや‥‥あるけど」
沙羅の目的が一向に掴めなかったけれど、一つ思い浮かんだことがあって私はニヤリとする。
「じゃあ、もしかして‥‥あー、えっちなやつだ」
からかうことで誤魔化そうとしてみるけれど。
「そ、それは‥‥そうかも」
「え?」
予想外の返事があって、次の瞬間―――ガラッ。浴槽扉が開いた。
私の目に映る。裸の沙羅。すぐに顔を逸らしたから、目に映ったのは一瞬だった。
「ちょ、な、なにしてんの」
「その‥‥一緒に入ろうと思って」
「な、なんで‥‥」
「恋人だから」
顔は見えていないけれど、明らかにニコニコとした声だった。
私は湯舟の中で体育座りになって、腕の中に顔を埋める。
シャワーの音がして、それが柔肌に当たる音がしていた‥‥たぶん。
シャワーの音が止まると、ペチペチと足音がして、なにかの塊がゆっくり入水する音がする。水面を波紋が走ったらしく、それが私の膝に当たった。
顔をゆっくり上げると、そこには沙羅がいた。裸。そりゃそうだ。
私と同じように体育座りをしているから、詳細な部分は見えない。先ほど微かに見えた胸も腕と足に隠れている。
それなのに、それなのに、それなのに‥‥‥エロ。
濡れた髪が肩あたりまで落ち、首に引っ付いている。額にシャワーの水と汗が混じっていて、額に髪が引っ付くからなのか髪を耳に掛けていた。
どうやら、こんなとんでもない美人が私の恋人らしい。
耳に掛けていた髪が耳から落ちる。水を含んだ髪は普段よりも塊のようで鋭利ななにかにすら見える。髪先から水滴が落ちて、水面に落ちる。その水滴の行き先を追っていて、ふと顔を上げたら沙羅の顔がすごく近くまで来ていた。
「ちょいちょい!」
後ろに下がろうとするけれど、湯舟の中じゃそれほど下がれない。
這いながら私に近づいてくる沙羅が手を伸ばしてきて、頬に触れる。
「かわいい」
「‥‥はっ!?」
「照れてるの、かわいい。楓さん、かわいい」
な、なに言ってるんだこの小娘‥‥‥
「いや、ちょ」
「好き。かわいい。私よりも楓さんの方がかわいい」
「だ、だから」
「キス‥‥‥」
呟いて、沙羅の顔が更に近づいてくる。完全にキスしようとしている。
もうとっくに私の熱は限界を超えていた。湯舟に溜まったお湯を全て蒸発させてしまいそうなほど。
ここで取るべき私の行動は、キス。そう、キスしたら良い。変なことでは全くもってない。友達ではなく恋人なのでキスするのは普通だし、したいから恋人になったのだ。そう、全然変じゃない、変じゃない変じゃない‥‥けれど、私が取った行動は―――沙羅の目を手で覆う、だった。
「楓さん‥‥?」
「それ以上、見ないでえ‥‥」
情けない声が出る。
「今、裸だから。いろいろ見えちゃうから‥‥お願いだから」
「う‥‥ん」
「ひとまず、そのまま向こう向いて」
私の指示に従って、沙羅は向こうを向く。そして、沙羅を後ろから抱き寄せて、頭を胸に置く。
「は、はあ~‥‥」
死にそうだった。いや、今もまさに死にかけである。
「ぬ~!」
なんとなく、沙羅の両頬を掴んで引っ張った。
「うっ、痛い、痛いよ~」
「お仕置き」
沙羅を膝の間にセットして、向こうを見てもらう。
なんでわざわざこんなことをするのかって‥‥う~ん、何度考えてもやはりおかしい。
言い訳をするのも変な話で、単に裸を見られるのが恥ずかしいという‥‥やはりおかしい。
沙羅は恋人だ。それはつまり、セックスしても良い関係というわけで、それをするには当たり前に両者は裸にならないといけない。それなのに、一緒にお風呂に入る、というたったそれだけのことでいちいち恥ずかしがっていたら一向にセックスできるわけがない。
「ほんとに見ちゃダメなの?」
お腹に回していた私の手をぎゅっと握って沙羅が言う。
「そんなに見たいの?」
こくりと頷かれる。
耳が赤い。良かった、羞恥心というやつはあったようだ。
「具体的になにが見たいの?」
もう少し深掘りしてみる。決してからかうためではなくて、その心の内を確かめるためだ。断じて違う‥‥うん。
「いろいろ」
「それじゃ答えになってないけど」
「ん‥‥‥」
なんとか答えを先延ばしにしようとする沙羅を後ろから抱き締めてみると、一瞬、沙羅が暴れるからもっと強く抱き締めて逃がさないようにする。
「逃がさぬ」
「ぬぬぬ」
「ほら、答えなよ」
沙羅が全身に力を入れると同時に息を吸い、力を緩めると同時に息を吐く。それに言葉が乗っかる。
「‥‥今、背中にくっついてるやつ」
一瞬、脳が言葉を解釈する時間があり。
すぐに破裂する。ボンッ! と音が鳴るようで、ただでさえ激熱だった私の体が通う血液が全てマグマに変わってしまったかのように熱くなる。
すぐに抱き締めるのをやめて、沙羅の背中と私の間にあるつぶれた胸を見た。めっちゃ私の胸だ。見たことはたくさんあるのですぐにわかってしまう。
‥‥ああ、なにしてんだよ私。
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