第2話 - 開戦

"2時間前"


便を催した。"7日"ぶりである。


こんなことは滅多にない。しかし、大学で量子力学 博士に昇進するための論文執筆に追われ、ここ数日徹夜が続いていた。


あまりの忙しさのため、催さないこと自体を気にさえ留めなかったのだが、その分、人間の「生理現象」と言うべきこの感覚は、改めて新鮮だった。


「そういえば、しばらく出してなかったな。」


と思いながら、マサヒロはトイレに向かった。


履きこまれたジーンズを下し、便座に腰かける。そして、いつも通り便が自然に降りるのを待った。


ここまでは、なんの違和感もない。全くの日常である。が、いつもとは異なる非日常なる激闘が始まる。


「あれ、おかしい...。」


便が出口まで来ているのに、あと一歩のところで体外に排出されないのである。


「あれ、おかしい...。」


マサヒロは、同じ独り言を繰り返した。


やはり出ないのである。


気張れども気張れども、一向に出ない。そして、便意が増す一方なのである。


「俺、なんか悪いことしたっけ?」


と天井を見上げ、渾身の力を振り絞り、再度気張る。


が、結果は一緒だった。


"15分"、これを繰り返したが、状況は変わることはなかった。


「このまま愚直に攻めるのは、あまりに分が悪い。いったん引くべきだ。」


自分自身を冷静でクレバーと自覚しているマサヒロは、戦国軍師を気取ってみた。


「いったん敵の出方を見よう。」


マサヒロは下げたジーンズをあげ、自室のベッドに横たわった。


「敵のペースに乗るなど、愚の骨頂だ。あくまで主導権はこちらにある。」


自身にそう言い聞かせながら、便の様子を探った。


「恐らく敵は根負けして、降りてくるに違いない。」


そう高を括りながら、スマホをいじること"15分"。敵が降りてくる気配は全くない。


いや、正確に言うと降りてきているのであろうが、出る気配が全くない。


ただ、出る気配はないのに、便意だけが強くなっていく。


「これは敵の罠である。こんな単純な罠には引っ掛かるわけもなく、じっくりと先方の様子を見るべきだ。」


便意が徐々に強くなってきているのを感じつつも、それをごまかすかのようにYoutubeのお気に入り動画を見ながら、敵のこと忘れるように努めること"15分"。


「駄目だ、これ以上便意が続くことは耐えられない...」


便意が"45分"継続することはいまだ経験がなく、これ以上様子見というわけにもいかないと判断し、いよいよ敵との決戦に挑むことを決心し、マサヒロはトイレに向かった。


履きこまれたジーンズを下し、便座に再び腰かける。


「敗北したわけではない、本当の勝負はこれからだ!」


マサヒロは自分に言い聞かせながら、意を決した。そして、


気張る!気張る!気張る!


が、いっこうに出る気配がない。



気張る!気張る!気張る!


出ない!出ない!出ない!



気張る!気張る!気張る!


出ない!出ない!出ない!



気張る!気張る!気張る!


出ない!出ない!出ない!



"15分"



気張ることで体力が奪われたせいもあるのか、便意が"1時間"以上続いていることにより、だんだん気持ち悪くなってきた。


「いかん、このままだと負ける!」


論文を書き終わった後、しばらく停止していたマサヒロの論理性優れた脳が、再び旋回を始めた。


「このまま力押しすると負ける!作戦を変えねば!」


ここで、マサヒロは研究者らしく、敵の構造分析を開始した。

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