第2話 船の上で揺られてます。
そしてお祭りの開催が迫ってきた頃、私たちはスモビの港で船に乗ろうとしていました。
港には色とりどりの旗を掲げた大小さまざまな船が停泊しています。その中で、私たちが乗り込もうとしているのは、三本のマストが堂々と立ち並ぶ、中型の帆船です。白い帆には太陽と波の紋章が描かれていて、船体は使い込まれた木材の温かみを感じさせる茶色で統一されています。
本当はもっと小型の方が予算的にはふさわしかったのですが、ほら、あのその、私って辺境伯付錬金術師じゃないですか。だからちょっと立派なのがあてがわれまして。こういう時も便利ですね。こういう肩書きというのは。
漁港に近いこの港では顔見知りも多く、「おお、とうとう行くのか」といった言葉を多くいただきました。
「ふふ、船旅なんてちょっとワクワクするね」
「初めての王都だし、お祭りだし、めちゃくちゃ楽しみっす!」
「船って久しぶりだな~」
船に乗り込んだアメインが楽しそうにはしゃいでいます。リリナもニコニコと上機嫌。私たちが乗り込んだ甲板は思っていたより広く、足元も安定しています。これなら快適に過ごせそうですね。
帆船の内部は外から見た印象よりもずっと広く感じました。廊下や手すりは丁寧に磨き上げられ、潮風で風化した表面が手に馴染みます。二日間ほど過ごす客室は、小さめですが清潔で居心地が良く、壁に取り付けられた小窓から差し込む光が柔らかくて落ち着きます。
船内は船外とまた違った香りがします。潮の香りが染みついた木材。私の家に初めて入った時とまた違う木の香りです。これもまた良いなぁ。
「ミナモ様、拙者から離れないように」
「もう、大げさだなぁ」
ナギはそう言いながらも、少しワクワクしているように見えます。窓の外には青く広がる海がキラキラと輝き、軽やかな波の音が船の中まで響いています。船はゆっくりとした揺れが心地よく、まるで海に抱かれているようでした。
船員さんたちが忙しそうに走り回りながら、出航の準備を進めています。帆が風を捉えると、船が静かに動き始めました。甲板には潮風が吹き抜け、海鳥が鳴きながら青空を舞っています。
私は胸いっぱいに潮の香りを吸い込みます。うん、やっぱりこういう空気、私は大好きです。これから始まる楽しいお祭りへの期待を膨らませました。
「それでは、トルサート王国のお祭りへ出発します!」
――
「うう……気持ち悪い……」
「ミナモ、大丈夫?」
頭がぐらぐら揺れて、視界がぐにゃりと歪んでしまいます。船酔いです……出航してからまだそんなに経ってないのに、すっかり船酔いしてしまいました……。波に揺られているというより、頭の中まで揺さぶられているような感じがします。
船室のベッドに倒れ込むと、身体は鉛のように重くて動きません。横になっても、目を閉じても、ゆらゆらと揺れる感覚が消えず、吐き気が何度もこみ上げてきてしまいます。
私って船酔いする人だったんですね……まったく想定外の事態でした。港を出る時はあんなにワクワクしていたのに、景色を楽しむどころか、船室の天井ばかり見つめています。窓の外には美しい青空が広がっているのに、視線を少し動かすだけで酔いがひどくなる気がして、外を見るのを諦めてしまいました。せっかくの船旅なのに……と、涙が出そうになります。
あーあ、この天井の向こうにも奇麗な青空が広がっているんだろうなあ。酔い止めの薬なんて無いだろうしな……
「外は一面の海っすよ?」
「うう……でも見たいや……」
リリナが少し申し訳なさそうにそう言うので、私は弱々しくつぶやきます。きっと今頃、青く澄んだ海がどこまでも広がり、波がキラキラ輝いているんだろうな……って想像するだけでも少しだけ元気になれる気がします。だから、少しでも楽になれるように外の風に当たりたいと思い、なんとか身体を起こそうとしました。
「ミナモ、無理しない方がいいよ?」
「う、うん……」
アメインが心配そうに私を見つめてくれていましたが、その優しさに応える余裕もありません。体が思うように動いてくれず、ベッドに力なく崩れ落ちてしまいます。船酔いってこんなに大変だったんですね……。
「みんなは自分の好きなことしてて良いんだよ?」
せっかくの旅行を、私のせいでみんなが楽しめないのは嫌でした。それに、みんなが私に付きっきりになるのも申し訳ないですから。少し寂しいけれど仕方ないかなって思います。
でも三人は、私のそんな言葉を聞いて顔を見合わせ、優しく微笑みました。
「そんな寂しいこと言わないでよぉ。ミナモが一緒じゃなきゃつまんないもん」
アメインは口を尖らせながらも、私のすぐそばに座って手を握ってくれました。その温かい手が、私の心をほんの少し軽くしてくれます。
「まあ、正直やることも無いっすからね。師匠の看病くらい、お安い御用っすよ」
リリナはのんびりと椅子に座って、私を安心させるようにゆるく笑ってくれました。いつもどおりの調子に、私の緊張も少し緩んでいきます。
「拙者はミナモ様の護衛なので、もちろんここにいますよ」
ナギは真面目な表情をしていますが、その眼差しには確かな優しさがありました。彼女の言葉は、いつでも安心させてくれます。
「みんな……」
三者三様の理由ですが、みんなが私の側にいてくれることが嬉しくて、胸の奥がじんわりと温かくなります。一人でこの船旅をしていたら、絶対に寂しくて泣いてしまったかもしれません。みんなが一緒で本当に良かった……そう思うと、苦しさも少しだけ和らいだような気がしました。
その後もしばらく、みんなが色んな話をしてくれているのを、ぼんやりと耳にしていました。気づけば外が徐々に薄暗くなり、夕暮れが訪れていました。少しずつ揺れに慣れてきたのか、意識がゆっくりと遠くなり、いつの間にか眠ってしまっていました。
—―
そして翌朝。
「あれ……ちょっと楽かも……?」
私はベッドの上でそっと身体を起こします。まだ少し頭が重いですが、昨日よりだいぶ良くなった気がします。体が慣れたのでしょうか?ゆっくり立ち上がると、窓の外に見える海の景色が目に入りました。
「わぁ、綺麗……」
朝日を浴びた海はキラキラ輝き、青と緑が混ざった宝石みたいに美しいです。昨日見られなかったぶん、余計に感動がこみ上げてきます。すると、そんな私に気づいて三人が嬉しそうに近づいてきました。
「ミナモ、調子良くなったの?」
「うん!おかげさまで」
持ってきた軽食を口にしながら私は返事をします。昨日は何も食べれなかったからとてもお腹が空いています。持ってきた材料だってそのまま食べちゃいそうなくらい。……さすがにしませんけどね。
「それじゃあ今日は一緒に釣りでもするっすか?」
「釣り?」
リリナの提案に私は首をかしげます。すると、ナギがそっと微笑みながら説明してくれました。
「甲板で船員たちが釣りをしているのを見て、面白そうだと話していたのですよ」
「うん! 昨日見てたらすっごく楽しそうだったんだよ!」
「貸してもくれたよ!」とアメインが言います。その言葉はぴょんぴょん跳ねているように楽しそう。元気いっぱいの姿に私も自然と笑顔になりました。
「じゃあ、私も行こうかな……。ずっと船室にいるのももったいないしね」
「決まりっすね!」
リリナが嬉しそうに手を叩きました。そう決まると、みんなでワクワクしながら甲板へと向かいます。外の風はとても爽やかで、身体がすーっと楽になった気がしました。
船員さんに道具を借りて、早速みんなで釣り糸を垂らします。何が釣れるか楽しみです。
「カララウオとか釣れるかな?」
「釣れたらやばいっすよ……」
そりゃそうでした。一本釣りでもないですし。あんな大きいのが釣れたら逆に私が引きずり込まれちゃいます。想像したら少し怖くなりました。身震いしちゃいます。
四人並んで釣り糸を垂らし数分。いや数十分?
「釣れないなー」
「まあまあ、こうしているのもまた一興っすよ」
そろそろアメインが少し暇そうにしていますけど、リリナに諭され、また座り直しました。
それにしても。
「平和だなー……」
カモメに似た鳥が飛び、遠くでは魚が跳ねているのが見えます。いや、イルカさんですかね?
他の乗客たちも思い思いの事をしています。
「王都に着くのは夕方だっけ?」
「無事に着けばっすけどね」
「無事に?」
「ここら辺、たまに海賊がでるんすよ」
海賊……それって悪魔の実とか食べてたりするんでしょうか……いやそんなわけないですね。
「ミナモ様は私が守りますよ」
「うん、ありがとう」
そうしたら本当に頼りになるかも。アメインも強いし、海賊がどれくらいの強さかは分からないけど。ふふ、私の家族の方が強いですよ。
「ふあーあ……部屋に戻ろうか」
眠くなってきちゃいました。船の揺れにもだいぶ慣れましたし、今ならぐっすり眠れそうです。もう一回ベッドに戻って寝ちゃおうかな……。
そう思いながら私はゆっくり立ち上がりました。体が少しふわふわする感じですが、さっきまでよりは随分マシです。
「大丈夫っすか? 手、貸すっすよ?」
「あ、ありがとう、リリナ。なんとか歩けそうだから、大丈夫……」
心配そうに差し伸べられたリリナの手に、申し訳なくも嬉しくなりながら、そっと首を振ります。
アメインは私の横をちょこちょこと歩き、じっと顔を覗き込んできました。
「ミナモ、本当に大丈夫? ほら、無理しないで?」
「ふふ、大丈夫だよ。少し眠れば元気になると思うから……」
私はそう言って微笑みました。ナギもまた心配そうにちらちらと視線を向けていますが、言葉少なめに後ろからそっとついてきてくれています。
船内の廊下を歩いていると、木製の床が足元でミシミシと小さく軋みます。潮の香りがほんのりと漂い、外から波が船体にぶつかる音が遠く聞こえてきました。
窓の外を見ると、青く広がる海と澄み渡った空、ゆっくり流れる白い雲が視界に入ります。やっぱり、船旅ってちょっと素敵かもしれません。酔いが無ければもっと楽しいだろうな……なんて思っていると、突然、船外から船員さんの叫び声が聞こえてきました。
「海賊だ!海賊が出たぞ!!!」
私たちは思わず立ち止まり、顔を見合わせました。
……どうやら、フラグを成立させちゃったみたいです。寝かせてほしかった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます