第8話 「スポーツの神は公平か?」

― 勝利と敗北、祈りのゆくえ ―

 真夏の日差しがグラウンドに照りつける。

 遠くで響く蝉の声に混じり、どこからともなく太鼓のリズムと歓声が聞こえてきた。

 今日は町の一大イベント――中学サッカー大会の決勝戦だ。

 神社の境内にも、朝から選手や応援の家族たちが次々に参拝に訪れていた。

 みな、勝利を祈り、最後の神頼みにそっと手を合わせる。

 この土地のパワースポットである俺――ご神木の根元には、緊張と期待の空気が濃く漂っていた。


 午前、境内に一人の少年がやって来た。

 ユニフォーム姿で、額には汗。

 両手をぎゅっと合わせ、真剣なまなざしで祈る。


「神さま、どうか、今日だけは……俺たちのチームを勝たせてください!」


 少年――優斗は、今年のキャプテン。

 弱小チームをまとめ、仲間たちと共に努力を重ねてここまで勝ち上がってきた。

 最後の一戦を控え、彼の目は涙で滲んでいた。


 同じ朝、グラウンドの端では、決勝の対戦相手である強豪校のエース、海斗もまた、こっそり神社を訪れていた。

 静かな表情で、だがその目には負けられない強い意志が燃えている。


「神さま、お願いします。俺たちの夢を叶えてください。

 仲間たちの思いも全部、背負ってるんです……!」


 俺は高い枝の上から、彼らの願いに耳を澄ませる。

 勝利を願う想いはどちらも真剣だ。

 祈りの強さに、優劣などない。

 この数日、何十人もの選手たちが、同じように俺のもとへ足を運んでいた。


(……さて、どうしたものか)


 神木として、これまでにもさまざまな勝負事の願いを受けてきた。

 運を少しだけ味方につけてやることもできる。

 けれど、スポーツの勝敗において“神の介入”がどこまで許されるのか、俺はいつも迷うのだった。


(どちらも努力し、夢をかけている。その片方にだけ奇跡を与えることは、本当に“公正”と言えるのだろうか?)


 思えば、この町の子供たちは、勝ったときも負けたときも神社に来ては「ありがとう」と「悔しい」をぶつけてきた。

 勝者の歓喜も、敗者の涙も、どちらも美しい。

 けれど、人はいつも“勝つこと”だけに意味を求めてしまう。


 決勝戦が始まった。

 グラウンドに立つ選手たちの顔には、緊張と決意、そして仲間への信頼が浮かんでいる。

 優斗のチームは序盤から果敢に攻め、ピンチのたびに声を掛け合う。

 海斗の強豪チームは、一人ひとりが洗練された連携で、どんな苦境でも冷静さを失わない。


 試合は一進一退。

 残り時間わずか、スコアは同点。

 観客席の応援は最高潮に達し、ベンチの監督たちも声を枯らしている。


 そのとき、俺はふと風を感じた。

 両チームの選手たちの中に、“奇跡”を求める声が渦巻いている。


(奇跡を与えるべきだろうか? それとも、すべて彼らの力に任せるべきか……)


 俺は一瞬、枝を揺らした。

 だが、それはごく微かな、“ボールの回転が少し変わる”程度の風だった。


 ――残り数十秒。

 優斗が必死に走り、最後の力でシュートを放つ。

 ボールはゴールポストをかすめて外れた。

 次の瞬間、海斗のチームがカウンターで一気に攻め、今度は海斗が渾身の一撃を放つ。


 しかし――そのボールも、わずかにゴールを外れた。


 笛が鳴り、決勝は引き分けのまま、延長戦に入る。


 選手たちの顔には疲れが滲みながらも、どちらのチームにも“まだ諦めない”強い輝きがあった。

 延長戦、PK戦――

 運も味方も、時にはいたずらをする。


 最終的に、勝利の女神が微笑んだのは、ほんのわずかな“偶然”の積み重ねだった。


 優斗のチームは惜しくも敗れた。

 ベンチに戻った優斗は、涙をこらえて仲間一人ひとりに「ありがとう」と声をかけた。

 海斗のチームは歓喜に包まれる。

 だが、海斗自身は、勝利の実感よりも、優斗たちの健闘に心を動かされていた。


 試合後、ふたりはグラウンドの片隅で偶然出会う。


「……お前ら、すごかったよ。まさかあんな試合になるとは思わなかった」

「そっちこそ……。負けたのは悔しいけど、やりきったって思える」


 言葉は少ないが、互いの努力と覚悟は自然に伝わっていた。

 ふたりは笑い、そしてそっと拳を合わせる。


 その夕方、ふたりはそれぞれ、神社に足を運んだ。

 勝者も敗者も、同じように手を合わせる。


「神さま、ありがとう」

「負けたけど、後悔はありません」


 俺はそっと枝を揺らし、二人にそれぞれ一枚ずつ葉を落とした。

 ふたりは葉を手に取り、小さくうなずいて去っていく。


(勝利も敗北も、すべては“人が全力を尽くした証”に過ぎない。

 祈りが叶うこともあれば、叶わないこともある。

 それでも、人はまた願い、また挑戦する。

 それこそが、スポーツが与える一番の奇跡――)


 夏の日差しはまだまぶしい。

 俺は今日もグラウンドの歓声を遠くに聞きながら、誰かの願いに静かに耳を澄ませている。


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