第3話 理屈ではないのだ

そうなのだ。いつも、いつの世も、男は黙ってじっとガマンするだけなのだ。たとえどんなに理屈の上で分があったとしてもそんなものは屁のつっぱりにもならない。


いや、そんな理屈云々を言ってるようでは一生勝つことは叶わないのだろう。理屈でないところに強さの秘訣があるのかもしれない。


その当時、僕がつきあいだした女のコはいわゆる女子高生であった。


世の流れに逆らうことなく、その女のコも「調子にノリまくり」なところがあった。いや、これは性格的なものだったのかもしれないが…

 

事情その4

 

ある日の電話の中で。


彼女「ね~ね~、来週の土曜日、焼肉たべたい。食べにいこーよー」


僕「ん? 来週の土曜日?」


手帳を取り出してパラパラとめくってみたところ、その日はバイトだった。


夕方から深夜にかけてのBARのバイトだったので、デートするにも非常に中途半端だった。焼肉屋は普通夕方の5時くらいのオープンだ。


僕「ごめ~ん、その日、バイトだよ」


彼女「え~、バイト? なにそれ~、なんでバイトなの~」


趣味であるウィンドサーフィンはともかくとしても、デートの際のガソリン代、遊園地代、映画代、そしてネックレス代、当然すべて僕持ちである。


仕送りだけでは足りないのは当然だ。そしてこの話題になっている焼肉ですら、二人で約8000円近くかかるものと思われるが、当然のように僕持ちになるのだろう。


僕「いや、ほら、おれ貧乏だし…」



彼女「他の人に代わってもらってよ~」


僕「う~ん、どうかな、土曜日って入れる人あんまりいないんだよね」


彼女「だってその日、あたしたちの『記念日』なんだよ?」


こういうところで無神経なオトコは嫌われるということは充分によくわかっていた。


だから、そういう記念日には気を使っていたつもりだった。


しかし瞬時に頭を巡らせても、「何の記念日」だったのか思い出せなかった。


間をあけて、


僕「記念日?」


彼女「そうだよ~、そういう日に普通バイトなんて入れる? それとももしかしてバイトっていうのはウソで浮気でもするつもりなの? あたしたちもう終わり?」


僕「え、そんなこといわないで」(涙目)


と時間を稼いでみても一向に思い出せなかった。


彼女「も~、あたしたちが付き合い出してその日で2ヶ月目なんだよ?」


2ヶ月目?

それ、記念日なの?


僕「…」


結局この晩の電話でその土曜日の焼肉が約束されてしまった。


電話を切ったあと、僕は手帳を取り出して、先月の同日のページを見てみた。一ヶ月目の記念日にあたる日だ。


数行の日記を見て思い出した。


確かその日、彼女はクラスの友達の家に泊まりに行って、僕は家で一人、プラモデルを作っていたのだった。


焼肉代がなかったので「高い参考書買わなくちゃいけないことになった」といって、実家に緊急仕送りをしてもらったことは結局知られるところとはならず、僕の胸のなかにしまってある事実だ。

 

 

事情その5

 

たまに平日のデートは、僕がクルマで直接高校まで迎えにいくことがあった。門限が8時だったからだ。


その日僕が校門の近くにクルマを止め、彼女がでてくるのを待っていると、彼女は数人の友達と出てきた。


彼女「ね~ね~、今日はトモミ(仮名)とリエ(仮名)も連れていっていい?」


すでにダメとは言わさない状況である。ここでそういう申し出を拒否するのは「かっこわるい」ことなのである。


彼女にしても、「かっこいい」彼氏を見せたがっていたのは明らかで、その期待を裏切ることはできなかった。


僕「ん? いいよ」


しかし、やはり、なぜこのときにダメといわなかったのか。

彼女が遊びに来る日は決まって何か食べ物を用意しておいた。あるいは外食にするかで、いずれにしても一緒に夕飯を食べることにしていたのだ。


その日は僕はシチューを作っていた。前日から肉屋でもらってきた牛の骨をじっくりと煮込んであり、充分にダシが効いた力作だった。赤ワインと肉も結構上等なものを使っていた。


部屋に入るなりトモミちゃんがそのシチューに気づく。


トモミ「わ、なんかすっごいイイにおい」


リエ「ほんとうだ」


そして彼女の一言


彼女「ね~、トモミとリエの分もあるよね?」


僕「ん、あると思うよ」


彼女が冷蔵庫と棚を覗いて言う。


彼女「お菓子とジュースは?」


この一言で僕はシチューを温めなおしながら近くのコンビニにダッシュすることになった。


部屋の中には、ルーズソックスをはいた女子高生が3人もいるわけで、「そういう人」には垂涎のシチュエーションなのだろうが、実際はそうではない。


僕は単なる食事当番でしかないのである。それ以上の立場ではない。


僕「はい、シチューできたよ。それから、はい、これ午後の紅茶とスナックいろいろ」


テーブルを囲んで3人が食べ始める。僕の分のシチューは残らなかった。


食べながら、彼女たちは学校の話に夢中だ。


僕には参加できない話なので部屋の隅でずっと黙ったままである。


トモミ「でさぁ、今日の数学の宿題、あとでみんなで分け合ってやる?」


リエ「でも微分とか積分とかもうちんぷんかんぷんだよ~」


彼女「…ねえ、●ーくん、微分積分、わかる?」


3人の視線が、いままで黙って部屋の隅に座っていた僕に注がれる。


リエ「そういえば、○大生なんだっけ…」


3人がニタっと笑ったような気がしたのは気のせいだったろうか。


すべてを決定したのは彼女のこの言葉だった。


彼女「あたしの彼氏だもん。頭いいし優しいから何でもやってくれるよ。…ね?」


僕は7時過ぎくらいにようやくプリント2枚の数学、英作文2問、和訳3問を終了させた。


その間、彼女たちはおしゃべりをしながらビデオを観ていた。ほんとは彼女と二人で観るつもりでレンタルしてきたものだ。


門限を気にする彼女たちをそれぞれ家まで順番に送っていったあと、僕はひとりで吉野屋に行き、牛丼を食べた。



紅ショウガをかじりながら、なぜだかとても切なくなった。

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