僕と彼女の事情

志高紘帆

第1話 そんなこんながありまして 

 大学に入ってからつきあったとある彼女との話。彼女は高校生だった。流行の女子高生だったのだ。いや、流行したからといって人数が増えるわけでもないのだが。


 彼女は一人暮しではなく父親と二人で暮らしていたが、かなり自由だったらしい。別に親が離婚したわけではなく、父親の単身赴任先と籍のある私立女子校が近かったために、二人で暮らしていたのだった。


 父親の帰りはいつも遅く、そのせいで門限はなかったといってもいい。というより、父親が家にいたとしてもあまり細かいことをいう人でもなかったというのもあった。

 

 事情その1


 ある日のこと。その日はBARのバイトが終わって家に帰ったのは夜中の1時だった。まあ、閉店が12時でそのあと片付けもするのでそれくらいになってしまうのだ。


 次の日は朝8時45分からの授業があった。フランス語だ。これは必修科目なので出席と毎回の宿題は欠かすことができない。語学のためだけに留年してきた人は数多いのだ。


 仕方なくそれから小一時間ほどかかって宿題を仕上げ、その間に洗濯機を回す。一人暮しはいろいろとしなくちゃいけないことが多い。洗濯機も約一時間で終わる。


 そしてやっとベッドに入れると思った午前3時くらいに、突然電話が鳴る。


 僕「はい、もしもし?」


 彼女「あ~、たーくん(仮名)? 起きてた?」


 声は完全に酔っ払いの声だ。午前3時。普段なら間違いなく寝ている。っていうか、


 普通誰でも寝ている。


 僕「うん?、起きてたよ」


 彼女「ねぇ、あたしのこと、好き? 好きって言って。」


 午前3時の突然、脅迫されている!


 僕「どこにいるの? 大丈夫かよ? 明日学校だろ? お父ちゃん心配してるぞ?」


 彼女「明日は開校記念日~。今日はみんなで飲みに来てるの~。パパは今日は出張。ね、心配_?」


 僕「気をつけろよ~」


 彼女「ね、あたしのこと、好き? ねぇ、好きっていって!」


 僕「…」


 さっさと家に帰って寝ろ!!


 と、のどまで出かかった。そうだ。はっきり言ってやらねばなるまい。


 僕「…うん、大好きだよ」


 なぜ「大」までつけてしまったのか、今でもわからない。


 彼女「じゃ~あ、いまから迎えに来て♪」


 今は夜中の3時だ。今日はバイトで疲れて帰ってきて、そして明日の朝は一時間目から授業だ。そんな迎えになんて行ってられるはずはない。


 でも、まあ、仕方ない。行ってやるか。最近うちに泊まりにも来てないしな。一緒に寝るっていうのは久しぶりかな。


 仕方なく僕は再び着替えてクルマを運転して夜の繁華街に向かった。さすがに平日の夜中の3時半はガラガラだった。


 ん? あれかな。


 数人の女のコがベンチに座っていた。近くにクルマを寄せる。


 僕「こんな時間に高校生が夜遊びするなよ~」


 そして彼女に乗るように言った。すると、後ろのドアまで開いて、全員が乗ってきた。


 へ?


 女子高生に囲まれて寝るのもいいかな? と一瞬思ったがそんなはずあるワケなかった。


 彼女「あたしんちまでレッツゴー!!」


 彼女の家は、その繁華街からさらに向こう側であった。


 僕はその晩、バイトで疲れ、宿題をし、やっと寝れると思ったときに電話が鳴り、迎えに行き、彼女の家まで送り、一人で帰ってきて、明け方近くにベッドに入ったのだった。


 その日、いつもより睡眠時間はなぜだか短かった。


 

 事情その2


 ある春の日。電話で。


 彼女「ね~ね~、今度の日曜日、お花見行こうよ~」


 僕は週末はウィンドサーフィンに行くのが習慣になっていた。特に春の日はいい風が吹くのだ。晴天の下で快速にサーフィンを滑らすのは最高に気持ちがいいことだった。京都は盆地だから風はあまり入ってこないが、晴れている春の日はほとんど琵琶湖ではいい風が吹いているのである。


 僕「ん~、日曜日かぁ」


 彼女「ウィンドなんて行ったら別れてやる」


 先手を取られた。


 僕「ん? まさか。そんなこと言うはずないだろ? いつもおまえが優先だよ」


 彼女「ほんと?ほんと? じゃあ、今度の日曜日は、お弁当交換でお花見ね!」


 日曜日当日、僕は早朝から台所で格闘し、彼女の好物だけを取り揃えたお弁当を作成した。チャーハン、生姜焼き、だし巻き玉子、ソーセージ、プチトマト、フルーツ…。


 そして午前10時。遅刻寸前に彼女の家のまえに滑り込む。ベルを鳴らす。


 しばらくして出てきた彼女はどう見ても起き抜けのバツの悪そうな顔だった。


 そしてその日の昼、僕が食べたのはローソンのお弁当だった。いつもと同じ味だった。


 やたらと天気のいい春の一日だった。


 

 事情その3


 そのとき、時計は夕方の6時を指していた。彼女が見たいと言っていた映画は6時20分開幕だったはずだ。ここからだと10分は歩くから、そろそろ行かなくちゃいけない。


 僕「そろそろ行かないと間に合わないよ?」


 彼女は服を選ぶのに必死だ。デパートのバーゲンというのはいろいろと選ぶのが大変らしい。


 彼女「ん、うん…、でも明日にはなくなっちゃうかもしれないし…」


 僕も紳士コーナーに行きたかった。狙っていたアウターがあったのだ。


 しかし、彼女が「たーくんの買い物は遅いからダメ」と言って許してくれなかった。


 そもそも映画とバーゲンを学校帰りに一日で済まそうというのが間違っていたのではないだろうか。結局デパートを離れたのはそれから15分くらいたってからだった。


 彼女「あ~あ~、遅れちゃう! もし初めのいいシーン見逃したらたーくんのせいだからね!」


 僕「…」


 心のなかでは大量の?マークが生産されていた。

 でもしかたないので、僕も走った。一応元陸上部だ。こんどは、


 彼女「ちょっとぉ、走るの速いよ~。もう~、置いてく気? 勝手なんだからぁ~」


 心のなかではさらに大量の?マークが生産されていた。


 僕はどうしたらよかったのだろうか。しかたないのでとりあえず、


 僕「…ごめんな」


 あやまるしか方法が見つからなかった。


 しかし今でも、あのとき何か悪いことをしたのだろうか、と疑問に思うのである。


 僕のランクは足軽級。

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