第17話 リニア新幹線合意※
国策がようやく前進する。
「リニア新幹線の静岡県の工事区間に関してJR東海と静岡県、国の三者協議が開かれて遂に合意に至りました。静岡工区の着工が認められます。これで開業が現実的になりました」
三者協議を終えて静岡県知事とJR東海社長、国土交通省担当者は笑顔で質疑応答を受けた。今まで静岡県が強行に反対して譲らない。国が本格的に介入して補償の肩代わりを約束したり、JR東海も静岡地区における利便性向上を書面に残したり、静岡県は「それならば」と重い腰を上げた。リニア新幹線が開業することはないと言われたがあっけなく終幕を迎える。
静岡県の水に関する主張はご尤もだった。インターネットでは批判の嵐が渦巻き、のぞみが停車しない問題など、猛烈なバッシングが吹き荒れる。静岡県は払拭に専念するも火に油を注ぐばかりだ。しかし、水資源の枯渇に過去の前例がある以上はJR東海も無視できない。国としても補償を肩代わりして納得を引き出そうと試みた。静岡県もこれ以上は厳しいと妥協を選択する。
リニア新幹線が開通することの利点は薄かった。静岡県の新幹線停車本数が増えると言う。こだま号とひかり号が数本程度と見積もられた。JR東海も具体的な本数を提示しない。静岡県における鉄道の利便性は意外と低かった。都会人と鉄道オタクはここぞとばかりに静岡県を責め立てる。政府は国土交通省を通じてJR東海を叱った。殿様商売もいい加減にしろ。JR東海も社長が交代すると姿勢が一変して事実上の懐柔策として具体的な改善策を提示した。
「開業時期の大幅なずれ込むはどうなるでしょうか」
「まだ着工しておりませんのでわかりかねます。工事は確実に安全に進めることを約束します」
「政府の新国鉄の参加はあり得ますか」
「それも未定です。まだ開業はおろか完成もしていません」
「静岡地区の鉄道事情は必ずしも良好と言えません。これからどのようにしていきますか」
「書面で発表いたします。そちらをご参照ください。ここでは語り切れません」
JR東海の担当者に質問が集中するものらりくらりと躱した。三者協議を終えたばかりで答えられる範囲は意外と狭い。昨今のマスコミの偏向報道や切り取りから民間企業も警戒した。地元の新聞社の追撃にも怯まずに正式な発表を待てと繰り返す。
それはさておき、ここに来て急に接近した理由がわからない。静岡県の強硬姿勢は猛バッシングを受ける程だ。それが急に軟化するとは驚きを超えて呆れてくる。根性なしとひどい声も聞かれた。実際は与党内部において静岡出身の有力者が働きかけたらしい。リニア新幹線の国策を推進すると同時に出身地の交通事情を改善するために裏で暗躍した。これで次の選挙の当選は確実となろう。
当事者たる静岡県民はどのように受け止めた。
「やっと前に進んだって感じですよね。なんか悪口を言われてきたので…」
「本当に必要なのか疑問ですがね。水をどうにかしてくれるならいいですけどね」
「新幹線増えるんですか? JR(在来線を指す)もよくなるんですか?」
「なんか信じられないなぁ。あの国とJRですよ」
リニア新幹線の工事合意に賛否両論があって当然である。それが正しい言論だ。東京を筆頭に都会人が地方都市を軽蔑する姿勢は明らかに間違っている。都会のために地方が犠牲になる社会があってはならず。JR東海の従来の姿勢に批判が集中し始めると広報より具体策が提示された。
静岡県の鉄道事情は良好と言われる。天下の東海道沿いにしては寂しさが否めなかった。新幹線はこだま号が中心にひかり号が少し走っている。ラッシュ時は使い勝手が良く新幹線通勤に対応した。始発は早い時間から終電は遅い時間まである。地方都市としては快適と言えた。しかし、のぞみ号の毎時12本ダイヤやひかり号静岡県通過など足りないと感じる所も多い。
リニア新幹線が開通した後はのぞみ号を縮小してこだま号とひかり号を増発する方針を打ち出した。現行のダイヤから約1.5倍の本数に増発することを約束する。のぞみ号の需要も尽きないが、静岡県に納得していただくためにはやむを得なかった。したがって、設備改良や車両更新から全体的な利便性を維持する。これでも足りないと突っつかれるため、在来線の改善を抱き合わせることで通勤と通学の需要に対応し、新国鉄の発足から敢えて非合法的な運行を打ち出した。
「新幹線に関してはこだま号とひかり号の増発を約束しました。さらに、在来線に関しては新型車両を優先的に配置して混雑緩和を図り、特急列車の延伸や新設など大幅な刷新が待っています」
JR東海静岡地区の広報は笑顔で述べる。
「今まで静岡地区では最低3両の運転でした。新型の315系を導入して最低4両の運転にかわり、ラッシュ時は最大9両での運転を予定しており、臨機応変に対応して参ります。ダイヤも短距離のシャトルのような列車を新設して長距離を切り離しました。長距離は中京地区から余剰車両を投入して増発を行います。さらに、新国鉄と共同して特急列車を新設いたしますのでご期待ください」
静岡の在来線は中京と関東に挟まれた。静岡県を境にして一変する。熱海駅では運が悪いと15両から3両に乗り換えた。それも座席はオールロングシートで快適性に欠ける。旧型車両はトイレがないためお腹の調子に左右された。もちろん、静岡地区の需要に対応する運行形態で絶対的な誤りでない。とはいえ、利用者の評価も好評とすることもなく、日常的な遅延や運転見合わせも含まれると芳しくなかった。
これに対して新型の315系を一挙に投入して最低でも4両単位とする。通勤と通学の利用の集中するラッシュ時は既存車両を増結して7両や9両を想定した。旧型車両は淘汰されて必ずトイレが設けられる。これに伴い短距離の興津から島田をピストン輸送するシャトル列車が復活した。熱海から浜松を結ぶ長距離列車は中京地区から玉突きの格好でクロスシートの車両が担当しよう。
快速列車の運行は深夜帯の新幹線終電に関する救済臨時列車以外は設けられなかった。朝と夕方のホームライナーで間に合っている。青春18きっぷ利用者などオタクの声は無視が妥当だ。地元の利用者を厚遇して当然である。しかし、新国鉄の介入によって東海道新幹線のバイパスが表向きで掲げられた。なんとも非合法的な特急列車が新設ないし復活することになる。
「何と言っても目玉は特急の『東海』と『あさぎり』の復活です。前者は東京と静岡を結んでいました。後者は新宿から小田急線と連絡して沼津まで走りました。これらが一挙に復活します」
「にわかには信じられませんね。私は鉄道ファンではないのですが、何と言いますか、静岡の鉄道事情が大きく変わることは理解できます」
「はい。ただ運行など管理は新国鉄が担当します。すでに特急信州号の実績があってのことですが…」
「いやぁ、懐かしいですよ。私も東京から清水の実家に帰るときは東海号を使っていたんです」
「東海に関してはJR東海のワイドビュー特急の373系を使う予定です。あさぎり号は小田急と協議の上でふじさん号を沼津を超えて静岡まで延伸します。小田急のロマンスカーに加えてJR東日本の車両が使われる予定です」
「これまたすごいですね。新宿から静岡が一本で結ばれる」
「地味に品川か東京で乗り換えないといけないんですよ。これが面倒だった」
鉄道オタクたちは非合法的な運行に疑義を呈したが新国鉄が黙らせた。信州号は当初こそオタクだらけである。現在は増発を受けて新幹線不通時の救済手段と機能した。仮に平時の需要がなかろうと非常時の代替手段と機能するのだから侮れない。北陸新幹線と北陸特急の迂回路に比べて一本で済んで価格も安上がりだった。
したがって、関東圏と東海圏をバイパスする在来線特急を復活させている。
特急東海は東京と静岡を結んだ特急列車であるが東海道新幹線と被りに被った。高速バスの台頭もあって不要と言われるが前述の通りで大義を有する。また、富士や清水など主要な駅と一本で結ばれた。新富士や静岡で乗り換える手間がなくなる点は無視できない。
特急あさぎりは小田急とJR東海を跨った。新宿から小田急線を通り松田から御殿場線に入り沼津まで走る。これがダイヤ改正を経てふじさんに改称すると御殿場止まりと変わった。インバウンドの需要や自家用車を使わない需要を拾うが苦境が否めない。そこで、新国鉄がメスを入れてあさぎりに戻す上に沼津止まりから静岡まで走らせた。新宿から静岡を一本で結ぶことの利便性はゼロでない。小田急ロマンスカーと新国鉄の特急列車が共演した。観光庁の施策を通じて静岡の魅力再発見から静岡移住を促進する。これは静岡県の人口問題を解決する点で利害が一致した。
「政府は本気ですね。日本の鉄道を敷き直す」
続く
また日は昇る…再びの大日本を 竹本田重郎 @neohebi
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