愛の代価
@mintuten
愛の代価
この日、俺の婚約者であった、なつみが死んだ。そう。死んだのだ。
大きな大理石で作られた立派な墓の前。一人の男が、口角を上げていた……。
数年前。
古い友人と飲みに行ったとき、こんな話を耳にした。
「なぁ、和巳ぃ。隣町に、でかい豪邸に一人で住んでる、お嬢様のこと知ってるか?」
「なんだよいきなり」
「そこのお嬢様ってさ、両親に先立たれて、ほかに身寄りもないらしいんだけど、大富豪家でさ。親の遺産、十数億とかあるらしいぜ」
「……それが俺に、何の関係があんだよ」
「ニブイやつだな。お前まだ独身だろ?その娘と結婚でもすりゃ、逆タマじゃんか」
からからと笑いながら、友人が酒を飲み干し、店員に酒のお代わりを要求している。その時。俺の頭に、一つの妙案が浮かんでいた。
俺は三十代。
しかも仕事に対して、何のやる気も起きず、バイトを転々とする日々。これは神が与えた、ビッグチャンスなのかもしれない。ほろ酔い状態の友人が、さらに補足を入れてきた。
「おまけにその娘、病弱って話でさぁ。余命一年とかいう噂もあるらしいぜ。うまくすりゃぁ、遺産全部お前のモンだぜ?」
和巳は心がざわざわと震えた。こんないい話を逃したら、この先の自分の末路なんて、目に見えている。その娘と結婚すれば、俺は晴れて勝ち組の仲間入りというわけだ。遊んで暮らせるなんて、俺のずっと前からの、夢だったじゃないか。
俺はあの後、友人から、彼女の家の住所を聞き、隣町を訪れていた。そしてついに、彼女の家を突き止める。家……というより、まさに豪邸といえるほど、それは大きな屋敷だった。
しかし一つ問題が浮上する。ここに来たはいいが、どうやって彼女との接点を作ればいいのか。昔から回らない頭で考えても、一向に考えが及ばない。
しばらく考えあぐねいていると、ガチャンと静かな音がして、大きな正門が開き、俺はとっさに民家の陰裏に身を隠した。遠方に見える玄関から出てきたのは、車いすに乗った女性。その後ろにいるのはお手伝いさんらしき、初老の女性だ。
車いすの女性は、見た感じ二十代くらい。頬はこけ、手足もがりがりに痩せ細っている。しかし、顔立ちはそう悪いわけでもなく、整った目鼻立ちに、ウェーブがかった美しく長い髪の持ち主だった。
「なつみさん。今日はとってもいい天気ね。最近雨ばかりだったから、久しぶりの外出で気分がいいでしょう。」
「ええ、とっても」
お手伝いさんに話しかけられ、そう答える彼女。ああ。この人がうわさに聞いていた、大富豪のお嬢様か。俺は耳をそばだてて、二人の会話を盗み聞いていた。それによると、どうやらこの二人、毎日のように散歩に出ているらしい。
俺は一つの作戦を企てた。
『だったら俺も、この辺りを散歩するふりをして、それとなくなつみに話しかけて親しくなればいいじゃねぇか』
どうせ短時間バイトで半分ニート状態のような和巳にとって、時間は余るほどあった。
翌日。
和巳はさっそく企画を実行に移した。いつなつみたちが散歩に出るのかまではわからなかったので、建物の陰に潜み、辛抱強くひたすら待った。この日も大変天気が良かったため、和巳は必ず外出するであろうと踏んでいた。
その彼の願いは通じ、正門から彼女たち二人が出てきた。和巳は、わざと遠くの道路まで走り、あたかも向こうから歩いてきたように演出する。
「こんにちは、いい天気ですね。」
いまだかつて作ったことのないようなさわやかな笑顔で、なつみに挨拶した。
それからは毎日のように、彼女の家の周りを徘徊し、偶然を装っては話しかける。もちろん怪しまれないように、あくまでも“笑顔の素敵なさわやか青年”を演じ続けた。
そんな生活が、約二か月くらい過ぎたころ。今日も又正門から出てきたなつみに挨拶をする。しかし今日は、なつみの様子が少し違って見えた。俺を見たなつみは、少々恥じらうようなそぶりをし、俺に言った。
「あの、和巳さん。もしよろしければ今度、私の家でいろいろとお話を聞かせてもらえませんか?」
これは脈ありと俺は心の中でガッツポーズをかます。この二か月の間、互いの名前を呼び合うほどに、淡々と距離を縮めていたのだ。
「いいんですか?喜んで」
俺の快い返答に、彼女のか細い美しい顔がほほ笑む。たらした釣り糸の先につけた小さなエビに、大きな大きなタイが食いついた。このビッグチャンスを逃してなるものか。俺は後日、彼女の家で、お茶をごちそうになるという、約束を取り付けしてやったりという気分で、帰路に着いた。
なつみと約束をした当日の昼下がり。和巳は正門に取り付けてあるインターフォンを押した。そこから聞こえるお手伝いさんらしき人の声に、なつみとの約束の件を告げると、すぐに立派な正門が自動的にガラガラと音を立てて開く。そのまま玄関に進み、扉を開けると、車いすに座ったなつみが和巳を出迎えた。
「和巳さん、よく来てくださいました。どうぞ中へ」
屋敷の中は、和巳の想像以上に広かった。きらびやかな装飾品に、絵画があちこちに飾られており、なつみに案内され進んでいく廊下にも、数々の高価そうなツボがおかれている。
通された一室の大きなテーブルの上には、見たこともないようなお菓子が皿に盛られていて、傍らにティーセットがおいてある。
なつみに誘導され、席へとついた。
「…家にお客様が来てくださるのなんて本当に久しぶりです。私、体が弱くて、親しい友達もいないので…。」
嬉しそうに話すなつみ。それから俺は、他愛のない世間話から始まり、いろいろと彼女の素性を探りにかかった。しかし、初めて家に招待されておいて根掘り葉掘り聞きだそうとするのも、当然不振だ。
きっとなつみは、俺のことをまたティータイムに誘うだろう。
"今日はここまで。次会った時はここまで探るか。”と。俺は頭の中で、綿密な計画を企てていた。計画は慎重に確実に行わなければならない。そうでないと、大金持ちという俺のゆがんだ夢は水泡に帰してしまうのだ。
俺の読み通り、なつみは、頻繁に俺を家に誘ってきた。回数を重ねるたびにおおよその彼女の状態が把握できてきた。
両親はすでに他界していて、数人のお手伝いさんたちと暮らしていること。病弱で付き添いがなければ外出も困難なこと。そして何より。
彼女の親が残した多額の遺産…。
「なつみさん…。俺でよければ、ずっとあなたのそばに居たい」
「うれしい、和巳さん…。」
自分で言っておきながら、なんて白々しいと思う。俺はまんまと、なつみの心を射止めることに成功したのだ。
愛情なんか、出会ったころから今まさにこの瞬間までみじんもなかった。
俺が愛情を注ぐのは、彼女の遺産にだけだ。
大安吉日。和巳となつみの結婚式がしめやかに行われた。大きな花飾りが数多く飾られ、大きなウェディングケーキ、そしてごちそうが並べられたテーブル。しめやかなのは参列人が少なすぎるからだ。なつみには身寄りがなく、お手伝いさんが同席。和巳はというと、昔からの素行の悪さで、両親とは勘当状態だからだ。別に今更結婚式に呼ぶつもりなど、毛頭ない。おまけに友人といえば、なつみのことを教えてくれた、中野以外に居ない。
「よぉ、和巳やったなぁ。まさかほんとに結婚するとは思わなかったぜ。コノヤロー、今度高ぇーモンなんかおごりやがれ。」
酒飲み仲間中野は、出されたワインですでに酔っ払いになっている。
無事に段取りも終わり、和巳は改めてなつみに言った。
「一生あなたと共にいます。」
結婚式で泣きはらした瞳から、再び涙がこぼれる。この時ばかりは、俺のわずかに残った良心がちくりと痛んだような気がした。
俺となつみが夫婦になってから、数か月がたった。バイトを寿退社し名実ともに屋敷の主人となった俺は、毎日遊んで暮らしていた。ほどほどになつみの面倒も見てやりながら、高価な食べものや服やらを次々に取り寄せる。貧乏生活をしていたあの頃に比べたら地獄から天国へ一気に昇天状態。自分は神に選ばれた、すごい人間なのだ。どうだ、参ったか。庶民どもよ、せいぜい苦労して金を稼ぐがいい。
完全に王様気分だ。前から行きたかったバーにも、なつみに内緒で通った。そこできれいなお姉さんたちにちやほやされた。金を持っている男というのは、それだけで無敵なんだ。
そんなある日のこと。なつみに思いもよらぬ出来事が起こる。
「お嬢様、大丈夫ですか!?早く救急車を!!」
なつみが急に車いすから転倒した。意識がない。すぐに救急車が呼ばれ、夫である和巳を同伴とし、病院へ緊急搬送された。
なつみはすぐに集中治療室へ運ばれ、処置を受けた。しかし、持病ともともとの体の弱さが災いしたのだろう。
「…和巳さんですな」
「…はい」
治療室から出てきた医者が話しかけてきた。
「なつみさんがあなたを呼んでいます。おそらくこれが最後のお話になるかと…。」
悲痛な面持ちの医者の前を横切り、和巳は部屋に入る。
そこにはたくさんのチューブと、心電図のコードに体をつながれたなつみが、ベッドに横たわっていた。
「なつみ!しっかりしろ!!」
俺は彼女のか細い手を握り締めた。
「か…和巳、さん…い、今まで一緒、に…いてくれて…あり、がと…楽し…かったわ」
今にもこと切れそうな口調で俺に礼を言ってくる。その顔は蒼白し、目元には涙がにじんでいる。
「やめてくれ、なつみ!!俺を…俺を一人ぼっちにしないでくれ!!」
「だい…じょう、ぶ…、私が、死んでも……、私は、ずっと…、あなたの中に…生き、続ける……、和巳さん……どうか、私の、分まで……幸せ、に、……なっ……て……」
その瞬間。高い電子音が病室に鳴り響く。心電図の画面は緑の一線を描いていた。
「ゔぁあああああぁーーーー!!」
俺の涙交じりの大声が、集中治療室いっぱいに響いた。
イヤ、真面でウケる。まさか死んじまうなんてな。俺の迫真の演技もなかなかのモンだろ?周りからは、愛する妻を失った、”かわいそうなやもめ”にしか、見えていないだろう。
そしてーーーー。
数日後、良く晴れた雲一つない晴天の中、なつみの葬儀がしめやかに行われた。俺は葬儀の最後まで、”かわいそうな旦那さま”を演じ続けた。
それからしばらくしてから、なつみの自室から遺言書が発見された。書かれた内容は、想定内というか、案の定というか。俺に遺産のすべてを譲るというものだった。
大きな大理石で作られた立派な墓の前。周囲に誰もいないことを確認し、俺の口角がみるみると上がる。気が付いた時には高笑いをしていた。
全てが俺の思うままになった。俺は神に選ばれたのだ。これからバラ色の人生が俺を待っているんだ。
「……あばよ」
なつみの墓前で吐き捨てるようにつぶやいて、俺はその画を後にした。
なつみが死んでから一週間ほどたった、ある日の夜。和巳は夢を見ていた。
『……ここは……なつみの屋敷?』
気が付くと和巳は、自分となつみが暮らしていた、屋敷のある一室に佇んでいた。けれど何かが違う。屋敷の中の空気はよどんでいて、とても重苦しい感じがする。ここは自分の住んでいた家であって、でも何かが違っているような気分。まるで異質な空間にでも迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。
その時。遠くから声が聞こえる。
「和巳さーーん……私の部屋へ来て頂戴……」
なつみだ。俺はなつみが生前過ごしていた部屋へ向かった。
ドアを開けるとそこには、真っ白なワンピースを身にまとったなつみが立っていた。なつみはにっこりと笑うと。
「どうかしら?このワンピース」
「あ、あぁ。よく似合ってるよ。」
「……でも華やかさが足りないわよねぇ」
なつみが傍らに置いてあった包丁を取る。そして。
自分ののどを自らの手で一突きしたのだ。
「……ッ!!!ヒィッ!!!」
和巳が思わずへたり込むが、それでも彼女は自らののどをさし続けている。痛がるようなそぶりはみじんもなく、何度も何度も。のど元から飛び散った鮮血でなつみのワンピースはどんどん血の色に変わっていく。
「どうかしら和巳さん……似合う??」
「ゔああああああ!!」
激しい悲鳴にも似た雄たけびを上げ、和巳が目を覚ました。なんという悪夢。まだ体の震えが止まらない。すぐにお手伝いさんを呼びつけ、水を持ってこさせる。ベッドの上で気分を落ち着かせていると、ようやく正気を取り戻した。
『落ち着け……落ち着け俺……。ただの夢だろうが。なつみはもういないんだ。死んだんだ』
しかしその夜。またもなつみが夢に現れる。
昨夜と同じ。一室に居た俺を、なつみが自分の部屋に来てほしいと、呼ぶ。彼女の部屋に入ると急に、なつみのそばにいたお手伝い達に後ろから羽交い絞めにされた。
前方を見やると、なつみが笑いながらこちらを見ている。
「オ、オイなつみ!どういうことだこれは!!」
「私ねぇ~、実は昔から射撃に興味があってねぇ~……、ねえ和巳さん、的になってくれなぁい?」
ニタニタ笑うなつみの手には、猟銃が握られている。
「ふ、ふざけんなよ!!」
「だって和巳さん、私を愛しているんでしょう?私の望みは何でも聞いてくれたじゃなぁい??」
なつみが俺の身体に焦点を定める。
ドン!!
玉の発射音と同時に、俺の左足に銃弾が突き刺さる。
「ゔぁあっ!!」
「……外れちゃったぁ。今度こそ心臓を貫くわよぉ~」
「や、やめ……、!!」
二発目の玉が、心臓を打ち抜いて、俺はベッドから跳ね起きた。
動悸と汗がひどい。なんなんだ、何なんだよ一体!?
しかし、和巳の苦悩はこれだけでは終わらなかった。それから毎日毎日見るようになった。
始まりはいつも同じ。屋敷の一室に居る和巳を、なつみが自室から呼ぶのだ。
夢の中で和巳が、いやだ、行きたくない、と、強く願うのもむなしく、足が勝手になつみの部屋まで歩んでしまう。そして同じような惨劇を体験させられてしまうのだ。
そんなわけだから当然、夢を見るのが怖い。和巳は徹夜をするようになった。眠ってしまったらまたなつみに会ってしまう。生前の彼女とは雰囲気の全く違う、まるで何か邪悪なものに、取りつかれたような彼女に……。
まったく眠らなくなった和巳の体調は最悪。食欲はなくなり、その身はがりがりに痩せてきた。意味もなく奇声を発したり、怒鳴り散らしたりの生活。
「ねぇ……旦那様、精神科の先生に診てもらったらどうかしら?」
「私もそう思うわ……。このままじゃ屋敷の中がめちゃくちゃよ」
そんなお手伝いさんたちのひそひそ話も耳に入らず、和巳は毎日、叫んで暴れていた。
そんなある日。
和巳は急に意識を失い倒れた。すぐさま救急車が手配され、和巳は病院に運ばれた。
和巳が気を失っている間、またもやあの悪夢を見る。どんよりとよどんだ空気の中で、なつみが俺を呼んでいる。
「和巳さ~ん……、こっちへ来て……。」
俺は耳をふさいで、その場へしゃがみこんだ。うすうす気づいてはいた。この夢はなつみの復讐劇なんだ。きっとなつみは知っていたんだ。俺がなつみの遺産目当てで近づいたことを。本当の愛情なんてこれっぽっちもないことを。
「もうやめてくれ、なつみ!!俺が悪かった!!だから許してくれ!!」
「……?なにをいってるの和巳さん?和巳さんはとてもやさしい人よ?謝ることなんて……。」
「違うんだ俺は!!金目当てでお前に近づいたんだよ!!お前に優しくしたのも、結婚にこぎつけるための演技で……!!」
なつみの声がやんだ。そのあと、一言、なつみがつぶやいた。
「……そう。」
寂しげなその声を最後に、俺の意識は現実へと戻された。
病院のベッドの上。俺は目を覚ました。
すぐに看護士が先生を呼びに行き、俺はしばらくの入院生活を担当医から告げられる。
その夢を最後に、なつみが和巳の前に現れることはなかった。声も聞こえなくなった。
長い入院生活から解放された和巳は、ある場所へと向かった。色とりどりの大きな花束を抱えて。
ついた先は、自然に囲まれたすがすがしい空気に包まれている、立派な大理石の墓。
なつみの墓である。
和巳は一瞬、神妙な面持ちをして、墓を見据えたが。
次の瞬間、持っていた花束をなつみの墓へたたきつけ、叫んだ。
「なんで静かに眠ってねぇんだ、くそ女!!」
そう、この男和巳は、なつみの夢を見なくなったのをいいことに、まったく反省の色がなかったのである。
「……まぁ、いいか。これからはお前の残した金で、遊んで暮らせるからな。」
周りに人気のないこの場所で、高笑いしても誰にも聞こえない。
しかしその時。和巳はびくりとして、声を潜めた。
”……和……巳、さ……ん……”
なつみの声がした気がして、周りを見回すが、当然彼女がいるわけない。きっと風のざわめきだろうと、和巳が思い直す。
「和巳さん」
今度ははっきりと聞こえた。まごうことないなつみの声が。姿はない。脳内に届くその声。
「私言いましたよね?死んでからもあなたの中に、ずっといるって……」
くすくすと軽やかに笑う声が、和巳を地獄のどん底へ突き落とした。
「ゔ……ゔああああああーーーー!!!!」
悪夢は現実のものとなった。
和巳の絶叫を、あざ笑うかのように、森の木の葉がざわざわと音を立てて鳴った。
完
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