第二話 追憶の炎と告白


 日が昇り始めて、黒角のガルスをはじめとした山賊の一団がエグレ神父の教会へ到着した。

 子どもたちは最初こそおびえた様子だったが、養鶏の餌やりや家庭菜園の手入れなどをササっとこなしてしまう山賊の男たちに「すげー」「これ、どうやったらいいの?」と眼を丸くしていた。

 懐かしい食堂でヴァルターはセレナとリリス、そしてエグレ神父と食卓を囲んだ。


「戦いが起こる、と?」


 エグレ神父が小首をかしげるとリリスが「っっかァァァ!!!」と苦しい声を発した。


「あんたね! あたしらよりもよっぽど王都に近いってえぇーのに、なんでその辺の情報に疎いのよ! 新聞みてないの? 来てるでしょうが、そういうの!」

「見てない。わたしが愛読しているのは、こうしたゴシップ誌ばかりだ」


 食卓の棚から持ってきたのは貴族たちのスキャンダルを紹介するゲスな読み物ばかりだった。

 セレナは両手で顔を覆いながら「エグレさん、しまってください」とお願いしている。

 リリスは言った。


「王族が次々と処刑されて、教会の神父たちもとっ捕まったりしてる」

「えっ、じゃあ……俺も危ないじゃん」

「だ、か、ら! ヴァルターとセレナが心配して、ここに来たんじゃない!」

「あァ、そういうことか」


 エグレ神父の能天気な返答に、リリスがセレナの腕を叩く。


「あんたの神父どうなってンのよ!」


 まともなリリスの主張に、セレナはやっぱり両手で顔を隠して「ごめんなさい。昔からこうなの」と羞恥をあらわにした声で答えていた。

 ヴァルターは「わからないんです、なにが起こっているのか」と本心をエグレに伝えてから。


「僕らはガルスさんの集落にいました。三週間とか一か月ぐらい前に、王都でなにか変化があった。それが政変なのかわかりません。ただ、いろいろな風向きが変わったというか、あまりよくない方向に気配が変わったというか」


 するとエグレはポケットから煙草を取り出して、口にくわえて器用に指先の炎で火をつけた。


「守護天使を降臨させたんじゃねえのかな」

「守護天使を降臨……?」


 ヴァルターは言いながら、王都に光の柱が現れた日の事を思い出した。

 エグレは「さっき来た騎士も言ってたんだけどな」と言葉を続ける。


「守護天使様の御心に従うため、子どもたちを王都に連れて行くって言ってるんだ」

「それってどういう意味かしら?」


 セレナの疑問にリリスが「そりゃあ……」と言葉を挟もうとしたが、エグレが言葉を選ばずに言い放った。


「浄化と言う名の生贄だ。地上に降りた天使が血を求めてる。天族も魔族も、この地上界で身体を慣らすために、生き血を飲むって言うのはよく聞くハナシだ」

「子どもたちを守る方法は、なにかないですか?」


 セレナの問いかけにエグレは「あるよ」とタバコの煙をふぅーっと吐いた。


「簡単さ。こっちも魔界の住人を召喚して、その守護天使を追い返すなり、すればいい。まァ、ありがたいことに、闇の属性魔法に精通している人物がふたりもいるわけだから……魔族召喚の手間は省ける気がするけどな」


 エグレ神父の見解にヴァルターは視線を落とした。


「本当にリリスが言った通り、僕は『神殺し』をやらなくちゃいけないのかな……」


 神様を殺すってどんなことなのだろうか。

 それはイゼル・ア・ムーナという守護天使を打ち倒す事なのだろうか。

 黙考してしまったヴァルターに、隣に座っていてくれたセレナが「大丈夫だから」と言ってくれた。

 エグレはぽわぽわと煙を唇でもてあそびながら「リリスさ、ちょっといいかな」とこなれた様子で呼び出した。

 リリスも「あいはい、なんでしょーかね。悪趣味な錬金術師サマ」と旧知の仲のような口調で答えた。



* *



 食堂から炊事場に移動したエグレは「ヴァルターにゃあ、無理だ」と開口一番に言った。

 リリスは「んあ?」ととぼけた声を出したが「あたしにゃ無理とは思えないけど。ヴァルターは伸びしろがあるし、天使のひとりやふたりを殺す事なら――」と言葉を続けたが。


「――違う。殺しは出来るだろうが、ココロが持たない」

「……ココロがもたない?」


 そうだ、とエグレは頷いて。


「昔から根は優しい子どもだった。山犬や鳥を魔力で絞め殺し始めて、彼は本能の目覚めに苦悩していた。まァ、そのまま殺しの道に進ませてあげてもよかったんだが、あの子は『それに向いてない』ように見えた」

「だから、あんたが聖痕を刻んだの?」


 リリスの指摘にふふふっと笑ったエグレは「そりゃねえな」と顔を振ってから。


「神官に密告した。闇属性を持つと思われる子どもを保護した。すぐに来てくれって」

「ヴァルターを売ったんだ」

「そういうつもりじゃないが、あの子は自分の素養を制御できるほど強くはなかった」

「セレナがいたのに?」

「セレナだって幼かった。今みたいにしっかりした女の子ではなかったんだ。賢かったがね」


 ふうん、とリリスは唸ってから。


「で、どうしろっての。王都を目指す計画を捨てて、どこかへ逃げろって?」

「そうなっちゃあ、俺の生活が危ぶまれる。ちゃんと戦って守護天使を始末してもらわにゃ困る」

「じゃあ、どうやって――」

「その手法について、提案がある。まァ、リリスなら手伝ってくれるもんかと思って相談するんだがね?」


 そうしてエグレは守護天使を倒すための提案をした。

 それはヴァルターをチカラに溺れさせず、王都の崩壊も防ぐことができそうなものだった。

 ひとしきり話を聞いたリリスは「ふむぅ……」と唸ってから、呆れたように顔を振った。


「ときどき、あんたって有能だなって思うよ。くそ変態錬金術師」

「ありがとう。変態のところは当たってると思うよ」


 そう言ってエグレは平和的な笑みを浮かべた。

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